2017年3月11日土曜日

貯蓄で国債はファイナンスされていないと言うMMT信者の議論の問題点

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非主流派経済学と言えばマルクス経済学を想像する人が多いと思うが、最近はMMT:Modern Monetary Theoryと言うものが出てきた。数理モデルや計量分析に頼らず、文化人類学の知見を断片的に取り入れて教条的な議論を展開しているようなのだが*1、その信奉者が民間貯蓄で国債はファイナンスされていないので、民間貯蓄が少なくなっても財政破綻しないと言い出している。高齢化で貯蓄が減少して国債消化が不可能になると言うマクロ経済学者の警鐘に納得がいかないらしい。名目上は破綻しないのはそうであろうが、高インフレを招く理屈はあるので、その論理を整理してみよう。

1. ストックの貯蓄がゼロでも国債は市中消化しうる

まず、MMT信者の発想を整理したい。x円の政府支出とx円の国債発行を行なったときのマネタリーベースの推移だけを見ると、国債発行が貯蓄を増やすように思えてくるので、民間貯蓄が少なくなっても財政破綻しないように思えてくる。政府がx円分だけ財・サービスを買うと、その対価として民間にx円分のマネタリーベースが流れる一方、同時にx円分の国債を発行すると民間(家計、企業もしくはその代理人の市中銀行)からx円分のマネタリーベースを吸い上げる事になるので、マネタリーベースが一定に保たれつつ、民間の国債と言う形態の貯蓄が増えるからだ。中央銀行が金融調節で資金過不足を均す必要はあるだろうが、事前の民間貯蓄ストックがゼロであっても、国債を発行することができる。

2. フローの貯蓄がゼロだと国債は市中消化できない

この議論の誤謬は何かと言うと、かなり特異な状況で無い限り、民間が財・サービスと国債を交換してくれないと国債は市中消化できない事を見落としている事だ。政府がx円の給付を家計に行い、家計がx円の国債を購入するような循環的な情況を考えれば、無限に国債を発行することができるが、政府消費にしろ社会保障給付にしろ、財・サービスが全く消費されない事はないから、まず当てはまらない。だから、フローで民間が貯蓄をしようと思わない限り、つまり(今日の消費を将来に回すために)財・サービスを国債に転換しようと思わない限りは、国債は市中消化できないことになる。国債が発行されたら、消費の抑制なしに政府が使える財・サービスが生じるわけではない。

もちろん、実際に生じる現象はもっと複雑になる。貯蓄手段は国債だけではなく、通貨や他の債券、株式など多様だ。国債の市中消化は、各種融資や他の債券購入などの金利を引き上げる事によって(今、消費するよりも、将来、消費できる財をより多くすることにより)、間接的に家計の財・サービス消費を抑制する事になる。失業者や遊休設備があれば、財・サービスの需要が増えたら、そのまま供給が増えるので、民間の消費や投資はそのままでも、国債が消化されることもありえる。しかし、この世は桃源郷ではないので、よほどの事が無い限り、生産には限度がある。一時的な現象になるであろう。最終的には家計の可処分所得で消費されなかった財・サービスがフローの実質貯蓄になり、それを限度にしか国債は発行できないと捉えてよいはずだ。

3. 少子高齢化で予想されるマクロの貯蓄意欲の低下

少子高齢化と人々は死ぬ前に資産を使い切ろうとするライフサイクル仮説を考えると、マクロの貯蓄意欲は低下していく事になる。ストックの貯蓄も減らそうとしていくわけで、マクロの貯蓄率はマイナスの領域に入っても不思議ではない。政府の累積債務によって民間の金融資産は膨らんでいるわけで、家計は死ぬまでに使ってよい預金として認識している。高いストックの貯蓄が、フローの貯蓄を押し下げうるわけだ。企業貯蓄は低下しないと言う主張もあるが、企業の最終的な所有者は結局は家計となる。死ぬ前になるべく消費を行なうために、株主が配当を要求し出したら企業貯蓄も低下していく事になる。生産年齢人口がどんどん低下していく状態で、マクロの生産量が劇的に増える事も無いであろう*2。つまり、増税や歳出削減なしでは今のペースの国債の市中消化が困難になる時点が来る事になる。

4. 高いインフレーションと言う財政破綻

リフレ派やMMT信者は財政破綻が何なのかを定義しろと言うので冗長だが説明しておくと、国債の市中消化が困難になったときに、増税や歳出削減ではなく、財政ファイナンスもしくはマネタイズと呼ばれる、中央銀行の永続的な国債買い入れが実施されると、その時は資本市場が逼迫しており流動性の罠には無いことから、数パーセントと言った程度では済まない高いインフレーションを招くと危惧されている。インフレ課税が生じる事になるので増税と同様に国民負担が生じるのは勿論、生じたインフレ率が高ければ、買いだめなどで消費に関して非効率性が増し、貨幣保有の機会費用が増加して投資が困難になり経済成長率が低下し、資産運用手段が限られる低所得者層の生活が悪化すると言われている。

増税忌避派が言うように、増税や歳出削減なしで今のペースの国債の市中消化が困難になるかは、予想の粋にあるのは確かだ。ライフサイクル仮説が正しくなければ上のシナリオは成立しない。仮説と異なり、日本人は死ぬまで貯蓄に励む国民性かも知れない。しかし、自分がそういう生き方をしたいかと言うとそうではない気もするので、学術的に可能性を探る議論ならばともかく、政策的にライフサイクル仮説を捨てるのは問題であろう。資本市場の状態を見ながら増税をしていくのが良いようにも思えるが、そう柔軟かつ迅速に税制を変えられるかと言うとそうでもなく、さらにライフサイクル仮説が正しかった場合は先に往生する高齢者が後の世代よりも得をしてしまう公平性の問題が生じることになる。

*1話を聞いていると、政府の予算制約式は税収と貨幣発行益によって定められるべきではないと言っているようなのだが、MMT信者は手短に主張を説明する気はないようだ。物々交換経済で分業を推し進めると取引コストがかさむので、貨幣が発明されたと言うアダム=スミスの説明が間違っている事を力説している。しかし、文化人類学者が貨幣経済の前は原始共産制だった言うツッコミを入れるのは当然だと思うが、歴史的な起源から通貨の機能を理解しようとするのは無理がある(関連記事:貨幣経済の前は、物々交換経済ではなく、統制経済か贈与経済だった)。MMT信者が批判する主流派経済モデルに貨幣の発生由来は影響しない。そもそも、鋳造貨幣の前の商品貨幣の存在を無視しているところが多々あるし、持ち出してくる話をよく調査・考察していないところもある(関連記事:『21世紀の貨幣論』のヤップ島の話の胡散臭さ)。

*2関連記事:今後10年の経済成長は単純予想で年率0.6%

4 コメント:

asd さんのコメント...

フローの貯蓄がゼロだと国債は市中消化できない→つまり言い換えると、総需要不足だから現状国債が無事に消化されているわけですよね。UNCORRELATEDさんは以前、現状総需要不足ではないという主張をされていたと思うのですが、転向されたのでしょうか?

少子高齢化→結婚や出産をしない大きな原因の1つが、お金がないから、というものですよね。少子高齢化が問題であるとするなら、総需要不足を助長するような増税などは止めた方が良いんじゃないでしょうか?

高いインフレーションと言う財政破綻→つまりインフレになるかどうかが問題…総需要不足なのかが問題の本質なのだということですよね。
しかし拝読していると、現状総需要不足であるようなことが書かれたかと思えば、総需要過多時の問題にばかり注力されている、といった印象でどうにもちぐはぐです。「嫌いなモノに片っ端から文句をつけると、整合性が取れなくなることはある」――勉強になります。

滝口友輝 さんのコメント...

記事参考にさせていただいております。
ご指摘の様に国債増発はインフレに向かいますが、現状の流動性の罠から抜けるにはむしろ必要な処置ではないでしょうか。

また、国債の引き受けは主に銀行であり、中央銀行による国債買い取りが有る限り、フロー貯蓄に関係無いと思われます。もちろんインフレによる制限はあります。

またインフレ時の説明については現実感がありません。日本の過去や海外事例でもインフレ時は投資は活発化していると思うのですが違和感があります。

どこかの時点で負債が精算出来なければいけないという大元の仮定が間違っているのでは無いでしょうか。もう20年も社会実験した結果がデフレ、貧困化、少子化と思います。
財、サービスの供給力に見合う負債を持つべきで、負債の拡大こそが財、サービスの拡大に必要と思います。

uncorrelated さんのコメント...

>> 滝口友輝さん
コメントありがとうございます。このエントリーでは現在増やすべきかと言う話はしていないのですが、(本文では「かなり特異な状況」と書きましたが)供給能力に余力があると言う前提があれば、そういう議論も可能でしょう。しかし、その場合も生産を貯蓄に回す余裕があると言うことになります。

uncorrelated さんのコメント...

>> asd さん
> UNCORRELATEDさんは以前、現状総需要不足ではないという主張をされていたと思うのですが、転向されたのでしょうか?

記憶にありませんが、どのエントリーを見ての話でしょうか?

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