2020年4月13日月曜日

BCGワクチンCOVID-19抑制仮説の検証方法に関する神経科学者×経済学者の議論について

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BCGワクチン接種COVID-19抑制仮説に関して、科学的な結論を知りたい人は、アイルランド、オーストラリア、オランダなどのランダム化比較実験(RCT)の結果がこれから出てくるので待つべき*1だが、神経科学者の宮川剛氏と経済学者の川口康平氏がそれぞれが行ったこの問題に関する分析に関する議論で、計量手法の観点から幾つか気になった点があるのでコメントしておきたい。

宮川剛氏らの分析*2は、罹患率、死亡率(IFR*3、致死率(CFR*4に対して、平均気温と平均余命をコントロール変数として、BCGワクチン接種の有無を重回帰分析をしているのだが、統計的因果推論を念頭に置いておらず、現代的な水準の計量分析、研究デザインになっていない。

感染症に予防がある社会制度や社会習慣をこの2つのコントロール変数だけで代理できるわけではないし*5、論文中に言及があるが、感染が進行している最中の罹患率と死亡率(IFR)は、各国に病因が侵入してきたタイミングの違いや、病因の流入量で大きく左右される。各国の感染拡大速度を表す変数を、コントロール変数を加えて推定するべきではあるが*6、宮川氏らの論文では感染拡大速度に関してクロス表にχ二乗検定が加えられているだけであり、コントロール変数も入っていない。なお、致死率(CFR)に対する分析(論文ではModel 3)は、(実際のCFRは上下するが)罹患率と死亡率(IFR)よりは安定的だと予想されるが、それに対する結果は示されていない*7。また、2009年の新型インフルエンザ罹患率などを従属変数に、同じ説明変数(BCGワクチン接種の有無,平均気温,平均余命)を回帰するネガティブ・コントロール・テスト*8を行うなどの改善の余地もある*9。なお、p値がアピールされていたが、臨床的には効果量も大事なことを忘れていそうである*10

川口康平氏らの分析*11は、BCGワクチン接種の義務化前後の年齢の人々の罹患率を比較する不連続回帰デザインを用いることにより、社会制度や社会習慣や社会的距離や年齢構成、学校教育の差異などを一挙にコントロールするもので、BCGワクチン接種の効果が確認できないことを示している。また、差分の差分法(DID)で、同様に社会制度などの影響を一律コントロールしたクロスカントリーの分析もしている。結果としては、現時点ではBCGワクチン接種の効果を認めることができない。サンプルサイズが小さくなるから統計的有意性が出づらくなっている気はするのだが、分析方法としては特に大きな瑕疵は無いように思える。しかし、宮川剛氏が研究デザインとして間違っていると批判している*12

幾つも列挙されているのだが、

  • 「各国の検査戦略のばらつき」は不連続回帰デザイン/差分の差分法になっていてコントロールされているので的外れな指摘になっている
  • 「集団免疫の効果がかなり強く見込まれる」ことは集団免疫の効果によって集団内部のワクチン接種者と非接種者の感染率の違いがなくなることも大よそ無い*13ので根拠不明
  • 「ワクチン接種の効果は高齢になると薄まる(ので中高年世代が接種義務化の前後になる不連続回帰デザインは不適切)」と言うのは、効果が消える年齢がどこなのか曖昧で、推定不能になるかが分からない*14。また、国ごとの中高年の致命率(CFR)は、BCGワクチン接種の義務に影響されず、国ごとの中高年の死亡率(IFR)は、若者の死亡率(IFR)ほど差がつかないことになるが、宮川氏らは分析で確認していない*15
  • 「ワクチン非接種とされる群が、のきなみ皆さん結核に感染していたら、ワクチンを接種したのと同じになってしまう」は、川口氏らがワクチン非接種でも大多数が結核に感染していないと見なせる国の分析も行っていることを無視している。BCGワクチン接種を中止するときには結核は蔓延していないわけで、BCGワクチン接種中止前後の世代では、結核感染率に差異はない。しかし、チェコのデータでは9歳あたりの止める前後でもCOVID-19罹患率に差はないし、DIDのクロスカントリー分析でワクチン接種の効果が示されない理由にはならない。

そもそもBCGワクチン接種が義務でなくても、結核感染率が100%になるわけではない。戦前の日本の結核感染率は5割程度であり*16、BCGワクチン接種の義務化によって免疫獲得者の比率は100%に近くになった。当時の日本ほど結核が蔓延していない他国においても、BCGワクチン接種義務化前後で結核への免疫獲得率は飛躍的に高まったはずだ。宮川氏は、結核感染経験のCOVID-19抑制効果が、BCGワクチン接種の効果を大きく凌駕するという追加の仮定を導入することで話の辻褄をあわせているわけだが、結核抑制効果に大きな差異は無いのに、COVID-19への結核への耐性に大きな差異があるのは奇妙だ。そもそも、もともとの検証仮説はBCGワクチン接種、特に特定株がCOVID-19に有効であると言う主張であり、結核感染経験が有効だと言う話ではなかったはずだ。ad-hocな議論に思える。

追記(2020/04/29 23:19):ダイヤモンドプリンセス号の多国籍の乗員乗客の感染率と死亡率、ウイルス流入時をコントロールした死亡者数の国際比較、死亡増加率の国際比較でBCG接種の効果は確認されなかったと言う論文が出てきた(Asahara (2020))。

*1RCTはもっとも分析に前提を置かなくて済む手法であり、かつSARS-CoV-2の感染拡大中の現在では短期で決着がつくRCT向きの状況である上、差し迫った危険性があるためか、かなりのサンプルサイズになっている。

*2Association of BCG vaccination policy with prevalence and mortality of COVID-19 | medRxiv

*3人口あたりの死亡率。

*4患者あたりの死亡率。

*5年齢構成は大きな影響を与えるし、学校教育の変化で衛生概念も改善される。

*6SIRモデルを念頭に置いて欲しい。

*7モデルごとの推定結果の表が欲しい。

*8Negative Controls: A Tool for Detecting Confounding and Bias in Observational Studies

*9KRSK氏の提案である(Twitter)。

*10今日から使える 医療統計学講座 【Lesson11】同等性・非劣性の解析 — 医学書院/週刊医学界新聞(第2971号 2012年03月26日)

*11Does TB Vaccination Reduce COVID-19 Infection?: No Evidence from a Regression Discontinuity Analysis by Masao Fukui, Kohei Kawaguchi, Hiroaki Matsuura :: SSRN

*12不連続回帰デザインによるBCGワクチン接種COVID-19抑制仮説の検定に関する神経科学者とやり取り - Togetter

*13トーラス世界の感染進行モデル - 餡子付゛録゛

*14一度BCGワクチンを接種すれば、その効果は10~15年程度続くと考えられている(結核とBCGワクチンに関するQ&A|厚生労働省)。

なお、10~15年程度しか効果が無いとするとワクチン接種国ダミー(1/0)ではなく、未成年人口比率×ワクチン接種国のような説明変数の方がフィットが良くなりそうである。

*15若者ほどBCGワクチン接種の効果が高いと確認されれば、宮川氏らの主張が補強される。

*16岩崎 (1981)「日本における結核の歴史 — 結核はヨーロッパ人が伝播したのか」に「1913年軍隊入営後間もない者の(ツベルクリン反応の)…陽性率は「都会出身者では約50%,農村出身者では30~35%であった」」と言う話がある。

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