2018年6月26日火曜日

「幸色のワンルーム」で青年と少女の認知は歪まない

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両親からの児童虐待、同級生からのいじめ、教師からの性的暴行*1を日常的に受けている女子中学生が、謎の青年に誘拐されて同居生活を始め、徐々に心を通わすというストーリーのマンガ「幸色のワンルーム」が、テレ朝でドラマ化される事になってその是非が論争になり、全国配信が取りやめられた。これで議論が収まるかと思ったが、今度は放送局の自主規制とは言え、創作活動の幅を狭める行為だと非難されている。

1. 創作物の影響で青年と少女の認知が歪む根拠は無い

ドラマ放送反対者(表現規制派)の理屈は、視聴した青年と少女の認知が歪むと言うものだ。曰く、少女の場合は、思春期の息苦しさから開放してくれる大人が現れると期待し、誘惑されると安易についていくようになる一方、青年の方は少女を誘拐すると喜ばれるようになると考えだすそうだ。ヒロインと同じ境遇の少女を見つけるのは至難そうなので、表現規制派の皆様、そもそもマンガのヒロインの少女の境遇をよく把握していない気がするが、それはさておき創作物の影響で青年と少女の認知が歪む根拠は無い。

2. 過去の誘拐犯はドラマの影響で実行していない

表現規制派の弁護士である太田啓子氏のエッセイ*2では、認知が歪んでいた青年の例として朝霧市女子生徒誘拐事件の加害者を挙げているが、その加害者は当時は存在しない「幸色のワンルーム」を読むことはできなかったし、似たようなプロットの創作物に影響を受けたと言う話は出ていない。誘拐事件の加害者の認知に歪みがあることは多いのかも知れないが、その認知の歪みがどこから生じたかについては何も示されていない。年頃の少女が家出して男の家に転がり込む事例も昔からよくあるが、これもマンガやドラマの影響だと分かる事例は聞かない。

3. メディアが社会規範に与える影響は未知

そもそもメディアが人々が持つ規範に与える影響ははっきりしない。商品広告に関して効果があることは実証されているが、政治的見解においては視聴者の従来姿勢を補強する事はあっても、覆す事は無いと言われている。創作物、ドラマ等の影響についても研究はされており、米国では暴力的なテレビ番組が青少年の暴力的傾向と相関することが報告されているが、暴力的な青少年が暴力的なテレビ番組を好む同時性の問題は排除できず、また日本では米国ほど明確な関係が見られていない*3

4. 映画やドラマで志望進路を決めても、反社にはならない

「海猿」の影響で海上保安庁の志望者が急増のような事象はある*4。「リーガル・ハイ」がきっかけで法曹の道に入った人もいるであろう。創作物は、青少年に何らかの影響は与えているとは思う。ブラジルはカトリックの国で子沢山だったが、トレンディードラマ(telenovels)の影響で出生数が減ったと言う故事もある*5。しかし、任侠映画が社会にヤクザ礼賛の空気を形成したと言う主張もある*6が、1960年代後半は大量にヤクザ映画が作られる一方、暴力団構成員数は下落の一途であった*7

5. 映画やドラマは、視聴者に無理をさせられない

一つの創作物、一つの情報源だけで行動を決定する人はそうはいない。米国で「NUMB3RS 天才数学者の事件ファイル」が流行ったが、米国の中高生の数学の成績が急上昇はしなかったし、理工系(STEM)が突如人気になったとも聞かない。「仮面ライダービルド」を観て物理学を勉強したい子どもが増えたとも聞かない。映画「メッセージ」を観て、フェルマーの原理や変分法を学んだ人も少ないであろう。

6. 適切な情報も視聴者に与えるという予防策

創作物が誘拐と言う違法行為を助長すると考えるべき理由は無い。そうは言っても「銀河英雄伝説」で政治を語ってしまうおっさんも多いし、日経一面のトップに官邸官僚が「新世紀エヴァンゲリオン」用語の「シンクロ率」を叱責に使っていることが書かれていたりするので不安に思うというのであれば、創作物に制限をかける以外の提案をしたい。

視聴者が不適切な行為を思いつく前に、適切な行為を示唆しよう。作家の想像力を損なう事なく、視聴者が違法なことを善とするリスクを減らす事ができる。そんなに手間暇がかかる方策ではない。「幸色のワンルーム」であれば、児童虐待は児童相談所へ*8、準強姦は警察へ、保護者の承諾なく未成年者を泊めると未成年者誘拐罪が成立などとテロップを入れて放送をした方が、放送しないよりも適切な情報を視聴者に与えられるであろう。実際、誘拐が成立する条件について、理解していない人は少なく無いようだ。

*1準強制性交等罪になると思われる。

*2『幸色のワンルーム』放送中止に批判の嵐……弁護士・太田啓子氏が「誘拐肯定」の意味を語る|サイゾーウーマン

*3関連記事:テレビなどの影響を悪く言う前に読むべき「メディアと日本人」

上で紹介した本が書かれた後に、ラジオを通じたナチスへのネガキャンも、ナチスの政権奪取後の選挙活動や反ユダヤ主義活動も効果があったと言う研究(Adena, Enikolopov, Petrova, Santarosa and Zhuravskaya (2015))が出ているのだが、その効果量は95%の地域で支持率が±3%ポイント未満といった程度で大きいものではなく、また反ユダヤ主義の効果量は地域の歴史によって符号が逆になるので、信念を覆すのではなく強化する傾向が観察されている。

*4産経新聞 ENAK 「海猿」で海保人気 志願者急増 空自は…

ただし「過去に海猿のシリーズ作が上映された年の申込者数(春入学分)は・・・今年のような大幅の伸びはない」と言う指摘もあったらしく、映画の影響かは厳密には分からない。

*5関連記事:Poor Economics - 貧困層の生活行動

*6任侠映画の乱造 社会にヤクザ礼賛の空気形成する援護射撃に│NEWSポストセブン

*7【図解・社会】暴力団勢力の推移(2017年3月):時事ドットコム

*8相談を寄せられた児童相談所が放置して児童が死亡した事件が報じられているのでむしろ誘拐に走るかも知れないが、製作・放送サイドの問題ではない。

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