ロシアのミサイルに搭載されている電子部品

西側諸国の禁輸措置にも関わらず、ロシアの弾道ミサイルと巡航ミサイルの生産ペースが回復していると報じられている。西側の電子部品を迂回輸入しているような説明がされているのだが、弾道/巡航ミサイルに使われている電子部品に関しては、輸出入を規制するのが困難に思える。ありふれた部品を少数輸入すれば済むからだ。

ウクライナでイスカンダルKミサイルとカリブル巡航ミサイルの残骸に搭載されていた半導体を紹介しているページがあった^*1のだが、イスカンダルKミサイルは1990年頃の汎用部品をつかった基盤、カリブル巡航ミサイルは2002年だったら最先端の電子工作となっていた。製品サイクルが民生品の方が短いと言う問題もあってミサイル搭載の半導体は最新と言うことは少ないのだが、おっさんホイホイ過ぎて涙が出てくる。

イスカンダルKが1990年頃と言えるのかというと、1980年代から1990年代によく使われた歴史的なDSPであるTI社のTMS320ファミリーとロシア社製TTLの1533ЛИ1がたくさん装着されているから。TMS320ファミリーはTMS320C25GBAやTMS320C30GELといった派生が見られ、製造年も1985年から1990年のものが確認できる。他にMPUは搭載していない。TMS320は教科書でも紹介されていたものだから、当時、電子工学を学んでいたオッサンは感涙不可避。

カリブル巡航ミサイルは、A/DコンバーターのAD9218BSTZ-105，ギガビットイーサネットワークの88E1111-BAB2，18MBitsのSRAMのCYC1381KV33-133AXIを搭載している。参照したページではなく報道では、Xilinx社製FPGAが使われていると報じられている。Xilinx社製FPGAにはMPU^*2を内蔵でき、FPGAには内蔵ブロックRAMもあるが、外付けSRAMを搭載する構成が標準的で、この105MSPSの高速A/Dコンバーターをつないだ事例紹介もある。GbEに用いることができる高速シリアルI/Fを備えているはずなので、88E1111-BAB2をついていた理由が謎なのだが、廉価な型があるのかも知れない。衛星測位システムのための回路もいるが、FPGA内に構成したか外付けかは不明。

以上の他に、イスカンダルKも、カリブル巡航ミサイルも、慣性航法のための加速度センサー、ジャイロセンサー、高度センサーを搭載し、モーター制御のためのD/Aコンバーターもどこかにある。これらの部品はスマホや民生ドローンにも使われており、高性能なものでなければありふれている。詳細は高度センサー以外は報道で見かけなかったが^*3、イスカンダルKの方は処理性能からそう立派なものではなく、カリブル巡航ミサイルも高速な部類とは言え、少し前まで輸出規制外だったと言うか、香港の会社がまだ取り扱っているA/Dコンバーターで間に合うものだったので、その先につないでいるセンサーも最先端では無さそうだ。

ロシアの弾道/巡航ミサイルの生産数は、5月の時点で「ロシアはKh-101を月35発、Kalibrを月25発、キンジャールを月2発、イスカンデルを月5発ほど生産」と言われている^*4。民生の量産品と比較すると生産量は非常に少ない。冷蔵庫などの大量生産の民生品はFPGAではなくASICを使っていることが多いので無理だと思うが、廃品からの回収で間に合いそうな数しかない。FPGAは毎年400万個は生産されており^*5、その中の一部とはいえベストセラー品だ。

仮に利用している電子部品の調達が困難になったとしても、他の電子部品への代替もそう困難に思えない。Xilinx社製FPGAを規制しても、他のFPGA製品で同等の回路を組むことは可能だ。論理的な設計は済んでいて、最近はハードウェア記述言語（HDL）を使っており、移植性も高い。内蔵するプロセッサが変わったとしても、データが既にあって完璧に仕様が決まっているコード、しかも主記憶領域が2.5MB程度の間に合うものの移植はそんなに困難はない。FPGAが使えなくても、中国で買えるシングルボードコンピューターに置き換える方法もありえる。消費電力は増えるが、ミサイルの稼働時間は長くない。センサーの変更があれば、精度低下が生じたりするかも知れないが。

こういうわけで、電子部品の輸出規制で弾道/巡航ミサイルの生産を止めるのは困難だ。対砲兵レーダーのように大きなフェーズドアレイレーダーを積んでいたりすれば、また話は別だと思うが。

*1An interesting report：Analysis of electronics inside Russian weapons recovered from Ukraine battleground | SemiWiki

*2古い製品シリーズではPowerPC 4xx

*3ALTERA社製品だとは確認できた。

*4ウクライナ諜報機関、制裁下にも関わらずロシアのミサイル生産量は増加

*570億ドル市場で高性能な品が1500ドルからであった。