2014年4月2日水曜日

研究とは何か感じられる「栄養学を拓いた巨人たち」

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栄養学を拓いた巨人たち」は、栄養学の歴史を人物史を通じて紹介していく本。そう堅い内容の本でもなく、研究とは直接関係の無い愛憎も紹介されるが、著者の杉晴夫氏が科学者だけに、新発見をどうやって得たか研究手法の紹介にページが割かれており、中高の理科の補助教材としてもお勧めできそうな内容になっている。また色々な失敗談が詰まっており、科学研究にまつわる教訓談としても読めるはずだ。

興味深い逸話だらけで何を紹介すべきなのかも迷うが、第3章の最初に紹介される壊血病からして興味深い。中世には壊血病は良く知られた病気で、柑橘類をとることで予防できることは実は知られていた。しかし、必ずしも柑橘類をとれば予防できるとは限らないことから、その不足が原因だと認識されたのは、ずっと後であった。さらに柑橘類の中にあるビタミンCが洗い出されるまでは、もっと時間がかかった。実験動物のネズミはビタミンCを体内で合成できることを当時の科学者が知らなかったためだ。偶然、ネズミと違って噛み付かないモルモットを選んだホルストさんは壊血病の再現に成功するが・・・資金が尽きて研究は止まった。結局、女性科学者のチックがビタミンCが原因だと突き止め、セント=ジェルジがそれを単離していた*1のは20世紀も初頭だった。この逸話だけでも科学研究のある側面が分かると思う。

研究費を稼ぐために徴税請負人になったラボアジエからして何か変なわけだが、麻酔無しで動物実験を続けていた結果、動物愛護団体のみならず、妻と娘にも非難され、最終的には家庭崩壊する羽目になったベルナール、ジョブ・マーケット・ペーパーに「化学浸透圧説」を書いて昇進(講師→助教授)に失敗し失職、その後、その功績でノーベル賞を受賞したミッチェルや、他人の研究をぱくって発表する天才だったらしいカール・ローマン、ビタミンEを発見したのだが、紫外線や酸化物で分解されてしまうために、他の研究者は追試に難航し、最初は疑われていたエバンスなどなど癖のある人不幸な人が山のように紹介されている。もちろん、これらの偉人がどのような研究手法を思いついて、どのような研究成果を得たかも書いてあるから、単なるゴシップ集ではない*2

最後の章では、政策的に興味深い議論が展開される。1919年に佐伯矩が貧困対策に栄養が重要な事を主張していて、今の途上国の貧困層の栄養状態を重視する開発経済学の主張が古風なものに過ぎないことを認識できるし、進駐軍が戦前の政府と異なり日本人の健康状態の改善に色々と配慮していたことなどが思い出とともに綴られている。最後の科学研究についての意見は、やや唐突な印象を受けたが、全体として読み物として興味深いものに仕上がっている。一つの捏造・改竄・剽窃疑惑だけで衝撃を受けて混乱してしまう思想家や経済評論家の皆様には、こういう本を普段から読むことをお勧めしたい*3

*1セント=ジェルジは壊血病と関連するビタミンCの分離を試みたのではなく、他の研究で既にビタミンCを発見していた。

*2病気(ナイアシン欠乏症)になる実験に参加する代わりに恩赦を与える人体実験などは、今の時代から考えればゴシップ話みたいなものではあるが。

*3ただし研究者の就職などのライフサイクルや研究にまつわる体力や手先の器用さの必要性は、この本だけでは理解できないと思う。

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