2012年9月14日金曜日

功利主義入門 ─ はじめての倫理学

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倫理学、もしくは道徳哲学の紹介本として児玉聡氏の「功利主義入門 ─ はじめての倫理学」を拝読した。中高生でも読める平易な表記で、中二病の防止に良さそうな内容になっている。

本書は功利主義を中心に倫理学の構成を説明していくので、功利主義への安易な理解を防止する。功利主義は「最大多数の最大幸福」で短く説明される事が多く、多数決の暴力を肯定し、少数者は迫害されるべきだと誤解した中二病を誘発しがちだから、中二病の防止になる。

1. 規則功利主義までの展開

規則功利主義までの展開は理解しやすい。第1章で倫理が存在できること、かつ倫理の必要性を説いている。第2章で(直接)功利主義を説明し、第3章でその限界を議論した上で、第4章で(規則)功利主義への発展を説明している。「最大多数」が公平を意味して主流派を意味しない事や、個々の人間が常に功利主義的に振舞う必要性が無いことが説明される。ここまでの流れは理解しやすい。

2. パターナリズムvs 自由主義

第5章で功利主義の公共政策への応用において、パターナリズムなアプローチと、自由主義的なアプローチ、さらに折衷であるリバタリアン・パターナリズムを説明している。パターナリズムなアプローチの問題点は強制が苦痛を生み出すこと、自由主義的なアプローチの問題点は限定合理性により自由が幸福をもたらさない事だそうだ。例として、パターナリズムだと18世紀は英国のチャドウィックの公衆衛生行政が、権威主義的、つまり押し付けがましいので失敗*1した事例(第5章P.108--P.113)、自由主義だと喫煙習慣や麻薬などを禁止できない*2こと(P.120--P.121)が紹介されている。

3. 第5章と第6章を行ったり来たり

パタナーリズムと自由主義的のどちらが望ましいかは、幸福をどう捉えるかに依存する。このため第5章の議論の一部は第6章へ持ち越しになり、流れが把握しづらい。具体的にはパターナリズムの問題点は自由が無いことだが、自由の必要性は、第5章のP.114「個人の利益は当人自身が一番よく配慮することができる」、第6章のP.163「健康や自由や余暇というのは・・・利益となる」と拡散して説明されている。限定合理性の議論も、第5章のP.121と第6章のP.156--P.161と拡散している。第5章を読んでいる段階では、政策アプローチを議論するための幸福の尺度に関する情報が不足していて、混乱してくる。

4. 幸福論、もしくは幸福の尺度

第6章で幸福の尺度を議論する。ここの内容は幅広い。幸福とは何かと言う議論と、幸福の集計可能性や、後は限定合理性が議論されている。脳科学的な快楽と幸福は異なると言う議論もあった。選好強度*3の個人間比較を否定し、顕示選好の集計を否定し、限定合理性を導入し、パターナリスティックな押し付けがましい幸福の尺度しか残らないように思える。しかし、同時に自由の重要性を議論しているので、パターナリズムも否定される。幸福の尺度を定義することの不可能性を強く感じる章である。作者の狙い通りなのであろう。ところで瑣末的な所だが、利益が消費する財やサービスなど*4の意味で使われていて、利潤と言う意味ではなくなっているのだが、倫理学では一般的な表現なのかが気になった。

5. 不幸の定義はできるのか?

第6章の最期で、筆者は幸福の定義を諦めて、不幸を定義することを暫定的な結論として提案している。幸福が定義できないのに、不幸が定義できるのか。貧困の定義さえ難航するわけで、違和感を感じざるを得ない。飢え死には不幸だから食料配給をするとする。1500Kcal/日を配給すれば飢え死にはしないかも知れないが、不健康で病死しやすいかも知れない。2000Kcal/日なら不幸でないと言えるか。また現代社会で貧困者にヒエやアワを配ったら、主食から格差を感じて不幸かも知れない。2等米なら不幸ではないのか。

6. 心理学や脳科学との関係

第1章の続きな気がするが、補論的に第7章で心理学や脳科学との関係を論じていて、功利主義が示す規範的倫理に従うことの困難さ、それでも合理的に思考することの必要性、リバタリアン・パターナリズムへの取り込みなどが議論されている。冗長なのでは無いかと思ったが、最近の倫理学の展開から言うと言及しておくべき点なのかも知れない。

8. ネトウヨ必携の書

定式化は甘く色々な視点を読者に提供するための本に思えるから、大学生向きでは無く、中高生向きな気がする。もしくはSNSで政治談議が好きなネトウヨ*5向きだ。「政治は最大多数の最大幸福のためにある」と主張する人は見かけなくもないので、そういう人に色々とツッコムために読むのも良い。ただし、第2章に進むまでは眩暈がする何かがあったのは否定できない。説教臭いのですよ。

*1反対で挫折が規範的に問題なのかは議論の余地があるように思える。

*2健康保険を考えると喫煙習慣は社会的負担になっているので、パタナーリスティックでは無く自由主義の立場からも問題行為と言う事になる。

*3効用と書くと偉い人に怒られるケースがある。

*4やりがいのある仕事を財やサービスに入れて良いのかが分からなかった。

*5それは、おまえだ? (∩゚д゚)アー アー キコエナイ

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