SNSでは1997年の消費税率引き上げが自殺者数を増やしたような言説が飛び交っており、実際に目にした人も多いかも知れない。しかし、それらの話で実際の因果関係を議論できているケースは少ない。集計された統計を見ただけでは、相関がありそうだぐらいの話しか分からず、その大きさなどが分からないからだ。混沌とした状態なわけだが、しっかりした方法で自殺を分析した学術書が出ていた。『自殺のない社会へ』だ。
勝手な思い込みなのだが、筆頭著者の澤田氏は開発経済学が専門と言うイメージがあったので、ちょっと意外な感じもするのだが、中身は典型的な経済学の実証研究となっている。計量分析の結果に基づくので、理解するには多少の訓練が必要だが、手堅い。第1章「なぜ自殺対策が必要か? 」、第2章「自殺の社会経済的要因 」で大枠を示してから、ほぼ独立した論文になっている第3章「自然災害と自殺──日本の都道府県データによる分析」、第4章「政治イデオロギーと自殺──OECD諸国の国際比較データによる分析」、第5章「経済・福祉政策と自殺──日本の都道府県データによる分析」、第6章「自殺対策の運用と成果」で計量分析結果が紹介され、終章「エビデンスに基づく自殺対策を目指して」で心構え的な事が語られる。
学術書なので歯切れは良くないものの、社会的損失や要因についての議論もあるし、自殺対策の運用と成果の議論もあって網羅的である。特にマクロ経済政策で自殺云々と言う人は、第5章は見ておいた方が良いと思う。P.156にまとめの表があるのだが、完全失業率が1あがると、自殺率(10万人あたりの自殺者数)の対数値が6.5あがると言う推定結果が示されている。大雑把に計算すると、4%で2.8人が平均値になるので、5%で3人、3%で2.62人、2%で2.46人と言う所であろうか。1998年に2倍に19.3から26.1になった理由は説明できないが、経済悪化で自殺が増えるとは言える。男女差があることなども、知っておいた方が良いかも知れない。
個人的には第6章「自殺対策の運用と成果」が興味深かった。自殺予防の冊子や駅の青色電灯がどの程度、自殺防止効果を持つかを検証している。青色電灯の効果は広く報道されている*1が、ポアソン回帰して効果測定がされている事などは知っておいた方が状況の理解につながるであろう。自殺予防の冊子の配布が、どの程度の期間、効果を持つかなども社会活動家の人々には大きな情報になると思う。同様の計量手法で、効果的な活動が行えるようになるからだ。
何はともあれ、いまどきの経済学の研究らしい一冊となっている。全部を通して読むのは苦労すると思うが、自殺に興味がある人はぜひ御覧頂きたい。
*1「なぜか自殺・犯罪を減らす青色電灯の不思議」を参照。
1 コメント:
学術書としては問題もあるように思います。
1.失業者の自殺者数は全自殺者数が4.46%で、失業率と自殺死亡率の正の相関がどれだけはっきりしていようと、失業者の自殺者数の増減では全自殺者数の増減を説明するにはまったく足りませんが、著者はそれに触れていません。
(ここの数字の出所は
平成25年中における自殺の状況
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H25/H25_jisatunojoukyou_01.pdf
p.17
自殺者総数27283人に対して職業別自殺者数で失業者は1217人(4.46%)。主婦の1914人(7.02%)より少ない。
なお、
「無職」=「学生・生徒等」+「無職者」
「無職者」=「主婦」+「失業者」+「利子・配当・家賃等生活者」+「年金・雇用保険等生活者」+「浮浪者」+「その他無職者」
です。)
2.著者は、職業別自殺者数で最多の「無職者」(全自殺者の60.3%)に占める「失業者」(全自殺者の4.46%、「無職者」の下位分類項目、「主婦」の7.02%より少ない。)の比率が少ないのをおそらく承知の上で、『自殺のない社会へ』p.55で
「とくに無職者は,失業者のみでなく退職した高齢層を含んでいるため解釈には注意が必要ではあるが」と「無職者」の大部分が「失業者」という印象を与えるような書き方をしていますが、職業別自殺者数で最多の「無職者」は、退職高齢者が多いと見るのが普通だと思います。
例。
大都市郊外における男性退職者の地域生活者化
http://www.rikkyo.ac.jp/research/initiative/cooperation/community/asset/pdf/110323_presentation_kanou.pdf
p.25
「無職者の自殺者数の内訳
失業者12%、主婦12%、年金・雇用保険等
生活者+その他の無職者74%(全体でも42%)
→約7割は定年退職者・高齢者、2/3は男性」
3.失業率と自殺死亡率の正の相関は一見明らかに見えますが、性別年齢階級別に分けた自殺死亡率を使うと相関係数は正負が出てくるので、「自殺率の失業率に対する反応度」など簡単には言えないのでは。
http://www.ism.ac.jp/risk/suicide/visualize/pdf/fig2-b.pdf
(シンプソンのパラドックスの一例?)
4.『自殺のない社会へ』p.59のグラフ、40代と50代男性の職業別自殺率。40代男性無職者229.89、40代男性無職者のうち失業者105.49。50代男性無職者219.98、50代男性無職者のうち失業者117.91。
この数字を出して著者は40代50代男性で失業者の自殺死亡率が有職者の2倍と言っていたと思いますが、この数字を見たら失業者以外の無職者の自殺死亡率は失業者のさらに2倍、としか思えません。なのになぜ失業者の方に着目するのか、と。
(失業者以外の無職者には病気で無職の人がかなり入っているのではないかと思います(個人の推測です)。)
5.『自殺のない社会へ』p.24で自殺によって個人を失うことを社会にとっての損失として扱う、という話をやっていたと思いますが、これは平成14(2002)年の自殺防止対策有識者懇談会(第5回)での金子能宏の報告に良く似た内容に思えるので、先行研究として参考文献に挙げるべきだったのではなかったかと。
http://web.archive.org/web/20050111053226/http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/08/txt/s0807-2.txt
以下余談。
「無職者」中最多の「その他無職者」は失業が長期化した人では?という疑問があるかもしれませんが、
年齢階級別、職業別自殺者数のデータを見ると、
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H25/H25_jisatunojoukyou_01.pdf
p.8
やはり退職高齢者が多そうな気がします(個人の感想です)。
また、40-49歳、50-59歳で「失業者」に対して「その他無職者」が約4倍というのは、失業が長期化した人数が積み上がったにしては多すぎる気がします(個人の感想です)。(そもそも長期失業している人が直近の失業率の増減に反応するのか、という疑問が。)
なお、自殺者の動機については、どうやって動機を判断しているか詳細不明なのと、1自殺につき動機を3つまで計上可なので、参考にしかできないのですが、
年齢階級別、原因・動機別自殺者数
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H25/H25_jisatunojoukyou_01.pdf
p.6
を見ると、「その他無職者」には病気で無職の人が多そうな気がします(個人の推測です)。
(このクロス集計データが公開される以前は、自殺者の分類で、年齢別で最多の高齢者、職業別で最多の無職者、動機別で最多の病苦・健康問題がかなり重なっているのではないかと推測されていて、クロス集計データが出てきたら推測通りだった、ということだったように思います。)
警察庁の自殺統計の「無職」と「失業者」の混同は割とポピュラーな誤りで、『震災恐慌!~経済無策で恐慌がくる!』(2011)で上念さんは自殺者は無職と被雇用者が大部分と言ってしまっていたように思います。もっと古いところでは、和田秀樹監修の『数字のどこをみてるんだ!―マニフェストなんて誰だって作れる肝心なのは、「数字」の分析だ!』(2003)でも「無職」と「失業者」の混同があったような気がします(こちらはうろ覚え)。
以前、警察庁統計の分類項目の「無職者」(主婦も家賃生活者も年金生活者も入っているのですが)を「広義の失業」と勝手に言い換えたうえで「年齢階層別データ分析において統計的に安定して有意に自殺率を増加させる方向に作用しておりかつ寄与度も大きい要因は長期失業等を含む失業要因であった」と言っていた研究もありました。
平成17年度内閣府経済社会総合研究所委託調査
自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書
http://www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou018/hou18.pdf
失業者と自殺者の正の相関をいくら示したところで、失業者の自殺者数が全自殺者数に対してまったく足りていないので、職業別自殺者数で最多の「無職者」と「失業」を混同させるように書かないといけないのでしょうか。。。
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