2016年11月12日土曜日

『21世紀の貨幣論』のヤップ島の話の胡散臭さ

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21世紀の貨幣論』の第1章に、ヤップ島の石貨(フェイ;ヤップ語でライ)の話が出てくる。曰く、人間一人で動かすのは極めて困難な重たい石で出来ており、日常的な売買には使えない。ゆえに、債権と債務を帳簿に記録して信用取引が行なわれており、決済時に石貨の所有権を移転している。石貨は、貨幣ではなく与信残高を表す記録に過ぎない。ヤップ島の本当の貨幣は何かと言うと、債権と債務からなる信用取引である。この説明を素朴に信じている人が多いようなのだが、価値尺度と債権譲渡についての考察が全く無い上に、事実関係がとても胡散臭い議論になっている。

1. 決済には債権と債務の数量の他に交換レートが必要

価値尺度が無ければ、決済を行なう事は不可能になる。具体的な決済を考えてみよう。ある人が魚を7、ナマコを3貸していて、ヤシの実を10借りている。決済時に、石貨の所有権を渡すべきなのか、渡されるべきなのか。石貨は大きさや材質で価値が異なるものとされるが、どれの所有権を変更すべきか。すぐに気づくと思うが、債権と債務として数量を帳簿につけていても、価格と言う交換レートが無いと“差額”が計算ができない。貨幣の三機能には価値尺度が含まれるので、債権と債務だけでは貨幣たりえないことが分かる。

2. 決済するには債権が譲渡可能でなければいけない

同じ人物との間にだけ債権や債務が発生するのでなければ、信用取引だけでは債権が譲渡可能で無いと決済不能になる可能性がある。A氏がB氏にモノを売り、B氏がC氏にモノを売り、C氏がA氏にモノを売るような循環的な状況では、二者間だけでは債務を相殺できない。貨幣の三機能には交換(決済)が含まれるので、債権と債務だけでは貨幣たりえないことになる。しかし、本書では債権が譲渡されているかについて、何も言及していない。借用書がマネーになるには譲渡可能性が重要であると説明している(P.42--43)のにも関わらずだ。さらに、調べた限り、ヤップ島の伝統的な売買システムにおいて債権譲渡が行なわれていると言う記述は無かった*1

なお、債権譲渡が不可能でも、一定量の債権・債務が蓄積されたら石貨の所有権を移転すれば良いのだが、この場合は石貨は補助的なものでは無く、決済を可能にする決定的に重要なモノとなる。

3. ヤップ島の情報が著しく不正確かも知れない

ヤップ島でマチャーフと呼ばれる伝統的通貨には、ネックレス状のガウ貨*2や貝貨もある上に、石貨も直径5mから20cmまでサイズが色々とある*3。本書では日常的に石貨が使えない事を前提に話を勧めているのだが、少なくとも貝貨は容易にやり取りできそうである。単価が高いので釣銭が出せそうにないが。なお、石貨には盗難事例もあるようだ。

本書の主張によれば石貨は与信残高を表す記録なのであって、それ自体に価値があってはいけない。しかし、石貨を外部から持ち込んで、商品と交換してもらう事は出来たそうだ。与信残高を表す記録ではなく、財としての伝統的通貨に価値があることになっている。なお、楽に持って来たと思われると価値が低くなるようだが、履歴で価値が変わるのは不動産でも同じである。

そもそも島民間で商取引がそう行なわれていなかった可能性もある。昔は集落の中では生産物を分配して生活していたようだし*4、伝統的通貨の利用は婚姻の贈答や賠償など限られた状況でしか使われていない*5。小銭に相当する貨幣がないのは信用取引が高度に発達していたからではなく、単に商取引の機会が少なかったためな可能性がある。なお、ヤップ島の土着言語には文字がないし、現在の中学生相当の7年生にすら四則演算の浸透度がそう高くない*6ようなので、本書が主張するように、伝統社会に帳簿があったのかは疑わしい。

4. ヤップ島以外の話も胡散臭い

石貨の記述以外にもおかしい所がある。人類学者が物々交換の貨幣起源説を完全に否定しているように記述しているが、他部族との物々交換が貨幣の誕生に寄与した可能性は否定されていないようだ*7

また、以下のMITCHELL-INNES(1913)にある錯乱した主張を紹介している(P.20)。

少し考えると、日常必需品を貨幣として使うのは不可能であることがわかる。仮説から交換の手段は共同体のだれもが受け取れるものでなければならない。そのため、漁師が必需品を買うときにタラで支払いをするのであれば、商人がタラを買うときもタラで支払いをしなければならなくなる。これはどう見てもばかげでいる。

商品貨幣の不可能性を示そうとしているのだが、商品貨幣(ここではタラ)を入手するときは他の財を売ればよいので意味不明である。

なお、同書で引用しているグレーバー教授の著作には、紀元前36世紀のシュメール人も少なくとも価値尺度財として銀を使っていたことが言及されている*8

5. まとめ

ネット界隈で『21世紀の貨幣論』の第1章の内容を真に受けている人々がいるのだが、同書で批判しているアダム・スミスの商品貨幣の事例と同様の正確さしか持たない可能性が高い。どうもこの本、信用貨幣の重要性を強調するあまりに、歴史研究を捻じ曲げようとしている気がするのだが、二章以降を読む価値があるのだろうか。

*1牛島(1987)「ヤップ島の社会と交換」には、債権譲渡に該当するような記述は無かった。

*2ガウ - 国立民族博物館

*3Yap in the world -世界の中のヤップ-

*4タビナウと呼ばれる拡大家族が資産を所有する主体となる(牛島(1987) P.220)のだが、拡大家族間で農作物や水産物のやり取りは活発ではないようである。

*5ミクロネシア・ヤップ島の経済人類学」に簡単な説明がある。逆に「<調査ノート> ミクロネシア・ヤップ島における慣習違反と謝罪」によると、賠償などで伝統通貨以外を用いると、集落から出入り禁止にされたりするようだ。

*6玉井・渡辺・大塚・島田・渡邉(2016)「ミクロネシア地域と日本のつながり」大分県立芸術文化短期大学研究紀要,第53巻

*7"The Myth of the Barter Economy"に、"while barter may not have been widespread, it’s possible that it happened somewhere and led to money"とある。

*8"DEBT:THE FIRST 5000 YEARS"(P.39)にある。なお、銀は広くは流通しておらず、納税などは大麦で行なわれたようだ。

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