2013年2月17日日曜日

解雇規制緩和論で無視していい議論の特徴

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あらゆる評論家は労働者でもあるためか、労働問題における論客は多い。解雇規制緩和論で色々と議論されているのだが、基本的な前提がぶっ飛んでいるのでうんざりする。

まず、普通解雇と整理解雇の区切りが曖昧な人が多い。普通解雇は労働者に瑕疵があるケースで、整理解雇は経営に問題があるケースだ。次に、経営者と従業員の力関係について、ほとんど考察が及んでいないケースが多い。

1. 普通解雇にある規制

普通解雇を行う場合は、解雇事由が適切か否かが問題になる。その判断は法廷基準になるため、経営者としては都合が悪かったりする事も多い。例えばデキの悪い社員はすぐにクビに出来ず、研修や配置転換を試みる事が求められる。気に入らないからクビ!とは言えないわけだ。

追記(2018/10/26 10:13):中途入社で高度技能を前提に契約された場合は、昭和57年のフォード自動車事件が代表例として知られているが、研修や配置転換なしの解雇が認められる。

2. 整理解雇にある規制

整理解雇は「整理解雇の四要件」を満たす必要があり、特に解雇回避努力が必要になるので、本質的に経営にとって都合が悪い。実際は何年も赤字が続き、事業存続が不可能と見込まれるまでは実行できない。黒字の状態で、さらなる利潤拡大のために人員削減に踏み切ることはできないわけだ。

追記(2016/01/10 17:33):東京地裁平成14年12月17日判決(労働大学事件)では事業見通しが悪い段階での人員整理の正当性を認めているし、仙台地裁平成14年8月26日判決(鐘淵化学工業東北営業所事件)では会社全体が黒字でも事業部門が赤字であれば人員削減の必要性を認めているので、「実際は何年も赤字が続き、事業存続が不可能と見込まれるまでは実行できない」というのは近年の判例では緩和されているようだ。

3. 解雇規制にある弊害

普通解雇が厳しいと、従業員がモラルハザードを引き起こす可能性がある。つまり油断して働かなくなる。整理解雇が厳しいと企業は確実に利潤を上げられる所までしか生産拡大しなくなるので、単純なミクロ経済学のモデルでは雇用量を減らしてしまう*1

4. 解雇規制が防いでいる問題

大企業で特にそうであるが、従業員は会社組織に適応したスキルを身に付けがちだ。転職をすると育んだスキルを使えなくなるために、労働生産性が低下、つまり賃金が低下してしまう。逆に従業員は多数いるため、経営側は従業員に依存していない。ゆえに個別に賃金交渉などをすると、経営側が有利になる。

解雇規制を不用意に緩めると、いつでも従業員の待遇が悪くなる可能性が出てくる。労働組合を組織したとしても、組合員から狙い撃ちに解雇されかねない。すると労働者は、交渉能力を失わないために、会社組織に適応したスキルを持ちたがらなくなる。これは、企業が最適な生産技術を選択できない事を意味する*2

5. そもそも解雇規制は厳しいのか?

平成21年度年次経済財政報告の「第3-1-12図 雇用保護指標の国際比較」を見てみよう。解雇規制が緩いと言われるデンマークよりも雇用保護は緩い。解雇規制だけ取り出せば不当解雇の金銭解決が出来ない点で厳しいのかも知れないが、我が国の雇用保護は緩く解雇規制だけ取り上げるのはバランスを欠く議論だ。

追記(2013/02/18 06:00):コメントで、正規には手厚く非正規には厳しい雇用保護なのでは無いかと指摘があった。しかし、普通解雇(解雇の困難性)は困難であるものの、整理解雇(集団解雇)は規制が緩いとされており(藤井(2007))、国際比較した上では解雇規制が一方的に厳しいとは言えない状況だ。

6. 評論家の経験不足にある問題

評論家は、従業員のモラルハザードを強調する傾向が強い。しかし、クビにならないから仕事の手を抜くと言う議論は、賞与などのインセンティブを無視している。労働移動を促進すると主張する事も多いが、より待遇がいい所に労働者は勝手に移動するので、解雇規制の影響は良く分からない。そして経営者と従業員の力関係について、無視しがちだ。

評論家は本質的には個人営業なので会社組織に適応したスキルではなく、属人化したスキルを保持している。医者、会計士、弁護士、コンサルタント、ソフトウェア・エンジニアなども俗人化したスキルを使って、生産活動を行っている。こういう人々が解雇規制を考えると、経営者と従業員の力関係について考察が及ばないようだ。

労働法は社会全体に影響が及ぶのだから、個人的な体験だけでは語れない部分が多いはずなのだが。

*1柔軟な賃金水準の変化が可能であれば、整理解雇が難しくても、経営リスクは小さくなる。

*2解雇規制を緩和しても、雇用契約で厳しい条件を設定できるようにしておけば、この問題は生じない。

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