2020年1月29日水曜日

あの社会学者の「産婦人科はニセ科学」は、誤謬推理による陰謀論

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過去のあれこれで橋迫瑞穂氏を連想した人が多い気がするが*1、違う人の話である。東北大学の社会学者、田中重人氏が産婦人科はニセ科学だと、(少なくとも2017年10月5日から、昨年の5月9日まで)言い続けている。生殖医療関係者がよく参照してきたグラフの瑕疵についての意地悪な揶揄かと思ったが、かれこれ2年以上言い続けている。先週も同様の主張をしていたので、本気なのであろう。しかし、誤謬推理による陰謀論になっているきらいがあるので指摘したい。

1. 問題グラフへの批判は妥当

田中重人氏の批判の中核*2自体は概ね妥当なものだ。2015年の文部科学省高校保健副教材の「妊娠のしやすさと年齢」など、生殖医療関係者がよく参照してきたO'Connor et al. (1998)のグラフが、原典にあるものとは異なる形状になっており、さらにグラフが表している数字は女性の年齢以外の影響を排除できていないと指摘している。公衆衛生学/国際保健学を専門とする神戸大学の中澤港氏も、グラフの縦軸は「性交頻度や早期胎児損失や授乳による産後無月経など(意図的避妊以外の)すべてをひっくるめた・・・指標値」であり、「妊娠しやすさ」は誤解を生む表現で、「妊孕力」とするのは誤りだと指摘している。批判を受けて文科省の補助教材には訂正が入ったが、訂正もグラフの形状と出典についてのみであり、「妊娠しやすさ」と言う微妙な表現は維持されている。

2. グラフに関する瑕疵は、ニセ科学と言えるほどではない

このグラフに関する瑕疵は、ニセ科学と言えるまでのものだろうか。生殖医療関係者が問題のグラフをもとに主張しているのは「女性にとって妊娠に適した時期は20代であり、30代から徐々に妊娠する力が下がり始め、一般に、40歳をすぎると妊娠は難しくなります」と言うことであり、縦軸が適切なグラフに置き換えてもこの主張は維持される。中澤氏が先進国におけるもっと新しい研究として紹介していたRothman at el. (2013)は、健康状態や性交頻度などをコントロールした上で年齢と受胎確率の関係を見ている*3が、生殖医療関係者の主張*4自体は維持される(下図)。

そもそも受胎確率の他、周産期死亡率や先天異常の発生確率も暗に考えた上での説明であろう。間違った主張を押し通すために、恣意的に誤りを起こしたとは言えないと言う意味で、ニセ科学とまでは言えない。

批判にも関わらず、「妊娠しやすさ」と言う微妙な表現を使うことで、新しい研究の有効受胎確率ではなく古い研究の見かけの受胎確率を参照し続けていることは、ニセ科学と言えるであろうか。私ならば有効受胎確率の方を参照するが*5、文科省の選択(と日本生殖医学会の弁明)がまったくの誤りと言うほどの自信が持てない。受胎確率からは、20代の男女と40代の男女で性行為の頻度が同じと仮定したとき、妊娠する確率が半分になると言うようなことが言えるわけだが、生殖医療に関わる人々が中高生に教えたい「妊娠しやすさ」と言う概念に、加齢などで性行為の頻度が落ちることが含まれる、受胎確率だけを議論したいわけではないと宣言されてしまっている*6

田中氏が詳細に検討している部分だが、O'Connor et al. (1998)のグラフと言うか、グラフの転載元であるBendel and Hua (1978)の推定方法にバイアスが生じていることから、ニセ科学であると言えるであろうか。田中氏が指摘するように、新婚でなくなると性交渉の頻度が落ちるバイアスが生じて高齢者の見かけの受胎確率を下げているであろうし*7、加齢による流産の確率上昇が低い前提になっていることは見かけの受胎確率を上げている*8であろうが、批判はあってもテキストに掲載されている程度の信頼は得て来ている上に、最近の研究成果と矛盾する話でもなく、これの利用自体に悪意があるとは言い難い。繰り返すが、上述のRothman at el. (2013)と傾向は大きく変わらないので、相殺されたのか全体としては大きなバイアスもない。間違った推論から正しい(ものに近い)結果が出てきている状態なので、これに頼るのはもはや科学的ではないと言う批判であれば適切であろうが。

ニセ科学ではない事を示す為に、田中重人氏が求めるように関係者が糾弾・処分されることは一義的には必要ない。現代の科学研究は形式化されて学術論文の撤回や修正が行われるようにはなっているが、過去のプレゼン資料などまで遡って訂正するようなことはいちいち行われないし、放置されている問題を無視すると言う解決策も実際的である。

今では不正確になる手法を用いた古い研究のグラフを、妙に変形させて転載させて使っていたと言う意味では科学的ではないが、そこから導き出された主張自体はごく一般的で妥当な話になっている。科学的か?と言われるとNoと言わざるをえないが、誤った結論を誤った方法で強弁し続けるのがニセ科学であると考えると、ニセ科学と言えるほどでもない。田中重人氏のニセ科学にならない基準が厳しいのかも知れないが、「女性にとって妊娠に適した時期は20代であり、30代から徐々に妊娠する力が下がり始め、一般に、40歳をすぎると妊娠は難しくなります」と言う結論自体を否定する勢いの過剰な言葉に思える。

また、田中重人氏は、このグラフに関する瑕疵を、ジェンダー平等化に対するバックラッシュであり、プロパガンダ行為であるかのように言及している*9が、Rothman at el. (2013)のグラフに差し替えたら主張を維持したまま科学的な議論としての問題点は解決されるため、何かの政治的思惑が不正行為を行わせたとは言えない。惰性を悪意に捉える陰謀論。不適切な行為を過度に強調することで、他の状況を考慮しないで悪意があったかのように結論をミスリーディングするのは、誇大広告論法(Bait-and-switch)という詭弁だ。

3. 生殖医療関係者全般、医療行為全般に一般化できない

この瑕疵ひとつで生殖医療全体がニセ科学と言えるであろうか。彼らの主業務である医療行為は、指摘されている問題点にはまったく依存していない。根拠と主張の乖離(Non sequitur)という誤謬推理になる。また、一つの問題だけで産婦人科はニセ科学とするのは、早まった一般化(Hasty generalization)という誤謬数理になる。

医は仁術のようなところもあり、医師は研究者ではなく実践者の集団なので、注意関心を払うところは自ずから異なり、端々を見ていけば科学的にいい加減なところも出てくる*10わけだが、そういう一つ捕まえて産科・婦人科・生殖医学全体がニセ科学と言うような主張を展開するのはいかがなものか。全体としては時代とともに研究成果を医療現場に反映して来ている*11わけで、誤った知見に固執し医療行為を続けているわけではない。

田中重人氏の言い方では産科・婦人科が行っている医療行為の多くが無根拠で、多くの代替医療と同じだと勘違いする人が出てきかねない。場合によっては、標準医療を拒む代替医療の推進者を喜ばす事になり、被害を蒙る人々が出る。個々の提言や医療行為などへの批判はされるべきだが、標準医療全般を否定しないように、十分な注意を払って言葉を選択して欲しい。

*1関連記事:ある社会学者の産婦人科医への罵倒に関して

*2【解題】高校保健副教材「妊娠しやすさ」グラフの適切さ検証: 人口学データ研究史を精査 - remcat: 研究資料集

吉村泰典「妊娠のしやすさ」改竄グラフコレクション - remcat: 研究資料集

*3アンケート調査なので胎児損失確率などが入った有効受胎確率になっていると思うが、ちょっと自信が無い。

*4田中重人氏は「22歳がピーク」という印象を作り出したことを批判しているが、そのように文中で明言されたわけではない。

*5調査対象と中高生の社会的・文化的環境は大きく異なる可能性があるし、(田中重人氏の批判と同じことになるが)高齢でも性交回数を増やせば妊娠確率は上げられるのでは?—と言うような疑問も排除できる。

*6「妊娠にはさまざまな要因が影響を与えることは当然のこと」と開き直っている。

*725歳未満で結婚した女性のデータを使っていること自体は、結婚年齢を揃えることで身体や社会的地位をコントロールできる利点もある。可能ならば同一年に産まれた女性の集団(コホート)を分析し、社会や文化の変化をコントロールすべきであるが。

*8p.215の式(11)の∫∫の内側の分数の分母が流産・中絶確率φに対して一定であること、Q₁がφの減少関数、Q₂とQ₃が増加関数、妊娠から再受胎可能になるまでの平均期間は、無事出産するよりも流産する方が圧倒的に短く、U₁>U₂+U₃であることに注意すると、受胎するまでの平均期間1/qρ*iはφの増加関数になる。つまり、流産の確率が正しく高く設定されれば、受胎するまでの平均期間は伸びて、見かけの受胎確率は小さく推定されるようになる。

*9田中 (2016)「「妊娠・出産に関する正しい知識」が意味するもの: プロパガンダのための科学?」 生活経済政策,230号,pp.13–18

最初に「政府と専門家が結託してデータを捏造し、高校生が早く子供を産むように誘導するプロパガンダを展開しているのではないか」と問題意識が述べられ、最後に「専門家によるプロパガンダが顕わになってきた」とある。

*10田中重人氏は、吉村泰典氏が改ざんグラフを利用し、それが広まった蓋然性が高いことを指摘しているが、説明に曖昧さがあるのにしっかり原典を参照しないでコピペしていってしまうところなどは、その緩さが現れているかも知れない。似たような話で、日本呼吸器学会の見解で「非燃焼・加熱式タバコの主流煙中に燃焼式タバコとほぼ同レベルのニコチンや」で参照されている論文、サンプルサイズから統計的に有意とは言えないものであった(関連記事:ある医学雑誌で報告された加熱式たばこが排出するニコチンの量のイカサマ感)。

*11歴史的には研究成果がなかなか医療現場に反映されない時期もあり、根拠に基づく医療(EBM)が提案されるようになった:

Sur and Dahm (2010) "History of evidence-based medicine," journal of the Urological Society of India, 27(4), pp.487–489

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