2016年11月9日水曜日

貨幣経済の前は、物々交換経済ではなく、統制経済か贈与経済だった

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貨幣の歴史は古い。現代の紙幣は、金や銀の預かり証である金匠手形が、17世紀にスウェーデンで国家承認されたのが始まりとされる。鋳造貨幣は、紀元前7世紀にリディア王国でエレクトロン貨が造られている。商品貨幣はさらに古く、紀元前18世紀頃に書かれたハンムラビ法典を見ると銀を商品貨幣として使っていたのが分かる*1。紀元前36世紀のシュメール人も少なくとも価値尺度財として銀を使っていたようだ*2

商品貨幣が現れる前はどうかと言うと、物々交換が行なわれていたと漠然と考えている人が多いかも知れない。経済学の祖とされるアダム・スミスは、物々交換経済で分業を推し進めると取引コストがかさむので、貨幣が発明されたと主張していた。しかし現代の人類学者はこれを間違いと考えていて、貨幣経済の前に物々交換を日常的に行なう経済が存在したとはしていない。

"The Myth of the Barter Economy"と言う記事によると、ケンブリッジ大学の人類学者であるCaroline Humphrey教授は1985年に論文で、民族学の研究からは、純粋で単純な交換経済が存在した証拠は無いと主張している。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのDavid Graeber教授によると、ローマ帝国が滅亡した後の欧州では物々交換が行なわれていたが、その多くは貨幣経済に慣れた同士で限定的に行なわれていた*3。また、ネイティブ・アメリカンを見ると、イロコイ族は財の貯蓄は部族全体で統一して行なって、女性会議で各自への割当を決めるようになっており*3、他の部族は村落の中では個人間で財を交換する事は無い贈与経済になっていた。もっとも物々交換をしないわけでは無く、シドニー大学の講師Michael Beggs氏によると、他部族との物々交換が貨幣の誕生に寄与した可能性はあるそうだ*4。なお、Beggs氏は、歴史的な起源から通貨の機能を理解しようとするのは間違っていると思うとのこと。しかし、発生史から現代経済を語ろうとする人々は、ネット界隈にそこそこいる。

最近、「大昔、物々交換などなかった」ような主張をする人をそこそこ見かけるのだが、物々交換の存在自体が否定されているわけではないので、これは誤りだ。なお、上述のGraeber教授ですら、物々交換から貨幣が生じた可能性は完全に否定していない。同様に良く見かける「貨幣は信用の記録媒体として成立した」ような言説も、商品貨幣に先行して債務契約の後に出現した証拠は無く、さらに古代に債権を証券化して取引した証拠も無いようなので、正しいとは言えない。そもそも債権は借り手の信用力の差があって価値が一定にならない上に、最終的に財を取り立てないといけなくなるため、古代オリエントよりも原始的な社会で流通させるのは困難であろう。中世に生じた貴金属の預託証券のようなモノは可能かも知れないが、メソポタミアに銀行があったとは聞かない。貨幣の起源から主流派マクロ経済モデルの信憑性について難癖をつけるのがこれらの主張の目的なのだと思うが、単なる勘違いにしかなっていない。大抵のモデルは兌換紙幣を前提としているわけでもなく、そもそも無意味な論証だったりもするのだが。

*1検索すると日本語訳が出てくるのだが、賠償や支払いを含む債権は穀物もしくは銀が前提とされている事が分かる。

*2"DEBT:THE FIRST 5000 YEARS"(P.39)にある。なお、銀は広くは流通しておらず、納税などは大麦で行なわれたようだ。

*3記事中では命名されていなかったが、統制経済もしくは原始共産制と言って良いであろう。

*4なお、『貨幣の「新」世界史』で紹介されるGraeber教授の主張では、物々交換の貨幣起源説は完全に否定していない事になっているのだが、『21世紀の貨幣論』(P.17)ではさも完全否定しているかのように書いてある。なお、参照されているGraeber教授の"DEBT:THE FIRST 5000 YEARS"(P.28)の前後を確認すると、物々交換経済で分業がはじまると取引コストが大きいので貨幣が発明されたと言う説が、それが生じた証拠はなく、そうではなかったこと示唆する膨大な証拠があると書かれていた。

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