インターネットは名誉毀損やプライバシー侵害行為、著作権侵害行為などが深刻化しやすく、侵害行為を行なっている者や機材が国外にある場合もあり、取り締まる難易度や費用は低くない。そもそも、被害の原状回復が難しいことが多い。
そこで、ネットワークの設定で通信遮断をして、迅速にこれらの被害拡大を止めようと言う動きがある。実際、児童ポルノ対策ではブロッキングがされる事になった。著作権侵害行為に大しても同様の措置を取ろうという動きも強くなりつつあり、それに対する反対の声があがっている。
さて、反対派の理屈で主なものは電気通信事業法第4条もしくは、その条文の目的とされる憲法第21条の通信の秘密を遵守せよというものだ。インターネットの通信を成立させるために電気通信事業者(の機材)が当然知りうる類の情報(IPアドレスやURI)においても適用され、通信行為を成立させるために用いる行為においては、正当業務行為を違法阻却事由に許されるとして解釈されている。
正当業務行為以外にも、通信の秘密を守らなくても合法になる場合がある。まず、犯罪捜査においては、公共の福祉の要請に基づき、通信傍受の要件を厳格に定めているので合憲、そして合法とされる*1。また、法の支配が及ばない地域から発信されている情報に対応するために、緊急避難の条件を満たすのであれば認められると考えられている。児童ポルノのブロッキングはこれに該当すると主張されている*2。
注意するべきことがある。インターネットにおける通信の秘密の取り扱いについて、最高裁判例は無い。法的の確度は実は弱い。司法捜査に関しては郵便や電話の事例を援用できるであろうが、他はネット独特の事情もある。2006年にP2PアプリケーションのWinnyの通信遮断が広まろうとしたときに総務省が電気通信事業法違反と判断した事例、SPAMメール対策のOutbound Port 25 Blockingを正当業務行為と判断した事例は、どちらも総務省が判断を下している。
技術的に通信の秘密の侵害に関係ないものを、侵害と見なしている可能性もある。児童ポルノのブロッキングはDNSフィルタリングで、www.example.comのようなドメイン名を203.0.113.1のようなIPアドレスに変換するドメイン・ネーム・サーバー(DNS)が、違法サイトのIPアドレスではなく、児童ポルノサイトであった事を説明するページのIPアドレスを返す仕組みになっている*3。これを法曹は通信の秘密の侵害と見なしているのだが、データベースの登録内容が変更されているだけで、形式的には通常の業務と変わらない。
電気通信事業法第4条と憲法第21条を一体化して考えるのが主流派見解だが、政府ではなく民間が通信事業をやっているわけで、「憲法二一条二項における通信の秘密と電気通信事業法における通信の秘密が同一の意義、同一の内容のものであると解する必然性に乏しい」と言う意見もある*4。この見解からすれば、インターネットの実態にあわせて電気通信事業法の変更に踏み込む事も議論の俎上に載せても良いはずだ。この場合はテクニカルな法律論だけではなく、憲法21条の趣旨、公共の福祉を再考する必要がある*5。
さてこの辺を念頭に、ドワンゴ創設者の川上量生氏、セキュリティー研究者の高木浩光氏、個人投資家・作家の山本一郎氏あたりの言い争いを眺めて行きたい。
*2森亮二『ブロッキングの法律問題』
*3IPアドレスを直接指定するとアクセスできるのでザル規制と言われている。ただし、IPアドレス規制だと、同一IPアドレスを複数ドメインで共有するName-based Virtual Hostだったらオーバーブロッキングになるのでやむを得ないという理解もある。
*4石井徹哉『通信の秘密侵害罪に関する管見』
*5通信先の履歴な内容に応じて電気通信事業者が処理を変えたとしても、電気通信事業者の外部に流出せず速やかに廃棄されれば、官憲による政治活動の規制・監視にはつながらない。特に通信内容に関してはSSL/TLSなど暗号化通信で保護可能である。ネット検閲が言論、出版その他一切の表現の自由を阻害することは隣の中華人民共和国が壮大に実証しているが、漫画やアニメの著作権者の申し立てを必要とする限りは、ネット検閲とも言えない。
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