2018年2月8日木曜日

映画「デトロイト」のダメなところ

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米国史上最大の暴動*1を描いていると言う触れ込みの映画「デトロイト」は、国内の社会学者や政治学者の映画評論では概ね好評であるが、社会学者の卵の古谷有希子氏が黒人差別を助長すると貶している*2。残念ながら、話の要点が掴めない。白人視点と言われても、それの何が問題か分かる人は少数なのでは無いであろうか。それどころか、HUFFPOSTのリーマン大学Mary Phillips助教の説明*3を読むと、古谷氏の説明は映画と同じ意味で黒人差別を助長する書き方になっている。

1. 暴動の正当性

民主国家であるならば、人種差別などに不満がある場合、まずは訴訟や抗議運動などで平和的に解決を目指すべきである。違法営業をしているのが悪いのだから、警察が客に解散を命じたのは不当行為ではない。映画を見てこういう風に考えた人は多いのではないであろうか。しかし、映画で割愛された事情を知ると、暴動を起こした側に同情が沸く。

暴動発生前から、入居差別、入校差別、就業差別、警察の蛮行などに対して黒人権利擁護運動があり、例えば1963年6月23日には20万人規模のデモが行なわれた。平和的な解決を模索して来たのにもかかわらず、行政が改善を打ち出さなかったと言う背景があった。

違法営業のバーに集っていたのも事情がある。深夜から早朝までやっている合法バーからは黒人が締め出されていたので、黒人は不法営業しているバーにしか集えなかった。取り締まりも頻繁でストレスがたまっていた上、事件の場合はベトナム帰還兵を祝っていたので、正当な行為である意識も強かったであろう。

これらの事情を聞いても暴動は不当であると思う人はいるであろう。しかし、刑事裁判でも特段の事情がないかは聞くわけだし、暴動でも起こさない限りは少数派の人権をマトモに配慮してもらえなかった可能性は低くない。司法が腐っている場合は、やはり暴力的手段を取るしかない場合もある*4

2. 司法全体の腐りっぷり

映画では警官のごく一部が悪いと言う話になってはいるが、司法全体が雑な仕事をしていた事は否定できない。警官の黒人殺しを僅か3日で不起訴とした他、略奪事件の6割の被疑者の半分が放免され、裁判のうち6割が無罪判決となり、当初の容疑通りの判決だったのは僅か2名に留まった。唯一黒人がやっていて活動家のたまり場になっていた本屋に警官が火炎瓶か何かを投げて、それで放水して本をダメにした事件もあり、警官の不法な嫌がらせ行為も多々あった。事件発生後の話ではあるが、発生前から似たようなものだろうし、当時の黒人の警察不信を正当化する傍証にはなるはずだ。

3. まとめと注意点

黒人暴動の必然性を示す当時の社会情勢の描写が薄いので、黒人が単なる凶暴な無法者に描写されてしまっているから問題と言うことである。暴動発生前からの黒人権利擁護運動について強調しておかないと、映画と同じ問題点を抱え込むことになる。古谷有希子氏の説明でも、十分強調されていなかった。

白人警官の描写が長い一方で、黒人の方はモノ的に扱われている云々と言う白人目線(?)がケシカランと言う話もあったが、これはさすがに映画ってそういうモノだから大目に見てやって欲しい。日本海軍は一般市民への機銃掃射は行なっていないので、映画「パールハーバー」は不正確と言うのもあったが、結局、映画は映画である。目くじらを立ててもしょうがない。もちろんツッコミも自由だが。

当時の人種差別が現在も残るかについては、昔の話からは何とも言えないことには注意して欲しい。警察官の黒人への暴力が問題になる一方で、そもそも官憲とは横暴なところがあるし、統計上は白人やヒスパニックの方が黒人よりも警官に射殺されやすい*5と言う話もある。逆に、ボディカメラの装着により、黒人に対する無意識の差別行動が明らかになったと言う話もある*6から、完全に解消されたとも言い切れない。

*1ニューヨーク徴兵暴動あたりも史上最大を謳われているので基準が謎である。

*2映画『デトロイト』が「白人視点で黒人を描く」ことの問題点(古谷有希子) - 個人 - Yahoo!ニュース

本文で指摘する事項以外にも、「警官、国民衛兵、連邦軍が動員」(←National Guardは州兵もしくは州軍が定訳である)『1940年代までデトロイトは「民主主義の火薬庫」と呼ばれるほど、爆発的な経済成長を遂げる大都市でした』(経済成長をすれば「民主主義の火薬庫」になる理屈はなく、そもそも「民主主義の火薬庫」と呼ばれていたのかが謎)など錯乱気味の記述があるので、色々と訂正した方が良さそうである。

*3'Detroit' Is The Most Irresponsible And Dangerous Movie Of The Year | HuffPost

*4超法規的な最終手段ではあるが、例えば「実践の倫理」でも正当化される可能性を議論している。

*55 Statistics You Need To Know About Cops Killing Blacks | Daily Wire

*6警察のボディカメラが明らかにした、黒人に対する無意識の差別行動 | TechCrunch Japan

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