2013年10月8日火曜日

改正労働契約法に関して、濱口氏が松井氏に言いたかったこと

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理論経済学者の松井彰彦氏の朝日新聞に掲載されたエッセイに関して、労働法学者*1の濱口桂一郎氏が「経済学者の意識せざるウソ」と事実認識に間違いがあると指摘している。松井氏は著名な経済学者なのだが、実務よりの濱口氏から見ると事実認識に不満があるらしい。しかし、問題の指摘方法が丁寧とは言えずちょっと分かりづらい主張なので、出来る範囲で解説してみたい。

1. 実定法には正規/非正規の区分けが無い

濱口氏曰く、松井氏の『日本は欧米諸国と比べても、正規労働者と非正規労働者を法律によって明確に区別し、前者を手厚く保護することで知られている』と言う主張は、実定法と慣習に基づく判例を区別しておらず誤りだそうだ。実は法的に「正規労働者」などと言うものはない。雇用契約で、常時雇用・無期限・職種限定無し・勤務地限定無しのメンバーシップ型を、慣習として「正規労働者」と呼んでいるだけだ。

2. 正規/非正規の区分け無く法的保護はある

実定法は、職種限定有りのジョブ型を想定しているものになっている。雇用契約は債務契約の亜種らしい。だから、むしろメンバーシップ型の正規労働者がジョブ型の非正規と同じように保護されているのであって、両者に法的の差は無いわけだ。むしろ契約社員の解雇は、法的には正社員よりも難しい*2。それなのに正社員は解雇しづらいように思えるのは、企業が労働者に提示した契約のせいになる。

3. 非正規が保護されていないのは「雇い止め」のせい

正規労働者が非正規よりも保護されているように思えるのは、解雇理由を付けやすいと言うのもある*3が、「雇い止め」が出来ないことに大きくよる。経営者や管理職の職権乱用(e.g. 解雇をちらつかせて肉体関係を迫る)は違法だ。しかし、解雇理由の必要ない「雇い止め」は容易に利用できるため、実質的な解雇権濫用を招きやすく、非正規にはリスクがある。裏を返すと正社員は、「雇い止め」ができない雇用契約によって保護されているわけだ。

4. 正規/非正規の身分差を埋めようとする実定法の試み

「雇い止め」が実質的に不当解雇の温床になりえる事を認識すれば、正規と非正規の差を埋める方法として、賃金や職種/勤務地限定を同じままにして、有期ジョブ型の非正規雇用を無期ジョブ型にしてしまう事が思いつく。話題の改正労働契約法は、これを狙ったものだ。濱口氏が言いたいのは、以上になると思う。

5. 改正労働契約法で問題は出ないのか?

ここから私見を述べてみたい。まず、雇用水準に悪影響が無いか心配になるが、特殊な職場で無い限りは影響は無いと思う。5年も雇われている労働者であれば当該業務で能力不足である事はまずないであろうし、職種限定はそのままなので必要時に整理解雇の条件は満たしやすいと思われる。なお、賃金や労働時間もそのままだ。「雇い止め」がなくなっても正規雇用になるわけでは無い事には注意が必要だ。

6. 改正労働契約法は大学と相性が悪い

どこの職場でも上手く機能するわけではない。特に大学教員の採用メカニズムであるテニュア・トラックとは相性がすこぶる悪いようだ。これは7~9年ないと採用者の能力が分からないと言う象牙の塔の特殊性に起因していると思われる。ゆえに大学関係者から文句が出るのは理解ができるのだが、松井氏のように「この問題は大学に限らない」と批判するよりは、アカデミアが他の業種と状況が異なる事を認識して、大学だけは特例を求める方が良いように思える。

*1実は濱口氏の専門分野の名称がよく分かりません。

*2パートや契約社員はいつでも簡単にクビにできるという勘違い

*3メンバーシップ型であれば、契約内容から整理解雇にしろ普通解雇にしろ、それを試みる前に配置転換を試みる義務が企業側に生じる。逆にジョブ型であれば、その職種の仕事が無くなればすぐ解雇できるし、能力的にその職務が遂行できなくてもやはりすぐ解雇できる。

6 コメント:

通行人 さんのコメント...

「4. 正規/非正規の身分差を埋めようとする実定法の試み」のなかで「正規と非正規の差を埋める方法として、賃金や職種/勤務地限定を同じままにして、有期ジョブ型の非正規雇用を無期ジョブ型にしてしまう事」というのが、濱口氏の意見のようにとれるのですが、しかし、同一労働同一賃金原則にもとる現状の賃金制度に関して、濱口氏は批判的な視点から考察されてきた方だと、私は理解していましたが、違いますか。

uncorrelated さんのコメント...

>>通行人さん
職能の違いは維持されるので、同一労働同一賃金原則も維持されますね。

通行人 さんのコメント...

お言葉ですが、現状の「職能」給制は、年功賃金制に近く、メンバーシップ型雇用契約と親和的な賃金制であり、いいかえれば、同一労働同一賃金原則とは、かけ離れたものとなっていること、これに対し、仕事内容の評価に基づく「職務」給制は同一労働同一賃金原則に基づく賃金制であり、ジョブ型雇用契約と整合的な賃金制であるというのが、濱口氏のとらえ方だと、私は理解しています。

uncorrelated さんのコメント...

>>通行人 さん
なるほど。しかしジョブ型雇用の人が、他の種類の仕事をしている人と賃金が異なっても構わない点は同じですよね?

通行人 さんのコメント...

はい。ジョブ型の非正規雇用が、メンバーシップ型の正規雇用と異なる職務についている場合、賃金がことなるのは、いずれにせよ構わない、というか、制度的に不整合ではないと思います。ただ、現実は、同じ仕事をしていて、正規か非正規かで、まったく賃金がことなっていて、そのような不平等な格差を問題とした場合、正規労働者のメンバーシップ雇用契約を要とした年功的な職能賃金制や長期雇用慣行が、問い直されるのではないか。なぜなら、正規労働者の雇用の安定と高給は、いまや非正規労働者の存在(犠牲)によって維持されていることは、明らかであるから。濱口氏の著作からは、そのようなメッセージが読み取れると思います。

通行人 さんのコメント...

「濱口氏の著作からは、そのようなメッセージが読み取れると思います。」は、主観的に過ぎ、誤解を招くので取り消します。現行の職能給制度を支えるメンバーシップ型雇用契約は、正規雇用労働者においても、長時間労働などの問題を生じており、そうした点からも、同一労働同一賃金のジョブ型雇用への移行が検討されるべきと思います。

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