2014年6月11日水曜日

実質金利が均衡値なのに不安定でバブル発生?

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前回の「クルッグマンのインフレ療法は加速しない」に関して「人口動態、長期金利、定常不況」と言うエントリーで反論が来た。曰く、期待インフレ率を引き上げて均衡実質金利を達成しても維持する事が困難で不安定だし、資産バブルが発生する可能性高いそうだ。様々な経験則から考えてこの二つを危惧することは不自然ではないが、少なくともクルッグマンが提示している前提からは導き出せない結論なので、問題点を指摘したい。

1.(名目)長期金利決定式がおかしい

まずは、教科書的なお話から。

一般に長期金利は

   長期金利 = 期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム

であらわされる水準に落ち着くとされる。 そして長期では通常「期待潜在成長率 ≒ 均衡実質金利」となるため、この水準では完全雇用下でかつインフレ率が上がりも下がりもしない状態が持続することが期待できる(もちろん常にではないが)。

ここに問題がある。技術進歩が生じれば均衡実質金利が上昇するので誤解したと思うのだが、完全競争を仮定した教科書的なモデルでは実質金利は資本の限界生産物と一致するので、経済成長率がゼロでも通常は正の値を取る(例えばここの(5.2)式を参照)。

つまり潜在成長率 1%, 均衡実質金利 -2%の時に、金融緩和で期待インフレ率を高めに誘導して長期金利 1%, 期待インフレ率3%の状態を 一時的に達成したとしても、その時の長期金利は「期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム」を大きく下回っており、金融政策が中立的となれば、長期金利は「期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム」に向けて上昇していくことになる。

上述の理由で長期金利を決定する方程式がおかしい上に、その後の議論では『長期では通常「期待潜在成長率 ≒ 均衡実質金利」となる』と言うブログ主の仮定が維持されていないので、論理的に齟齬が見られる。潜在成長率1%≠均衡実質金利-2%だって。

一般に均衡状態は、需給が一致していて、安定的な事を意味する。不安定なケースもあるが、不安定な均衡状態を描写するには囚人のジレンマのように抜け駆けすると得になるような仕組みが必要なので、ブログ主の主張を通すにはもっと複雑な仕掛けが必要になるであろう。

2. クルッグマン流の期待インフレ率押し上げ方法

本題とは外れるが、「リフレ政策による期待インフレ率の押し上げ自体がどのような経路によるものか不明」とあるのだが、It's ba+k!論文を見ると、(a)将来インフレになったときに中央銀行が金融引締するケースと、(b)将来インフレになっても中央銀行が金融引締しないケースを比較すると、(b)の方が期待インフレ率が高くなると言う議論になっている。さらに(b)の場合は投資量が増えるので、実際にインフレ率が高まると言う議論。りふれ派が言うリフレ政策とは異なる面があるので、論文を良く読んでみて欲しい。

3. 実質金利が均衡値なのにバブル発生?

バブルを議論するのは意外に難しい。

もう一つの大きな懸念は、実質金利を均衡実質金利(<潜在成長率)まで引き下げる過程において、名目成長率>長期金利となることである。 以下のリンク先の記事にもあるように、この状況は財政再建などには非常に都合がよい側面もあるが、過去の似た局面では資産バブルにつながった例が多い。

モデルを超えた所で懸念としては残るものの、実質金利を均衡実質金利に一致させると言う議論は、資産市場を将来予測を反映した価格で安定させると言う事になっているので、非定常過程であるバブル状態にはならない。だからクルッグマンの前提では、バブルは発生しない。

そもそも合理的な人々を前提にすると、なかなか資本収益率などを無視した資産高であるバブルを引き起こす事は難しい。理論的には横断条件が無くなって将来の事を考えなくなったり、情報の非対称性があって、さらに裁定取引が制限されたりしないと発生しない(Brunnermeier(2007))。

そう人々は合理的ではないよ!と言う批判はあり得る*2が、急激な人口減少により土地の需要が急激に無くなる事が予想されており、消費需要も労働供給も減るので国内産業規模の縮小が予想されているときに、将来を楽観視する人がどの程度でてくるかは疑問として残る(関連記事:アベノミクスでバブルは起きるか? ─ たぶん、起きない)。少なくとも異次元緩和では、多くの投資家は冷静さを保っているようだ。

この場合、実質金利の引き下げが投資需要を刺激して完全雇用を達成する水準に至る前に、資産バブルが発生して「雇用なき景気回復」という事になるわけである。

なお平成バブルしかり、リーマン・ショック前しかり、資産バブルでも雇用は増加するケースが多いと思われる。弾けて結果的に悪化するから困るわけでして。

追記(2014/06/12 10:50):反論が来たので、コメントを追記しておきたい。半分は日本語表現の問題なのだが、ブログ主が主張したいのは「負の均衡実質金利が不安定」と言うことではなく、「負の実質金利が不安定」と言う事では無いであろうか。『人口増加が鈍化していても投資需要を維持できる「負の均衡実質金利」は長期均衡における均衡実質金利を下回っている』は均衡実質金利が二種類出てきており、しかも「負の均衡実質金利」は資本市場が不均衡になると指摘している。

クルッグマンのインフレ療法は加速しない」の最後に、「本当に均衡実質金利がマイナスなのか疑問がある」と書いておいたのは、この議論のことを指している。「資本の限界生産性は収穫逓減があったとしても基本的には常にプラス」になるので、「負の均衡実質金利」が実現されるには大きな減価償却率が必要になり、クルッグマンはこれを仮定していると推測されている(平田(2012))。過疎化が進むと、地方にある資本などがまだ使える状態で不要になり、それが減価償却率を引き上げるなどの議論が必要かも知れない。

マイナーなところだが、記述についてコメントしておきたい。まず、長期金利≒潜在成長率の議論だが、小田・村永(2003)では自然利子率が資本の限界収益率に一致する事に、相対的リスク回避度が1で、時間選好率がゼロであると言う仮定を追加し、長期の自然利子率が潜在成長率に近似できることを示している。強い仮定を置いている事は言及して欲しい。次に、既に指摘した「潜在成長率+1%, 均衡実質金利-2%」の下りだが、定常状態で潜在成長率=均衡実質金利と言う仮定を置いているのだから、実質金利につけている「均衡」を消すか、「潜在成長率-2%, 均衡実質金利-2%」で議論しないといけない。

何はともあれ本当に均衡実質金利がマイナスなのであれば、それを実現したところでインフレ加速するわけでもないし、経済は安定的に振舞うように思われる。クルッグマンの議論は均衡実質金利がマイナスであると言う仮定から始まっているから、国際部門が不安なのだが、論理的には問題はないであろう。そこがずるいところでもあるわけだが。

追記(2014/06/12 13:23):コメントのコメントで定常状態を意味する長期均衡と、定常状態への仮定である短期均衡の二つを使い分けていると言われたのだが、そうだとすると二つ問題が出てくる。

一つは負の均衡実質金利が短期のものだとしても、その場合は実質金利をマイナスにすることは肯定されるし、そのうち均衡実質金利が正になったとしても鞍点経路の上を動いているのだから不安定とは言えない(関連記事:「均衡」と「定常状態」で経済評論家に騙されないための知識)。短期均衡が連なって長期均衡が達成されるわけで、どちらか二択と言うわけではない。

一つは『クルーグマンのエントリーにある足元の需給を一致させる「負の均衡実質金利」は「短期均衡的な自然利子率」』としているが、均衡実質金利の低下理由を労働人口の減少を前提としている以上は長期のものだと考えるべきであろう。小田・村永(2003)の第3節の「長期均衡における自然利子率」でも、人口増加率の影響に言及されている。もっともブログ主は『「短期変動」ではなく「趨勢的な変動」』とも書いており、長短の区分けが明確でない。

最後にこれも表現の問題なのだが、気になるので指摘したい。『常にこの「負の均衡実質金利」を取り続けなければならない』はおかしい。「均衡実質金利」は金融政策などと関係なく定まっているもので、政策的に金利やインフレ期待の操作を通じて作用できるのは「実質金利」の方になる。

追記(2014/06/12 18:48):コメントのコメントのコメント。動学マクロのモデルを幾つか解いてみたら感覚が沸くと思うが、長期均衡を実現するためには短期均衡も実現していなければいけないのが理解できないようだ。

短期均衡における「負の均衡実質金利」が鞍点経路の上を動いて正の長期均衡における衡実質金利に至ることを仮定

一般的なモデルでは鞍点経路は短期均衡点の上を通る経路だし、定常状態は長期の均衡点であると同時に短期の均衡点でもある。要するに長期均衡=定常状態⊂鞍点経路⊂短期均衡と言う内包関係にある。ゆえに短期均衡を満たさないで鞍点経路や定常状態に至ることはまずない。

(鞍点経路の上を動いた場合は短期均衡的にみれば実質金利>「負の均衡実質金利」となり、景気に対して抑制的になってしまう。)

ここは一般的なモデルを前提にすれば完全に間違いで、均衡実質金利=実質金利であることが、均衡条件であり、鞍点経路にある条件になる。逆に不均衡だと過剰/過少投資が続くため、非定常な経路を辿ることになる(参照:ラムゼーモデルの位相図)。

人口動態による影響が趨勢的であるのであれば、足元の需給を一致させるためにはずっと実質金利をこの「負の均衡実質金利」に誘導し続けなくてはならない

定常状態を含めて「負の均衡実質金利」であれば、ずっと期待インフレ率を高めて実質金利をマイナスに保つ必要がある。

人口動態による影響は「長期のものだと考えるべき」であり、そうすると「長期安定的な成長経路上で実現する実質利子率」である長期均衡的な自然利子率と異なる(大きく下回る)「負の均衡実質金利」を"長期"にわたってとりつづける(実質金利をそこに誘導しつづける)必要がある

繰り返しになるが、長期均衡=定常状態⊂鞍点経路⊂短期均衡と言う内包関係にあるので、もし人口動態が短期の均衡実質金利を押し下げているのであれば、長期の均衡実質金利も同様に下がっているので、ここの議論は一般的な理論モデルからは乖離している。

(ちなみに資本の限界生産性が常にプラスなのに、「負の実質均衡金利」が実現することも、前者が長期均衡、後者が短期均衡における均衡実質金利に対応していると考えれば無理なく理解できるのではないか?)

実は最初の追記で言及しているのだが、「大きな減価償却率」があれば、資本の限界生産性は常にプラスでも負の均衡実質金利が実現できる。またまた繰り返しになるが、長期と短期で均衡条件が変わるわけでは無い。数ある均衡状態の中で、ストック変数が一定になる均衡を定常状態=長期均衡と見なしているだけだ。

*2歴史的には金融当局が注意しないと、10年に1度程度、バブル発生と金融危機を繰り返すようだ(関連記事:金融危機と金融行政の歴史)。

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