2014年11月12日水曜日

「世界の経営学者はいま何を考えているのか」でイマドキの経営学の雰囲気を掴む

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気づくと早稲田大学に移籍していた経営学者でついったらー*1の入山章栄氏の「世界の経営学者はいま何を考えているのか」を拝読した。最近の経営学のトレンドを紹介して、ドラッカーあたりの居酒屋談義を真に受ける人を減らそう、もしくは経営学者が真面目に仕事をしている事を世に示そうと言う気概に溢れており、最近の研究成果も色々と紹介している良書だ。日本語も平易だし経営学に興味がある高校生や大学生が読むのに適していると思うが、関連分野の経済学徒も面白く読めると思う。特に産業組織論などに興味がある院生は、短時間で大きなインプットが期待できる。

PART Iで経営学の変遷と内外差が紹介されている。個別の経験から演繹される名言集から、計量分析に裏づけされた科学的法則を目指して急激に方法を変えているらしい。米国の最先端では計量分析を主体とした研究が主流になる一方、日本では事例研究の比重がまだ高いそうだ。また、教科書を編纂できるほど信頼できる法則が固まっていない熱い分野だと強調される。PART IIで、経営学者の間で常識となっている研究、もしくは入山氏が面白いと思った研究が紹介されている。PART IIIは経営学のあり方についての議論が紹介されている。理論が多すぎ、計量分析に頼りすぎと言う問題もあるようだ。

経済学徒がこの本を読めば、経済学とイマドキの経営学の領域がとても曖昧な事が分かると思う。初歩的なミクロ経済学では、企業について細かい議論はしない。企業の生産関数は所与だし、その行動も単調だ。PART IIで経営学が掘り起こしている企業像や企業行動は、もっと豊かで多彩なものとなっている。こう書くと、経済学と経営学の領域は明確に分かれているように思うが、経済学でも入門の先では、企業の構造や行動をもっと精緻に分析をしている。

産業組織論(IO)では独占や寡占や価格差別などの議論が入って来るし、どういう属性の企業の経営効率が良いかを計量分析するのは定番だ*2。ライバル企業と重複する市場が少ない方が、より価格競争を仕掛けやすくなるような議論が紹介されていた(P.79)が、これは正にIOだ*3。また、企業理論では取引費用やエージェンシー問題などで組織の構造を説明しようとしている*4が、同じ理論が経営学にも使われている(P.309)。

計量分析に裏づけされた科学的法則を目指した経営学が経済学に近づいたのか、それともあらゆる領域で経済学の道具を適用しようとする経済学帝国主義のせいかは分からないが、経済学と経営学の領域の差はほとんど無いようだ。経済学は公理から人間行動を説明しようとし、経営学はより良い経営手法を提供しようとしている気はする*5のだが、扱っている素材と分析ツールに大きな差は無いように感じる。だから本書は経営学徒のみならず、分野によっては経済学徒にも役立つように思える。良く見ると経済学の専門雑誌からの引用もあるし(P.210)。

ついつい多少は親しみのあるものと比較してしまうわけだが、経済学や経営学の差などはカテゴライズでしかないから些細な問題だ。分野の動向を、新進気鋭の研究者が平易な日本語で説明してくれる書籍は有り難い。もっともこの本も発売から2年ぐらい経っているので、少し内容が古くなっていると思う。入山氏は改訂版を出したりしないのであろうか。そのときは是非、白いシンプルなカバーではなくて、JAうごのあきたこまちの萌え絵のようなものをお願いしたい。

*1日経ビジネスオンラインのコラムの内容について、テクニカルで細かい質問に丁寧に答えて頂いた(togetter)。

*2"Structural Econometric Modeling: Rationales and Examples from Industrial Organization"を見ると、どういう定番分析が行なわれているのかがわかる。

*3IOにおいての一般的な結論と合致するかは分からない。

*4Hart(1995)の前半部分を読むと雰囲気がつかめると思う。

*5本書の各所で紹介した研究の経営上の含意を説明しているし、経営戦略論はプランニング派からコンテンツ派に主流が移ったと解説されているが(P.226)、どちらにしろ「どうすべきか」を論じている事になる。ただし経済学でも政策効果の測定の研究は大きな比率を占めており、そこではどうすべきかが主要な研究モチベーションである(関連記事:ちょっと賢い貧困対策を考えるための本)。

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