2011年8月17日水曜日

安藤至大の労働政策提案にある疑問

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
Pocket

日本大学安藤至大准教授が、解雇規制の緩和なしで現行の正社員の権利を保持したまま、非正規雇用(e.g. 契約、派遣、アルバイト)の雇用形態を多様化することで、正規雇用・非正規雇用に二極化した労働市場を統合する事を提案している(「就活はこれでいいのか?~日本の雇用を考える~」)。しかし会社経営の悪化時に現行法では、非正規労働者(e.g. 契約社員、派遣社員、アルバイト)が先に整理解雇雇止めされる事を考えると、安藤氏の提案は機能しないように思える。

1. 非正規雇用の多様化で、分断化された労働市場の統合を提案

安藤氏は正社員の待遇を下げるのは法的に難しいので、法的保護の少ない非正規労働者が増加するよう施策をうち、非正規労働者を多様化させる事を提案しているようだ。特に契約期間について規制緩和を主張している。

企業側から見ると解雇規制が緩いので長期契約でも雇用しやすいし、労働者から見ると勿論安定的になる。望ましい制度改正になる可能性があるが、正規雇用と非正規雇用に分断化された労働市場を改善させるようには思えない。長期契約の非正規労働者と正社員の間には依然として大きな差が残るからだ。

2. 整理解雇の四要件が、安藤氏の構想の邪魔になる

現行法でも会社経営が傾いたり、当該事業が消失した場合は従業員を整理解雇する事ができる。無闇に解雇できるわけではなくて、整理解雇の四要件を満たす必要がある。つまり、(1)人員削減の必要性があり、(2)解雇回避努力義務の履行を行い、(3)被解雇者選定の合理性があり、(4)手続の妥当性を満たす必要がある。(2)解雇回避努力義務から、正社員の整理解雇には契約社員・派遣社員・アルバイトの整理を済ましておく必要があると思われる。

経営者からすると、重要業務を担う人間を優先解雇する事態は避けたいであろう。すると正社員と非正規労働者の間で担う業務の質に差が出る。その結果、正社員と非正規労働者の間で習熟する技能に差が出てしまい、労働市場が分断される事になる。つまり、安藤氏の提案が機能するように思えない。

3. 労働市場は分断されているのか?

脱線気味だが、議論の前提に疑問を呈しておきたい。そもそも労働市場は正規雇用・非正規雇用に分断されているのであろうか?

今でも契約や派遣から正社員に出世した話は良く聞く。中小企業で契約社員を正社員登用した例は、かなり数が多いと思われる。カフェのアルバイト店員だった知人は、結婚を機に社会的圧力で正社員にされていた。正規雇用・非正規雇用の観点で、労働市場はどの程度分断されているのであろうか?

20歳代、30歳代の男性で派遣社員が増加しているのが問題なのであろうが、実際の所は正社員に門戸が開かれており労働者の能力的な問題で、正社員登用されないのかも知れない。正社員への待遇に見合った生産性が無い労働者は、正社員になれないわけだ。従来は非正規労働者市場が限定的であったため、ともかく正規採用していただけで、それが企業行動として不適切であった可能性もある。

正社員に見合う資質がある派遣社員の男性が、ずっと正社員になれない労働市場なのかは、もっと良く検証する必要があるであろう。非正規労働者が正規労働者にスイッチする条件は、詳細な実態調査が必要に感じる。

4. まとめ

安藤氏の主張は、正規雇用者という既得権者の反対を回避しつつ、二極化した労働市場を統合を試みたもので興味深い。しかしながら、非正規雇用の多様化促進という施策は、整理解雇の四要件から労働市場を統合するもののように感じ無い。そもそも非正規労働者と正規労働者の間に、どの程度の分断があるのか疑問がある。

安藤氏は労働経済学が専門なので、上述の問題は私の杞憂に過ぎないと思うが、契約社員の多様化が分断された労働市場を統合するメカニズムが氏のプレゼンテーション資料で曖昧なのは確かであろう。もし安藤氏がこのブログを見る事があれば、ぜひ補足説明を頂きたい。

追記(2011/08/18 11:30):安藤氏からコメントが来たので紹介したい。私が安藤氏の考え方を誤解しているとの事。

コメントありがとうございます。まず「正規雇用・非正規雇用に二極化した労働市場を統合する事を提案している」とありますが,違います。リンクを貼って頂いた講演資料にも明記されているように,私は統合ではなく,二極化している市場を多極化すること,それにより市場間移動を容易にすることを主張しています。pp.15--18をご確認ください。

また,多極化するなら同時に解雇規制は強化されるべきだと考えています。その理由については次の記事をご覧下さい。[SYNODOS JOURNAL : これから必要なのは雇用形態の多様化と解雇規制の強化 安藤至大]

以上のように, @uncorrelated さんは,私が想定したものとはずいぶん異なった形で私の見解を捉えられているように思われます。ご確認ください。

現行制度は正社員と最長3年の短期契約しかないため、市場で定まる最適な契約期間・契約終了事由で必ずしも雇用されていない。そこで契約期間・契約終了条件の自由化によって最適な雇用契約を可能にし、労働市場における社会的余剰を最大化するのが目的だそうだ。雇用契約が多様化すると、契約社員でも短期契約層と長期契約層に多極化し、正社員を含めた各層間の流動性が高まる。私は市場の統合と表現したが、安藤氏はあくまで異なる労働者市場間の移動なので多極化と表現されているようだ。

2 コメント:

munetomoando さんのコメント...

安藤です。Twitter上でのやり取りを通じて,かなりご理解頂けたかと考えていたのですが,依然として,事実誤認と誤解が訂正されずに残されているので,こちらにコメントします。

まず最初の段落で「非正規労働者が先に整理解雇される」とありますが,これは間違いです。現行法上,有期雇用の解雇は無期雇用の整理解雇よりも厳しいものとなっています。現実に行われているのは,非正規の労働者の契約を更新しないこと,いわゆる雇い止めであり,解雇ではありません。

これを雇い止めされると読み替えたとしても,だからといって「安藤氏の提案は機能しないように思える」とされる理由が十分には明記されていませんね。そもそも私の提案が機能するということをどのように定義なさっているのでしょうか?そこを明確にしなければ議論にはなりません。

それでは記事の節ごとに問題点を指摘して行くことにしましょう。最初は「1. 非正規雇用の多様化で、分断化された労働市場の統合を提案」についてです。

まず「契約期間について規制緩和を主張」しているのはその通りですが,その続きがおかしいですね。「企業側から見ると解雇規制が緩いので長期契約でも雇用しやすい」とありますが,私は解雇規制を緩くする事をまったく主張していません。むしろ多様化された契約形態の中から,あえて長期雇用契約を結んだなら,これまでの整理解雇法理による規制よりも解雇が難しくなるということを主張しています。

そして「正規雇用と非正規雇用に分断化された労働市場を改善させるようには思えない。長期契約の非正規労働者と正社員の間には依然として大きな差が残るからだ」ともありますが,ここも理解できません。これまで正規と非正規の両極端だったものを,多様化する事により,中間を厚くする事,そして異なる雇用形態への移動を円滑にすることを主張しているのに,なぜ二極化したままだと考えるのでしょうか?

次に「2. 整理解雇の四要件が、安藤氏の構想の邪魔になる」についてです。

「正社員と非正規労働者の間で担う業務の質に差が出る」のはその通りですね。これは今でも差がありますし,多様化しても異なる働き方の間で差は残ります。

しかし「その結果、正社員と非正規労働者の間で習熟する技能に差が出てしまい、労働市場が分断される事になる」という主張は理解できません。

私は,これまでの短期雇用の労働者については,労使双方にとって訓練へ投資するインセンティブが少ないことを問題視しています。そしてこれまでの基準なら正社員として採用することが難しいために非正規だった人が,多様化により中期雇用を得られるようになれば,これまで以上の教育訓練を受けられると考えています。それでもまだ技能の差は存在しますが,問題は軽減されますね。

また,そもそもの目的は労働市場を「統合」することではなく,多様化することであり,分断されたままで良いと考えています。その間の移動可能性が問題だからです。

次に「3. 労働市場は分断されているのか?」についてです。

「労働者の能力的な問題で、正社員登用されないのかも知れない」とありますが,もちろんその可能性はあります。しかし私が問題視しているのは,能力があっても育児や介護等の理由で残業ができない人や何らかの理由で転勤ができないなど,正社員として働くならば求められる要件を満たせない人がいる点です。

ここで,正規と比較して雇用期間が短かったり雇用保障の程度が低かったりする代わりに,現在の正社員よりも働き方の自由度がより高い中間形態を可能とすれば,有能だが正規にはなれなかった人を活用できると考えています。

uncorrelatedさんは,労働市場を統合することを私のゴールだと誤認しています。そして「正社員と非正規労働者の間で習熟する技能に差が出てしまい、労働市場が分断される」とか「そもそも労働市場は正規雇用・非正規雇用に分断されて」いないのではないか等の疑問を理由として,私の「提案は機能しないように思える」と述べられています。

しかし提示されている疑問点は,そもそも私が何を主張しているのかをご理解頂けていないことから発生していると私は考えています。Blogタイトルには「理論とデータをもとに社会科学的に分析」とありますが,今回のエントリも「理論とデータをもとに社会科学的に分析」できているとご自身ではお考えでしょうか?

munetomoando さんのコメント...

安藤です。

上のコメントでは,少し攻撃的な書き方をしてしまいましたが,その後のtwitter上でのやり取りを通じて,uncorrelatedさんと私の間では,実際には意見の擦り合わせは適切にできていたことを確認しました。

ご理解頂けた事に感謝します。今後はより丁寧に説明するように心がけます。ありがとうございました。

コメントを投稿