メキシコ湾の油井が爆発し大量の原油が流出しているディープ・ウォーター・ホライズンの事故だが、未だに復旧の目処が立っていない深刻な事態になっている。過去最大の原油流出事故であり、さらに現在も刻々と原油が流出している事から、環境被害も甚大なのは確実だ。
この事故で北海油田の許認可プロセスが停止するなど、各国に与えた影響は大きく、全世界のエネルギー政策を揺るがす事件にさえなっている。この歴史的な事故の現在までの経過と、現在予想されている影響をまとめて見た。
事故発生前
ディープ・ウォーター・ホライズンは、水深1,600mの海底の下4,500mにある油井で、人が直接作業のできない場所にある油井だ。事故が起きると対策が難航することは明白なのだが、BPは油井縦坑のセメント工事でハリバートン社の提案を拒否して、廉価な工事を行っていたことが指摘されている。また、4月上旬にはガス噴出事故が発生し、油井の周囲に「ライナー」と呼ばれる被覆を使用するように技術者が求めていたのにも関わらず、BPはコストを理由にこれを拒否していた(WIRED VISION)。さらに、事故1週間前にBPは規制当局に対して、油井の設計変更の認可申請を24時間にわたって3回立て続けに行っていた事が指摘されている(The Wall Street Journal, Japan Online Edition - WSJ.com)。
早急な結論は間違いをもたらす事が多いが、BPのコスト重視の姿勢と、小規模な事故への対応の不適切さがあったのは事実のようだ。大きなトラブルの前には小さなトラブルがあるものだとハインリッヒの法則は教えてくれるが、事故前に起きた幾つかの問題が事故に関連している可能性は高い。
事故発生から現在
事故発生から現在までは、以下のようになっている。 石油掘削施設の爆発事故の発生後に、事故対応の失敗と、海洋汚染の急激な拡大と同時に、BPの法的責任や、それに付随する対応処理を巡る問題が連続的に発生している。なお、原油流出自体はBPしか対応を打てないので、米政府も様子見をするしかないようだ。
- 4月20日
- 石油掘削施設ディープ・ウォーター・ホライズンが爆発。作業員11名が死亡。
- 4月22日
- 石油掘削施設が沈没。施設と油井をつないでいたパイプが破損。
- 4月24日
- 4月28日
- BPが1,000バーレル/日としていた原油流出量が、米政府に5,000バーレル/日と訂正される。
- 5月1日
- BPは、1本目の救助井を採掘開始。
- 5月4日
- BPは、3箇所の流出箇所のうち1箇所を封じたが、流出量は変わらず。
- 5月6日
- 流出した原油がルイジアナ州沿岸に漂着しはじめる。
- 5月7日
- BPが、流出箇所に巨大なドーム型容器をかぶせ、流出原油の一部を吸い上げて回収しようと試みるが失敗。
- 5月13日
- 原油流出量が、政府推定値を大幅に上回ると報道。
- 5月15日
- 薄まった原油が深海の広範囲にわたって広がっていると、科学者チームが報告。
- 5月16日
- BPが、流出原油の一部を吸い上げて船に回収する作業を開始。
- 5月19日
- 米環境保護局は、毒性の低い分散剤に切り替えるように求めたが、BPは拒否。
- 5月20日
- 情報公開を求める世論に押され、BPはウェブ上でライブ中継を開始。
- 5月26日
- BPは、泥状の物質で油井を防ぐトップキル作戦を実行したが失敗。
- 5月27日
- 米政府の調査チームが、推定流出量を12,000~19,000バーレル/日と報告。
- 6月4日
- 格付け会社フィッチ・レーティングが、BPの格付けをAA+からAAに1段階引き下げる。
- 6月6日
- BPは、オイル・キャップの設置で10,500バーレル/日の原油の回収に成功と発表。
- 6月15日
- 格付け会社フィッチ・レーティングが、BPの格付けをAAからBBBに6段階引き下げる。
- 米政府は、推定流出量を35,000~60,000バーレルに修正。
- 6月16日
- BPは、原油流出事故の補償にあてる、総額200億ドルの基金を設立。オバマ大統領は、この基金が補償の全てにはならないと強調。
- 6月17日
- ヘイワードCEOが「"small people"に手を差し伸べてきた会社だ」と発言し、傲慢だと非難を受ける。
- 6月19日
- ムーディーズ、BPの格付けをAa2からA2に3段階引き下げる。
- 6月20日
- ヘイワードCEOが、17日の米公聴会出席後の19日に、ヨット・レースを観戦したと非難を受ける。
- 6月25日
- 米政府、BPが取り組んでいる流出原油の回収作業が、暴風雨が到達すれば2週間にわたって中断せざるを得ない見通しを示す。
事故による被害
1989年にアラスカ州沖で起きたタンカー事故の原油流出量は25万バーレルで、既にそれを桁違いで上回る流出量になっている。今回の原油流出事故での環境被害の程度は、人類が未経験の領域だ。NOAAが天気予報の一部として、流出原油の流れを予報しているが、メキシコ湾が壊滅的な打撃を受けるのは確定で、大西洋まで到達するのは時間の問題と主張する人もいる。今のところは、鳥類や湿地帯の被害が目立つが、毒性のある中和剤や気泡状の原油で海中の汚染が心配されており、メキシコ湾の漁業資源が心配されている。もちろん観光被害も甚大で、アラバマ州で釣り客らを乗せるチャーター船の船長をしていた55歳の男性が、先行きを案じた結果か、拳銃自殺をしている。
今後の展開
救助井を採掘し、油井の穴に泥を流し入れてセメントで栓をし、貯留層から湧き上がる原油の圧力を抑え込むのに8月までかかる見込みなので、原油の流出はそこまで続く模様。現在、対処療法的に行っている原油汲み取り作業は、今後はハリケーンによる暴風雨で長期の中断を余儀なくされるのは予想されており、被害の拡大はペースアップするようだ(7月16日に新たに75tのフタの設置が成功し、当面の被害の拡大は停止した[7月16日追記])。
莫大な賠償金が予想されるBPの財務については、市場関係者は疑いを向けており、BPの破綻や買収の予想もされており、事故直後からBPの株価は大きく下落している(右図)。直ちにBPのキャッシュフローが途絶える可能性は無いが、石油メジャーの一角が原油流失事故で倒れる初のケースになるかも知れない。イギリスの年金基金はBPの株式をポートフォリオに組み込んでおり、英国では社会保障の問題が発生するかもしれないと言われている。
海底油田開発の安全性については、今回の事故で懐疑論が高まったのは確かだ。北海油田の開発の許認可を一時停止する国は相次いでおり、油田開発自体が不可能になるか、開発コストが上昇することは確実視されている(The Economists)。近年、高値で推移している原油価格だが、今回の事件でさらに上昇することは容易に予想される。メキシコ湾の環境に壊滅的な打撃を与えたディープ・ウォーター・ホライズンの事故だが、クリーン・エネルギーの利用を加速する効果はあるのかも知れない。
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