2013年6月12日水曜日

インフレで政府債務は減らないと言う論文に関して

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松井・藤原(2000)を根拠に、インフレになったら債務が増えると経済評論家の池田信夫氏が主張している。論文と書いてある事が違うし、最近の欧米の実質金利の状況を無視している。「日銀のシミュレーション」*1として参照している図表は概念を示すもので、シミュレーション結果ではない。

同論文は、実質金利が正だと仮定を置いて、フィッシャー効果が働き、さらにインフレ・プレミアム*2が名目金利に加算されるときに、債務残高の実質的な減少効果がほぼ無くなると主張する*3ものだが、シミュレーション結果では実質政府債務は減っている。

色々とシミュレーションしているのだが、例えばクルッグマン・シナリオ*4で見ると、名目金利の上昇無しで27%、フィッシャー効果が働く場合は10%、さらにインフレ・プレミアムが加算されるときは6%の実質債務削減になるとしている。増えるなんて書いてない。

同論文は様々なケースからインフレの政府債務削減効果への過剰期待に警鐘を鳴らすものだが、実質債務が増えるとは断定していないし、むしろシミュレーション結果は減ると示している。インフレ・プレミアムが予想外につけば、増えるかも知れないと言う程度。

所得税の累進性などによる税収効果も計算されていない。

2000年の時点では疑われていたが、流動性の罠にあるとフィッシャー効果が正しく働くとは限らない。リーマン・ショック後の欧米の実質金利は、何年もマイナス状態が続いている*5

フリードマンの一般向けの著作の一文を、オウムのように繰り返しているのもどうかと思うし、そもそもフィッシャー効果はリフレーションと言う言葉も作ったアーヴィング・フィッシャーが発見した経験則だ。

経験則が絶対ならば、フィリップス曲線からインフレにしたら失業率が下がると言えるわけだが、池田信夫氏はこちらの経験則は否定しているはずだ。

*1さらに言うと、日本銀行金融市場局ワーキングペーパーシリーズは研究者の個人的なもので日銀の公式見解ではないから、日銀のシミュレーションと表現するのは適当ではない。

*2予想外のインフレに備えた名目金利プレミアム。フィッシャー効果は予想内のインフレによる名目金利の上昇をもたらすが、それとは別に加算される。

*3P.14に「プレミアムの上乗せを想定すると、評価基準値(G0)対比で負担軽減効果は6~20 兆円前後と、精々数%程度に止まってしまう結果」とある。

*4「(図表8)シミュレーション結果」の『2000年に4%のインフレを起こし、その後も4%で一定(10年間トータルのインフレ率は48%)』『それぞれの(償還期間の)銘柄でロール・オーバー』の欄を参照。

*5「平成24年度年次経済財政報告」の「第3-1-21図 主要国の実質金利の推移」を見ると、欧米で実質金利が負である事が分かる。

4 コメント:

k.o. さんのコメント...

期待だけ上がって実際には上がらない120点ケースでは減らないどころか悪化するようです。
http://d.hatena.ne.jp/abz2010/20130614/1371211573

uncorrelated さんのコメント...

>>k.o. さん
元本120・・・の話は、私が読む限り、シミュレーション結果では無いですよ。

k.o. さんのコメント...

期待インフレだけ上がって実際のインフレが上がらないと、期待インフレ率でみた実質金利は下がっても実インフレ率でみた実質金利は下がらないので政府債務は減らないどころか、分子は期待インフレを反映した高い名目金利で増えるのに分母は低い実インフレでしか増えないので対GDP比の政府債務は悪化するらしいです。

uncorrelated さんのコメント...

>>k.o. さん
池田信夫氏がそう主張しているわけではないので、本エントリーの内容とは外れますが、確かに期待インフレだけ上がって実際のインフレが上がらないことが続ければ、そういう事象も起きますね。

ただし、期待は適応的に修正されるので、長期では実インフレ率と一致するでしょうし、欧米での事象を見る限りは名目金利は先行指標とも限らないようです。

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