2012年9月12日水曜日

大学教育と年収に関するある論文について

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UNICEFの畠山勝太氏がシノドスOno(2008)が日本の大学の入学難易度と人的資本形成の関係を分析していると紹介していたのだが(3.c節)、拝読した限りでは入学難易度と年収の関係を見ているだけに思えたので、幾つかコメントしたい。少なくともシグナリング仮説を否定するような分析は無かった。

Ono(2008)ではミンサー方程式*1で大卒男性のみのサンプル*2を用い、勤続年数、入試難易度、大学種類(国立/私立)、中学3年時の成績などで年収を説明している。入学難易度が高い方が年収が高く、私大卒は最初は年収が多く、国立大卒は勤続年数に応じて年収を高くし*3、中学3年時の成績は年収に関係が無い(Table 3参照)。ただし、入学難易度と大学種類(国立/私立)を除くと、中学3年時の成績は年収をよく説明する*4(A.2参照)。さらに入学難易度が高い大学と国立大学卒の人は、良い職業に就きやすい事も示している(Table 4参照)。

畠山氏は「2種類存在するスクリーニング仮説を立証する方法のうち1つを用いてスクリーニング仮説が成立していなさそうという結果を得ている」と紹介しているが、該当するような記述は無いように思える。Ono(2008)は、もし生産性の間接的な指標として大学のランクを用いているならば、職歴がつけばシグナル効果が薄れると主張しているが、そもそもの地頭/素質が違うと言う指摘であれば、大学ランクと職歴が相関してしまうので効果は後まで観察できてしまう。最初の就職に失敗すると、良い職歴もつかないし。中学3年時の成績が年収を良く説明してしまう事からも、地頭/素質の影響は大きそうだ。

論文にある推定結果から、論文と異なる結論を出してしまうのは申し訳ないのだが、畠山氏の高等教育が労働生産性を向上させると言う信念を正当化しているようは思えない。大学で覚えた事を仕事で使っている人も多いであろうし、特定の専攻で無いと就職できない業種もあるが、就職してからも人的資本が形成されていく事を考えると、そもそもの成長率が人的資本を決定するような気がする。中学3年時の成績が人生を説明してしまうなんて、つまらない世界だが。

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*1対数化した賃金を教育年数や経験年数などで説明する方程式で、経験年数の二乗項が含まれる(川口(2011))。

*2Ono(2000)を見ると、さらに四年生大学卒の会社員に限定されているが、Ono(2008)ではそのような記述がされていない。恐らく四年生なので、高収入になりやすい医学部は排除されている。

*3昔の方が国立大卒が高く評価されたと取る事も、国立大卒の方が年収上昇が望めるとも解釈する事もできる。

*4中学3年時の成績が良いほど、良い大学に入りやすいようだ(Table A.2参照)。

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