2012年9月16日日曜日

幸せのための経済学 — 効率と衡平の考え方

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幸せのための経済学』は題名はやさしい印象を醸し出しており、記述も平易だが、中身は手堅い経済学における規範的分析の入門書。

専門家が記述し、専門家が査読しており、品質は極めて高い。経済状態の良し悪しをどう評価すべきかを、専門用語や数式を極力使わないと言う意味で一般向けに、丁寧に説明している。中学生向けには難易度は高めと評されているが、特別な専門知識なしに読み進められる。

ある政策が正しいかどうかを考えてみよう。それは貧困対策かも知れ無いし、臓器移植の順番待ちのルールかも知れない。治水などの公共投資でも構わない。何かの基準を置いて是非の判断を行うわけだが、どのような基準を置くべきかが問題になる。これは一見、簡単に思えるが、例えば効率と衡平*1を同時に考え出すと、整合性のある基準を作るのが難しくなる。本書で議論するのは、この厚生基準だ。

第1章では経済を、用語定義を交えつつ説明している。第2章では福祉、もしくは個人の幸せをどう評価するかを説明している。後の章でも同様だが、ケイパビリティ・アプローチについても言及がある。

第3章と第4章で、経済学を学べば誰もが習う「効率」の概念を明確にしている。単にパレート最適を説明するだけではなく、競争均衡(ワルラス均衡)が効率的であること、コア配分でないと非効率なことなども、これら専門用語なしで概説している。最も基本的な厚生基準を、エッジワース・ボックスも書けないと言う制約の下で、極めて簡潔に説明できていると思う。

第5章から第8章は、恐らく応用経済学者があまり思慮しない『衡平』を議論する意欲的な内容になっている。応用経済学者は、社会現象を分析し説明する実証的分析(事実解明的分析)に注意関心が行きがちで、厚生基準はパレート効率に置くことがほとんどだと思う。私のような不勉強な輩を啓蒙しようと言う強い意志を感じる。

第9章では厚生基準が重要な理由をおさらいし、さらに厚生基準をいかに選択すべきかと言う社会的選択論の存在を紹介する。第10章では、経済学部生でも読むのが大変そうなモノばかりだが、理解をもっと形式的に進めるリーディング・リストが示されている。安易な内容ではないので読み応えがあると思うが、高校生でも理解できると著者が主張していたアローの不可能性定理のある証明よりは易しい。

「幸せのための経済学」とあるので、個人や家庭を取り扱った本だと誤解して読んだ人が出ていそうだし、帯の文言が「これからの社会経済システムのあるべき姿」なのに、あるべき姿では無く評価基準を概説しているなど、ところどころ出版社が売れ行きを気にしたのでは無いかと思う面があるが、中身は手堅い。タイトルや帯につられて経済評論家がコレを読み込んで、今までの安易な主張を贖罪することに期待したい。

*1こうへい。つりあいがとれていること。財やサービス等の配分における公平性。

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