2020年1月19日日曜日

歴史社会学者・田野大輔さんが暗に前提とする「本当の社会主義」が分からない

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ドイツ現代史を専門とする歴史社会学者の田野大輔氏が「ヒトラーを「左翼」「社会主義者」と見なしてはいけない理由」と言うエッセイを書いているのだが、国語と言うか論証の仕方が不適切なので指摘したい。つまり、右派ポピュリスト*1の「社会主義とは国家統制・計画経済であり、ナチスは国家統制・計画経済を実行したので、ナチスの政策は社会主義。」と言う三段論法*2を批判するのだから、大前提か小前提を否定しないといけないのだが、田野氏の議論ではそれが不明瞭だ。

ヒトラー率いるナチ党の究極の目標は社会主義の実現ではなく、社会主義者や共産主義者と対立していた事、ナチ党の国家統制・計画経済は労働者階級に大きな利益をもたらさなかったこと、民族・国家への献身と服従を強いるという権威主義であること、「テロルとプロパガンダを通じて国民全体を統制する体制という全体主義論のナチズム理解は多くの面から批判され」たことを説明するが、これらからは国家統制・計画経済を実行したと言う小前提は否定できない*3。そもそもSPD政権よりも国家統制が厳しい計画経済であったのは議論の余地が無さそうである。

田野大輔氏が社会主義をどう定義するのか、それが批判する右派ポピュリストの定義にどう優越するのか明確に書かれていないので、「社会主義とは国家統制・計画経済」という大前提の方も否定できていない。「ナチズムは…国家統制・計画経済を推進する全体主義」では無く、「資本主義体制の打倒・変革をめざす本来の意味での社会主義や共産主義と異なる」ので、「(ナチスの唱える「社会主義」が)ドイツを実際に社会主義化するほどの力をもたなかった」と言うところから、ナチ党は社会主義経済の構築と定着を目指さなかったから社会主義政党ではないと言いたい気がするが、実施政策で分類するよりも優れた定義である事を力説して欲しかった*4

ヒトラーとナチスの目標が社会主義経済の構築ではなく、ナチ党が単なる左派ポピュリズム政党ではない事に異論はないのだが、論証すべき点を見誤っている気が。ところで、田野氏が「左派が主張する社会主義的政策は、ナチスも実施していたダメな政策」と言うような右翼ポピュリズムの誤謬推理*5を否定したいのは分かるのだが、ナチ党の実施した社会主義的政策は本当の社会主義ではないと言うような反論は、別の種類の誤謬推理に陥っている気がしなくもなく*6、ナチスが行ったことはすべて悪とするような教条的な思想を否定すべきな気がする。ナチスの行為を何とか肯定的に捉えたい人々の術中にはまるからいけないのかも知れないが。

*1「一部の自由主義者・保守主義者」とあるのだが、5頁に「ナチズムの「左翼ポピュリズム」的性格を重視することは、意図的かどうかはともかくとして、ナチズムの本質を見誤らせると同時に、右翼ポピュリズムを免罪することにもつながる」とあるので、ここでは同義と見なす。

*2田野氏は「ナチズムはスターリニズムと同様、国家統制・計画経済を推進する全体主義であり、イデオロギー上は対立するが、本質的には同一」と説明している。なお、自由主義者・保守主義者は、国家統制・計画経済であれば直ちに全体主義と考えていると思われるので、三段論法化で全体主義は省いた。

*3国家目標がひとつとは限らないし、社会主義者や共産主義者を殺害や民族・国家への献身と服従で国家統制・計画経済の実施ができないわけではないし、本当の国家統制・計画経済が労働者の利益になるなんて話は無いはずだし、テロルとプロパガンダを通じた国家統制・計画経済でなければ社会主義ではないとは言えないはずだ。

*4トロッキー『国家社会主義とは何か』では、ナチスが労働者階級の利益の代弁者でないこと、マルクスの議論とその源流からはナチスの人種政策が出てこないことから、ナチスは社会主義政党ではないとしている。社会主義政党はただひたすら労働者階級の利益を追求し、他の目標は持つべからず。つまり、国家統制・計画経済と言うだけでは社会主義と言うには不十分で、右派ポピュリストの三段論法は大前提が間違っているということになる。

*5「悪人は呼吸するから、息をした貴様は悪人だ」と言われたら困る。

*6関連記事:本当の…は~論法はだいたい誤謬

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