2018年1月31日水曜日

フェミニストは完全菜食主義者であるべきか?

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世間の関心を呼びそうに無い「ヴィーガンフェミニズム論争とは何だったのか」と言うエントリーが、ちょっと議論になっていた。

フェミニズムは女性の権利拡張を求める主張や立場で、ヴィーガニズムは卵や魚も許さない完全菜食主義であり、理屈ではなく直観が根底にある二つを理屈で関連付けようと言う無理をしていて微笑ましいが、最後のところで論理が飛躍してしまっているので指摘しておきたい。

1. フェミニズムの肯定はヴィーガニズムの肯定論

作文に混乱が見られブログ主の意図とは違う読み取られ方をされているのだが、ブログ主が紹介しようとしていた主張は次のようなものだ。

フェミニストは遺伝子の差異や、何かができるできないと言った能力の違いで、差別を認めるわけには行かない。逆に言えば、道徳的地位は遺伝子や能力によってはいけない。フェミニストの主な政治的主張は男女平等だが、子どもの出産に関する女性の決定権であるリプロダクティブ・ライツも含まれる。染色体の違いで差別を認めれば、男尊女卑を肯定しかねない。遺伝子だけで道徳的地位を認めれば、受精卵や胎児にも道徳的地位を認める必要があり、中絶の権利が無くなる。能力の違いも、身体能力はもちろん過去から現在までの男性の実績を理由に差別を受ける理屈になる。

道徳的地位が遺伝子や能力によってはいけないとすると、人間と動物の道徳的地位に差を見出すのが難しくなる。人間にとって虐待になる行為は、動物にも行ってはいけない。つまり、フェミニズムを肯定することは、ヴィーガニズムを肯定することになる。

2. 選好功利主義でフェミニズムだけの肯定ができる

ベジタリアンではなくヴィーガンであるべきと言うところに注意しよう。ベジタリアンは食肉は食べないが、魚や卵や乳製品は食べる。ヴィーガンは、魚や卵や乳製品も食べない。昆虫食は意見が分かれるようだが、原理主義的ヴィーガンは食べないようだ。問題のエントリーでは乳製品を食べる是非が議論されている。男女平等とリプロダクティブ・ライツを認めつつ、乳製品の摂取を肯定する倫理があり得れば、フェミニズムの肯定はヴィーガニズムの肯定とは言えなくなる。応用功利主義者ピーター・シンガーのちょっと古い議論*1を元に考えてみよう。

シンガーの「実践の倫理」にある議論では選好功利主義の立場から、「自分の将来に関する欲求を持つことができる」存在を「理性的で自己意識のある存在」であるパーソンとして定義し、全てのパーソンの幸福や苦痛と言った利益不利益の総和で物事の是非を判断するように主張している。全面肯定するかは定かはではないが、男性も女性もパーソンであり平等に扱われるべきとする一方、胎児や嬰児にはそのような欲求は無いので道徳的地位を持つパーソンとは言えない事になるから、概ねはフェミニズムを支持することになる。

乳製品について考えよう。まず、牛は将来への希望(e.g. 明日は牛小屋の裏側の牧草を食べつくす!)を持てるので道徳的地位を持つ「パーソン」であると言える。しかし、牛を殺さなくても乳製品は作る事ができる。現代的な酪農は牛を厳しく管理する上に、牝牛以外の雄牛は大半は食肉として殺されて出荷される。現代的な酪農による乳製品の裏側には、ある種の動物虐待が生じているわけで、シンガーの議論からは肯定されないであろう。しかし、乳製品の摂取自体が問題とは限らない。伝統的な遊牧民の飼っている牛や山羊などからの乳製品は動物虐待とは言えないであろうから、選好功利主義の立場からは乳製品は条件付き肯定になる。

ヴィーガンが否定するが、シンガーの議論からは肯定されるであろう食材は他にもある。シンガーの議論からは放し飼いの鶏の卵はもっと肯定しやすいであろうし、ハチミツは現代農法でも無問題であろう。食肉だって人工肉であれば、シンガーは歓迎だ。もともと食肉に関しては「とりわけ、動物の肉が必需品ではなく贅沢品である場合には」と状況が絞ってあるので、必然性があるのであれば否定されないようにも読めることを言っている。最近は、魚も苦痛を感じ選好を持つパーソンである可能性について言及していて*3、よりウィーガニズムに近づいているきらいもあるが、まだ昆虫は食べる事ができるはずだ。何はともあれ、フェミニズムを肯定したら、ヴィーガンを肯定しないといけないとは言えない。

3. 人間と動物の扱いは同じであるべきか?

余談なのだが、人間と動物の扱いは同じであるべきとは限らない。将来への希望の大きさは知能によるから、他の動物よりも人間の方が大きくなるからだ。『パーソン論の代表とも言える哲学者マイケル・トゥーリーは「動物は主体としての生を過ごして欲求しているとしても、言語が使えない以上は人間のそれにに比べて曖昧な主体性や欲求であり、それについての道徳的地位は人間に比べて低いだろう」というようなことを書いている』*4し、シンガーも「ある人間にとってのその人間の死は、あるマウスにとってのそのマウスの死に比べて、より大きな損失です。人間にとっての死は、例えば未来について抱いていた計画が打ち切られることをもたらしますが、マウスにとっての死ではそのようなことはありません」*5と言っている。

*12014年の著作で、選好功利主義から客観主義と快楽功利主義に乗り換えたような事を言われている。ただし転向宣言をしたのか、その著作で客観主義と快楽功利主義を用いたのかは未確認。

*2培養されたことに対して、あるいは人工肉にも動物細胞が含まれていることに対してヴィーガンたちは反感を覚える」が、シンガーは肯定的に40年間肉を食べていないが、人工肉が販売されれば喜んで試してみたいと言っている(Guardian)。

*3パーソン論について雑にまとめてみた - 道徳的動物日記

*4ピーター・シンガーの公式FAQ - 道徳的動物日記

*5Thinking of giving up red meat? Half measures may end up increasing animal suffering

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