2013年12月23日月曜日

日本の正社員をクビにするのは世界で一番難しいと主張する人が見る幻覚

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人事コンサルタントの城繁幸氏が『日本の正社員をクビにするのは世界で一番難しい』と言う記事に、城繁幸氏のウソだと言う批判がされていた。

城氏は「その自慢の“生データ”で計算するとやっぱり日本の解雇規制はトップレベルなので全然反論になってない(笑)」と再反論し、『きちんとした議論をするために、よければ「世界で一番」になる計算方法を教えてもらえませんか?』「計算方法を見せろ。」とつっ込まれている。この議論を検討してみたのだが、どうも城氏の主張の根拠は存在しないように思える。

1. OECDのグラフは城繁幸氏の主張を否定

城繁幸氏の日本の正社員をクビにするのは世界で一番難しいと言う主張は、日本よりも常用雇用*1の解雇規制が厳しい国が存在すれば否定されるので、城氏への批判者は以下のOECDのデータを参照している。

日本(Japan)は34カ国中10番目の規制の緩さだ。普通解雇要因(Individual dismissals)で見ると9番目、集団解雇要因(Collective dismissals)で見ると20番目になる*2。この図表からして城氏の主張が成立しているように思えない。

2. グラフのタイトルは「個別解雇と集団解雇に対する常勤者保護」

城氏は説明を加えて、グラフを用いた批判に反論する。

この数字はしばしば解雇規制緩和に反対する論者が引用するものだが、そもそもこのランキングは「解雇の難しさ」ではなく「従業員を保護する規制の強さ」ランキングだ。

グラフ・タイトルの"Protection of permanent workers against individual and collective dismissals"を直訳すると「個別解雇と集団解雇に対する常勤者保護」になるので、解雇に関わらない要因は含まれてい無いように思える*3し、指標の内訳を見ていくと全て解雇に関わる項目となっている。

3. 城繁幸氏が参照するデータも、城氏の主張を否定する

城氏はOECDのグラフを否定する一方で「“生データ”で計算するとやっぱり日本の(正社員の)解雇規制はトップレベル」と主張するが、数字はそれを示してい無い。

文字通りの「解雇の難しさ」も指標の一つとして含まれるが、それは解雇に必要なコストや期間といった十以上ある指標のうちの一つに過ぎず、しかも非正規雇用労働者も含まれている。

常用者(正規雇用)だけの指標もあり、「確かに正社員の解雇に関する統計では日本は30カ国中の18番目」と続けているので、城氏が自分が行った批判を自分で否定しているのは看過しよう。しかし、「解雇の難しさ」を見ても、城氏の主張は裏付けられない。

この「正規雇用の解雇」はさらに細かなデータをミックスしたもので、それらは以下の3つだ。

1.手続きの煩雑さ
2.普通解雇における告知期間と補償額
3.解雇の難しさ

3番において日本は30カ国中第一位であり、もちろん、筆者のように解雇規制緩和を求める人たちが問題としているのはこの数値である(ちなみにデンマークは最低の30位)。

「3番において日本は30カ国中第一位」である具体的な図表が示されていないのだが、Venn (2009)のpp.41–42に解雇の困難性(Difficulty of dismissal)についての説明があるので、それで順位を計算してみよう。

Venn (2009)によると解雇の困難性は、

  • 正当/不当解雇の定義(REG5:Definition of justified or unfair dismissal)
  • 試用期間(REG6:Length of trial period)
  • 不当解雇時の補償(REG7:Compensation following unfair dismissal)
  • 不当解雇時の復職の可能性(REG8:Possibility of reinstatement following unfair dismissal)
  • 不当解雇の申し立ての最大期間(REG9:Maximum time to make a claim of unfair dismissal)

の平均値だそうだ。この定義とOECD指標の細目から、解雇の困難性を計算してみよう。

計算結果は以下の表になるが、日本は34カ国中24番目の規制の緩さとなる。オーストラリア、韓国、スウェーデンと並んでいる。比較的厳しい方に見えるのだが、城氏が言及している指標を見ても、「世界で一番難しい」とは言えない。城繁幸氏は何か幻覚を見たようだ。

OECD諸国の解雇の困難性の順位
順位 コード 国名 REG5 REG6 REG7 REG8 REG9 平均
1 CAN Canada 0 .. .. 2 1 0.6
2 GBR United Kingdom 0 0 1 2 2 1.0
2 USA United States 0 .. .. 1 4 1.0
4 CHE Switzerland 0 5 1 0 0 1.2
4 DNK Denmark 0 3 1 2 0 1.2
4 TUR Turkey 0 4 2 0 0 1.2
7 POL Poland 0 4 0 2 1 1.4
8 HUN Hungary 0 4 2 2 0 1.6
8 LUX Luxembourg 2 3 1 0 2 1.6
10 BEL Belgium 0 4 0 0 5 1.8
10 EST Estonia 4 4 0 0 1 1.8
10 IRL Ireland 0 2 2 2 3 1.8
10 NZL New Zealand 0 4 1 2 2 1.8
14 GRC Greece 1 3 .. 4 2 2.0
14 ISL Iceland 0 4 .. 0 6 2.0
16 AUS Australia 4 3 1 2 1 2.2
16 ESP Spain 4 4 2 0 1 2.2
16 ISR Israel 0 2 1 2 6 2.2
19 SVK Slovak Republic 0 4 1 5 2 2.4
20 CZE Czech Republic 0 4 1 6 2 2.6
20 SVN Slovenia 4 3 2 4 0 2.6
22 DEU Germany 4 3 3 3 1 2.8
22 NLD Netherlands 3 5 1 2 3 2.8
24 AUT Austria 2 6 1 6 0 3.0
24 JPN Japan 2 4 1 2 6 3.0
24 KOR Korea 2 4 1 6 2 3.0
24 SWE Sweden 4 3 6 0 2 3.0
28 PRT Portugal 2.5 4 3 5 1 3.1
29 CHL Chile 6 6 1 1 2 3.2
29 ITA Italy 4 4 4 2 2 3.2
29 NOR Norway 5 3 2 4 2 3.2
32 FIN Finland 4 4 3 0 6 3.4
32 FRA France 4 4 3 0 6 3.4
32 MEX Mexico 5 4 3 3 2 3.4

なお、カナダ、米国、ギリシャ、アイスランドの一部項目が .. になっているが、OECDではゼロと見なして計算しているようなので、それに習った。

追記(2013/12/23 13:00):城氏が昔の資料を見たのでは無いかと言う指摘があったが、以前のデータを確認したところ、そういう事も無さそうであった。2006年は旧バージョンの指標で28か国中19位、2008年は34か国中24位になっている。

4. さらに細目を見ると、日本の解雇規制は厳しいと言えない

細目を見ると試用期間(REG6)と不当解雇の申し立ての最大期間(REG9)が厳しいとされている。日本の解雇規制緩和論者が試用期間や不当解雇の申し立てについて文句を言っているのは見たことが無い。

正当/不当解雇の定義(REG5)が問題なのでは無いであろうか。日本のそれは2であり、12番目の規制の緩さとなっている。オーストラリア、韓国、ルクセンブルクと同じで、英米よりも厳しく、仏独伊よりも緩い。

5. 国際比較を見る前の注意事項

余談になるが、この手の国際比較の議論には三つ注意しないといけないことがある。

  1. 他国と日本の“正社員”は労働契約が異なることに注意する必要がある。日本で欧米型契約を結べば、同じように解雇できるかも知れない。日本型正規雇用は職種や勤務地が限定されていないのが解雇困難な理由だが、逆に過去最高益を上げている企業でも、部署閉鎖による異動に応じない人員の削減は正当な解雇と見なされる(鐘淵化学工業(東北営業所)事件)。
  2. 日本より解雇規制が緩い英米でも、会社が傾いても労働組合が強すぎて雇用条件を見直せないなどの問題がある。全米自動車労組(UAW)がGMの経営の障害になっていたと言われるし、御菓子トゥインキーの製造を手がけていたホステス社も労組との交渉が失敗になり破綻に追い込まれた(JBPress)。米国でも不満を持つ従業員を片っ端から解雇する自由は無いことが分かる。
  3. 日本の労働市場が他国に比べて問題を抱えているわけではない。欧米に比べて失業率は依然として低い*4し、生産年齢人口あたりになる就業率も高く*5、隠れ失業者がいるわけでもない。格差是正のための解雇規制緩和を訴えているケースもあるが、欧米は格差社会である。

ひとつの切り口として一次元的に解雇規制の強弱を議論するのは楽しいが、具体的なケース・スタディで国際比較をすると結果はまた変わるであろうし、法規制が労働市場や格差問題にどういう影響を与えるかは自明ではない。

6. 制度改正の効果は、よく考える必要がある

OECDのグラフは、人事コンサルタントの城繁幸氏の「日本の正社員をクビにするのは世界で一番難しい」と言う主張を否定する。英米よりも困難だと言っておけば良いと思うのだが、どうして揚げ足を取られるような主張を展開してしまったのか。

現行制度から考えると、整理解雇がしたければ職種と勤務地を限定した労働契約を結び、普通解雇がしたければ能力評価制度や研修制度を整備するのが現実的な解のように思えるが、なぜか人事コンサルタントが制度設計を無闇に批判しているように見えるのが面白い。

大会社に所属していたときに愚かな上司に悩まされたのかも知れないが、解雇自由であったとしても、愚かな上司がクビになるより、愚かな上司にクビをチラつかされてさらなる圧力を受ける可能性が高かった事には注意する必要があると思う。人事評価が出来る上司が不当な要求を部下にしないように、解雇規制はあるわけだ。

*1常用雇用、勤務地、職務限定無しの雇用契約の場合に「正社員」と呼んでいる。欧米では職務限定があるから解雇しやすいのでは無いかと思うが、一般に国際比較するときは常用雇用/臨時雇用で区分けするようだ。

*2Excelのファイルが公開されているので、順位を確認する事ができる。常用雇用に限ると普通解雇が容易で整理解雇の方が困難な国になるのが興味深い。

*3データ自体はOECD雇用保護指標(OECD Indicators of Employment Protection)と題されているが、解雇に関する規制の厳格さと一時雇用の利用の合成指標(synthetic indicators of the strictness of regulation on dismissals and the use of temporary contracts)と説明されていて、解雇と雇い止めに関する規制の指標になっている。

*4図録失業率の推移(日本と主要国)

*5OECD Employment Outlook 2013 Country Notes-Japan

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