ノーベル賞経済学者のポール・クルッグマンのコラムの趣旨を、経済学者を自称する池田信夫氏がずっと誤解し続けている(金融政策から財政政策へ)。最初は英語を誤読しているのだと思っていたのだが、誤読だけではなくクルッグマンの基本的な主張の背景も分かっていないようだ。クルッグマンのリフレ政策を簡単に説明してみよう。
1. 問題は将来のインフレ率への予想
クルッグマンの主張はこうだ。流動性の罠にあるデフレ経済では、中央銀行が通貨供給量を増やしてもインフレーションを起こせない。投資収益率も0に近く通貨保有と利回りが大差ないから、投資する意欲は起きずにどんどん通貨を保有するからだ。しかし、中央銀行が将来インフレになっても抑制しないとすれば、長期的な通貨保有は損になる。人々は積極的に投資を行うようになるので、デフレ経済から脱却できる(復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲)。
2. FRB議長バーナンキは何故量的金融緩和をしたのか?
FRB議長バーナンキは、インフレ率が操作できない流動性の罠の状況下で、なぜ量的金融緩和政策(QE2)を行って来たのであろうか。理由は簡単で、中央銀行が通常は保有しない危険資産を購入してでも長期のインフレ期待を引き上げるためだ。結果は余り芳しく無いが、クルッグマンに言わせれば、それは期待インフレ率を動かすのに不十分な規模だったからだと言う事であろう。
3. ハイパーインフレーションへの懸念
米国では恒久的な量的緩和によってハイパーインフレーションへの懸念があるらしく、クルッグマンは度々コラムでその可能性が無い事を説明している。2009年5月28日のコラムでもそうだ。日本でも国債の日銀引受がハイパーインフレーションをもたらしかねないと心配する人は少なくないが、米国でも同様なのであろう。
4. クルッグマンの主張の要点
クルッグマンは恒久的な量的緩和を通じて長期的なインフレ期待を操作する事を勧めているわけで、マネーサプライを増やしたら短期的にインフレ率が上昇するとは主張していない。また、流動性の罠にあるので、マネーサプライの増加が即ハイパーインフレーションには繋がらないと説明している。2011年8月26日のNew York Times誌のコラムでも、FRBはバランスシートを気にしていないで、長期政策に対する明確な宣言(インフレ・ターゲティング採用?)を行うべきだとしている。
5. クルッグマンの主張は変わっていない
Facebookのコメント欄でも複数の人間から読解が適切では無い事が指摘されているので、池田信夫氏も薄々気付いていると思うが、クルッグマンの主張は1998年から基本的に変わっていない。2010年8月31日のコラムでも、1998年のペーパーを参照している。つまり主張は変えていない。池田信夫氏がどうして誤解をしてきたかを考えてみよう。
恒久的な量的緩和で流動性の罠から脱出すれば物価は上がる。通常、これはインフレと呼ばれる。しかしクルッグマンは流動性の罠からの脱出をインフレとは表現せず、量的緩和はハイパーインフレーションをもたらさないと説明している。緩やかなインフレとハイパーインフレーションを混同したのであろう。
池田信夫氏は2007年1月27日からクルッグマンの主張を誤解しており、クルッグマンの意図を掴みかねているのは確かのようだ。クルッグマンの主張が正しいかは議論の余地があるであろうが、その主張を理解できていないと批判にもならない。
6. クルッグマンのエッセイの癖
クルッグマンの表現は、英語ノン・ネイティブには分かりづらい部分もある。経済学的には妥当だが政治的には無理、流動性の罠にある今は賛成だが通常時は誤り等、一つのエッセイに複数の視点から結論が書いてある事も多い。
冗談も少なくない。ゼロ下限金利のための歌として"Money For Nothing"を紹介されても意味が分からない。タイトルは「楽して稼げる」の意味だそうだが、デフレでお金の価値が高まっているとでも言いたいのであろうか?
このようにクルッグマンは冒頭から結論まで注意深く読まないと意図を誤解しがちなエッセイを書くので、平易な英語ではあるがノン・ネイティブは気を使って読むべきであろう。そうでないと、意味不明な事を言われているように思い続ける事になる。
0 コメント:
コメントを投稿