2013年6月21日金曜日

疫学的リスク推定と放射線防護のダブルスタンダード

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科学ジャーナリストの片瀬久美子氏の記事に、疑問が投げかけられている(疑似科学ニュース)。議論は色々とあるのだが、科学的な信憑性は無いけれども、防護基準としてLNT仮説とALARAが採用されていると言うのが、疑似科学ニュースの著者はどうしても理解できないようだ。国際機関であるICRPが提示する数字は、科学的根拠があると思ってしまうらしい。

当のICRPはLNT仮説は防護基準として正しいと主張しているが、実際の所は信じていない。実はICRPの線量計算は線量-線量率効果係数(DDREF)と言って、同時に高い線量の被曝をした方が、低い線量での被曝が続くよりも影響が大きくなると、LNT仮説に反する仮定の上で計算がされている。また、死亡者数や死亡率を推定するなと、主張している(NHK追跡!真相ファイルについて)。

The collective effective dose quantity is an instrument for optimisation, for comparing radiological technologies and protection procedures, predominantly in the context of occupational exposure. Collective effective dose is not intended as a tool for epidemiological risk assessment, and it is inappropriate to use it in risk projections.(集団実効線量は、主に職業被曝の文脈で、放射線防護の技術や手順を比較し、(放射線防護を)最適化するための道具である。集団実効線量は疫学的リスクを計算するためのものではないし、それを使って将来のリスクを推測するのは不適切である)

低線量域のLNT仮説は疫学調査にしろ、実験結果にしろ統計的有意性が無い*1ので、それこそ擬似科学として悪名高いホメオパシーが病気の治療に役立つと言う程度の根拠しかない。

低線量被曝のリスクは、控えめに言うと確認されておらず、断定的に言うと無いと思われている。3万弱の観測数がある疫学データは膨大だ。それで出てきた100mSv被曝時の発ガン率は1.064倍だが、95%信頼区間では0.974倍~1.154倍*2になってしまう。健康になる確率があるぐらい、誤差が大きい。そして影響があったとしても、ごくごく微細な係数でしかない。

ICRPがLNT仮説を採用した理由は明確では無いのだが、(1)安全側にバイアスがある基準で、(2)運用がしやすい事を評価にしているように思える。複雑な防護基準は機能しないので、簡単な計算方法が好まれるわけだ。原発作業員はガラスバッジなどで被曝量を計測しているが、基本的には累積の被曝量しか記録していない。

二枚舌でダブルスタンダードに思えるかも知れないが、科学的に間違っていても、運用上は現実的な事もある。科学はコドモの世界で、防護はオトナの世界と言えるかも知れない。

追記(2013/06/21 22:00):コメントが来たので補足したい。「信じていないものを防護基準にしちゃだめだろう」と言うのは分かるのだが、そのダメな状態になっている。

統計データの解釈の問題なのだが、低レベル放射線の被害は“ゼロを棄却できないリスク”なので、ゼロと見なす方が適切だと通常は考える。同じような統計分析の結果で、放射線ホルミシスやホメオパシーの治療効果は効果なしと見なしている。

誤差を除去できないだけと言う主張がされているが、それは疑似科学、例えばホメオパシー信者が主張している事と同じだ。また、疫学データだけではなく、哺乳類の動物実験でも低線量被曝の被害は示せていない。分子生物学の知見も反映していない。

「成り立たないという積極的な理由がない限り、ある部分で成り立つ法則は確認されていない部分でも成り立つと考えるの科学」と主張されていたが、ネズミで成り立つ閾説が、人間で成り立たない積極的な理由も無い

放射線安全研究センターのサーベイが興味深いのだが、低線量域でのLNT仮説が正しいと主張している人々は少ないようだ。LNT仮説を捨てるのは時期尚早と言う事らしい。防護基準を危険よりに修正するのは、勇気がいる。

何はともあれ科学的知見として立証はされていないので、仮説と言う事になる。「仮説を防護基準にしちゃだめだろう」と思うか、安全よりの防護基準が必要だと思うかは考え方によると思うが、ICRPは安全よりの仮説を採用したと言う事だ。

追記(2013/06/22 02:43):いつも脚注でリンクを貼っているのだが、読まれていないようなので、そこの研究成果を紹介しておきたい。

たとえばネズミで100ミリシーベルト以下は無害だという実験が行われ、世界中の科学者も追試に成功し、欲をいえば「こういう理屈で無害なんだ(たとえばDNAの修復機能)」と示せれば、LNT説の脅威になる。

少なくともネズミの実験結果で低レベル放射線の被害を否定するものは三例は公刊されている。逆に数年間の騒ぎで、肯定するものが引用されたのは見たことは無い(←知っていれば教えて欲しい)。

DNAの修復だって、そういう現象があるらしいという段階で、どの程度それが発癌率を抑止しているか、数値で示せてない。

定量的と言う意味であれば、MITの研究では一度に10.5 cGyを与えるとDNAに損傷が残るが、5週間で10.5 cGyを与えても影響が無い事が示されている。ガンマ線であれば、大雑把に100mSvに相当する。分子生物学の実験も、動物実験での結果をサポートしているわけだ。

追記(2013/06/22 06:02):疑問が出されたので補足しておきたい。

読んでないのはあなたの方なんじゃ?それになんでこれが定量的なのだろうか。

単なる用語の問題だが、放射線の照射期間とDNA損傷程度と言う定量的な数値を用いた研究なので、定量的になる。定性的な研究とは言えない。

結局常温核融合は間違いだったわけだけど、このことからわかるように、1人もしくはひとつのチームが「こういう実験結果が出た」と言うだけでは、あまり評価されない。追試が行われて、確かに同じ結果になった、とならないと。

ざっと見た限りでも、多様なチームで多様なアプローチで、同一の結論である低線量域での被曝被害の否定が行われている。広島・長崎LSSデータの疫学データ、Tanaka et al.(2003)、Caratero et al.(1998)、Courtade et al.(2002)の動物実験データ、前述のMITのOlipitz et al.(2012)、Neumaier et al.(2011)で分子生物学の実験データから、低レベル放射線の健康被害は確認されていない。これら脚注とその参照先にあるもので6つ。なお統計学では被害ゼロを検定できないので、効果なしは確認できないに含まれる。

リンクが貼られたエントリーについてもコメントすると、

100ミリシーベルト以下では有意な影響を実証し難いという従来のLNT説からなんら逸脱するものではないわけで、

文意は「従来からのLNT説の弱点の範囲内」な気もするが、「従来のLNT説」では線型(Y=Xβ)だから、瞬間的な100mSvと累積的な100mSvが同様に影響するとされており、それを明確に否定はしている。

この実験はなにも新たなことを証明していない。

疫学データや動物実験では有意な影響が無い事を、分子生物学の視点から補強したわけだから、意義もある。根拠が増えたわけだ。

それをさまざまな条件(動物を変えたり、他の研究者に追試してもらったり)で、同じ傾向が現れるなら、そこに閾値があることになる。

実験のバリエーションを増やす必要があるのはその通りだが、同様の研究もあるので、一つだけ異常な結果が出たわけでもない。

何度も言うけれど低線量ではこういう関係式が成り立ちます、というところまでモデル化できてようやくLNT説と同じ土俵に立てる。

低線量域で閾値ありを支持する研究は幾つもあるのだが、LNT仮説を支持する有力な研究は無い。証拠が無い仮説を有力な説と認定し、証拠が幾つも出ている対立仮説にさらなる証拠を要求するのは、科学的な姿勢と言えるであろうか?

追記(2013/06/22 13:32):少し順序を変えつつ返答。

そういう状態でLNT説の方が支持されているのだから、そういうデータをいくら増やしても、ほとんど意味ないと思うのだが…。

低線量のLNT仮説には科学的根拠が無いと言うメタ・アナリシスは多数出されており、科学的には支持されていない

フランスの医学アカデミーと科学アカデミーが合同でまとめた報告書、米国エネルギー省、国保健物理学会からもLNT仮説を支持しない声明が出ている(金子)。放射線安全研究センターのサーベイでは、多数の論文が出ている様子が分かる。

さらにICRP自身もDDREFを用いているので、LNT仮説は全面的には信頼していない。防護基準であって科学的ではないのは、科学的なコンセンサスが無いから。

何度か尋ねてるんだけど、それらの研究で「閾値」がどこに存在するか、意見は一致してるの?

手順としては個別の定量分析を、権威がメタ・アナリシスでまとめる事になるが、まだ見解の一致は無い。

そのカーブの部分の形状とかは、閾値説が正しいとすれば、重要な研究テーマになる。なぜ閾値が存在するのかを原因を探る意味でね。そういう研究は進展してるの?

疫学データではあるが明確な結果ではない模様。ただし、他の汚染物質などの例を見る限り、関数形が特定される必要は無い。50で悪影響を観察できず100で観察できれば、50~100の間に閾値があると見なされ、50が安全基準になる。

何度も言うけれどDNAの自己修復にせよアポトーシスにせよ、どういう段階でどう働き、どの程度癌の発生を抑えるのか?そういう研究が大事。

動物実験から分子生物学に研究が進展したと言う事は、そういうメカニズムに関心が払われていると言う事になる。ただし線量と健康被害の関係が分かればいいので、メカニズムが明確にされる必要は無い。

わざわざよくわかってない低線量域でやらずに、もっと高い線量で実験すればいいじゃん。

例にあげたMITの研究では、瞬間的な10.5cGyが悪影響が分かっているので、5日間で10.5cGyを照射とあるので、むしろ分かっている効果から発展させているように見える。

世の中にはいろんなオカルト研究があるよね。読んでみるとそれなりに実証的で説得力がありそうに見えるものも少なくない。

低線量被曝の健康被害が、実証的な裏づけが無いのでオカルトに近い。

だってノイズで観測できないのだから仕方ないじゃん。

ノイズで観察できないと言う事は、科学的には効果があるとは認められないと言う事なのでオカルトと言う事になる。それこそホメオパシーの世界。

これが相対性理論が支持された理由。

ニュートン力学で説明できない重力レンズ効果を観測できたから、相対性理論が認められた。そして相対性理論を覆すような発見は、今のところは無い。一方で、LNT仮説が説明できない現象は既に色々と観察されている。

LNT説が完全には成り立たないっぽいという「予感」はあっても、それをきちんと体系化できない間は、LNT説が支持され続ける。

それは科学的に支持されると言うのではなく、防護基準として支持されると言う事。

追記(2013/06/22 16:34):コメントが来たので追記。全般としてLNT仮説批判に強い根拠を求める一方で、LNT仮説に根拠を求めない姿勢に疑問を感じる。

前にも言ったと思うけど、LNT説があると邪魔な人々、原子力業界とか放射線医療とかは、支持したくないだろうね。LNT説を否定する論文とかの大半はそういうところから出ている。

大学の研究室からも低線量のLNT仮説を否定する論文は出ているし、問題はLNT仮説を肯定する研究成果が無いこと。なお学術的な批判を業界の陰謀論で否定するのは、疑似科学の常用手段である。

「科学的コンセンサスがない」というのは具体的にどういうことを指してるの?

主流派の科学者が概ね正しいと認めて、教科書に掲載できる状態では無いと言う事。

なお低線量でのLNT仮説を支持するデータが無いと言う部分は、コンセンサスがあるように思える。LNT仮説擁護者も、低線量でのLNT仮説を支持するデータが無い事は認めているからだ。

閾値説を主張する人たちは、なんで自分たちの研究をさらに深めないのだろうね。

LNT仮説が肯定されないと言う研究は何度も紹介しており、その中で閾値の存在を示唆するものもある。研究を深めていないと言うのは妥当ではない。

だからその肝心の閾値のコンセンサスが…。というかMITの実験の所でも述べたけど、はがゆいと思わない?

網羅的な実験を見てみたいが、研究予算や時間の関係もあるので、網羅的な実験は難しいのでは無いであろうか。しかし部分的にしろ出てきた結果は、LNT仮説を支持していない。

実際の閾値説の研究って50~100の段階ですらたどり着いてないと思うのだけどね。

原発作業員の疫学データからすると、年間50mSv~100mSvに閾値がある事は概ね示されているように思える(金子)。動物実験や分子生物学の知見はもっと高い閾値を示唆しているが。

ホメオパシーの支持者はちゃんと効果があると主張し、そういうレポートも出されているわけで、閾値説と同じだよね。

閾値説を支持する論文は否定されていないが、ホメオパシーを支持する論文は追試の上に否定されている。むしろ有力な論文が無いLNT仮説の方がホメオパシーに近い。LNT仮説を支持する有力ペーパーが無いと言う事に疑問を抱かないのであろうか。

別にICRPは科学か科学ではないかを決める組織ではないわけで。

その通り。ICRPはLNT仮説を防護基準として採用しているのであって、科学的に有力な説である事を主張しているわけではない。

*1防護基準で低線量被曝にも、LNT仮説を採用させる根拠は三つあるようだ(BEIRⅦ報告書 【翻訳】)。(1)広島・長崎LSSデータ、(2)オックスフォード小児がん調査(Oxford Survey of Childhood Cancer)、(3)放射線生物学の細胞DNA損傷に関する研究。ところが三つとも、科学的に低線量被曝の健康被害を示せていない。

広島・長崎LSSデータは100mSv未満の被曝量での健康被害に関して、統計的に有意な健康被害を示せていない。オックスフォード小児がん調査は、母体がX線検査で10mSvの被曝を受けた子どもの小児がんリスクが1.5倍になると言うものだが、そもそも母体がX線検査を受けているので先天的な問題を抱えている可能性がある(中村(2007))。放射線生物学の細胞DNA損傷に関する研究は、DNA損傷を示す事ができているが、DNA修復機構の評価ができていない。最近の研究(MITnewsBerkeley Lab News Center)では、低レベルの被曝ではDNA修復機構は効率的に機能する事が示されつつある。

加えて言えば、チェルノブイリの経験(金子(2007))やネズミでの実験結果(S. Tanaka et al.(2003)ATOMICA)も、低線量被曝の危険性を否定している。LNT仮説に関する論争は色々あるが、どちらかと言うと懐疑的にとられていると考えて良いであろう。ラムサールやガラパリの高線量地域に住んでいる人々の存在や、1日当たり1mSvと言うISS滞在宇宙飛行士の被曝量(JAXA)も、LNT仮説に疑問を投げかけている。

*2100mSv以下の観測数27,789の係数0.64、標準偏差0.55からt分布を仮定して計算。

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