2011年8月1日月曜日

リフレ政策よりもDSGEの信頼性が問題

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日本経済がデフレーションにあると言われて久しいが、日本銀行が国債を引受けたり不動産証券などの危険資産を購入したりするリフレーション政策については賛否がある。

経済学の大御所では清滝信宏氏、若手研究者としては矢野浩一氏等がリフレ政策を推奨しているようだ。リフレ政策の根拠の一つになるのが、DSGEと言われる経済モデルとシミュレーションになる(DSGEを含む最近のマクロ経済学については「現代マクロ経済学講義―動学的一般均衡モデル入門 」を参照)。清滝氏はNegro, Eggertsson, Ferrero and Kiyotaki (2010) "The Great Escape? A Quantitative Evaluation of the Fed's Non-Standard Policies"というDPを出している。DSGEは主流派マクロ経済学者のツールで、理論的に整合的なシンプルな方程式体系から成っている。ところが、信頼性が高くない。

1. ノーベル賞経済学者のソローはDSGEを酷評

ノーベル賞経済学者のロバート・ソローは、DSGEを酷評している。現実の経済を良く反映したモデルになっておらず、統計学的にも現実経済との一致性が低いそうだ。特に『代表的個人』を仮定することで、ミクロ経済学で問題になる利害衝突、予想不一致、詐欺行為が無い事を省略していると批判している(ソロー「DSGEなんか嫌いだ」 ソロー「DSGEなんか嫌いだ」・続き)。財務長官やハーバード大学学長を勤めたローレンス・サマーズも「DSGEモデルはまるで経済政策の役に立たなかった」と言及したらしい。

2. 詐欺的要素の欠如と実態経済の説明力は深刻

ソロー批判については老害とは言い切れない部分は多い。詐欺行為だけピックアップしても、2007年のリーマンショックの原因になったサブプライムローンの債権化問題、2008年のマードック・メードフの巨額詐欺事件など枚挙にいとまがない。前者は欧米の金融システムを破壊しかけた大問題だ。ノーベル賞経済学者のクルッグマンも過去30年間の大半のマクロ経済学は、「良くてとても無用、悪くて実に有害」と評している(The Economist)。

統計学的にも、予測能力が高いのかは疑問はある。DSGEで所与で一定として使われるパラメーターの値の信頼性も高くは無いようだ。VAR/VECM等による実証研究との整合性に疑問を持たれるケースもあるようだし、欠けている要素も多い。近年で言えばエネルギー資源の価格高騰などは、一般的なDSGEモデルでは説明していないし、説明されていない要素の一つだ。

3. DSGEの研究は進んでいるが、日銀は採用していない

DSGEの研究をされている矢野氏は「有効性については、現実のマクロ経済データとベイズ統計学などを用いた実証分析が進んでおり」「欧米の中央銀行や政府機関では着々とNK-DSGEを用いた政策分析のフレームワークが普及」と説明している(政策分析に応用される新ケインズ派DSGEモデル)が、BISのWorking Paperを見る限りは各国とも適切なDSGEを模索中に過ぎないようだ。日銀は研究所での研究例はあるが、政策決定に採用していないとされる。

4. DSGEもリフレ政策も採用されない可能性が高い

リフレ政策の背景にはDSGEがあり、DSGEの信頼性には疑問符があり、日銀もそれを信用していない。日銀が不動産信託投資(REIT)を買うとしても、駄目REITを見抜く能力があるのかが疑問だ。日本のマクロ金融政策の裏側はこういう事のようだ。テクニカルな面が多く門外漢が理解するのは難しいため、実態経済の説明力が高いDSGEモデルを開発されるまで、そして危険資産を購入する能力が日銀が備えるまで、DSGEに基づいてリフレ政策が行われる可能性は低いように思われる。つまりDSGEの非専門家を説得できるだけの魅力が、今のDSGEには無い。

3 コメント:

yasudayasu さんのコメント...

いわゆるリフレ(ただの金融政策なので特別な名前がつくこと自体に疑問があるが)を説明できるモデル(群)のひとつとしてDSGEがあるのであって、別にDSGEがあってこそのリフレというわけではないので、DSGEの信憑性に疑義があるからリフレにも疑義がある、というのは論理的におかしいのでは?別にリフレはDSGEに限らないのでも、IS-LMにちょっとした拡張を加えたモデルとかでも(おそらく、その他にも多分いろいろなモデルでも)効果があることを示せます。DSGEあってのリフレというわけではない、というよりどのような経済政策であっても特定のモデル群にのみその妥当性が依存するということはありえないはずです。DSGEというモデル群に疑問を呈することで、DSGEによって正当性を示せるリフレを否定する、というのは斬新な手段なんでしょうが誤った方策だと思います。

DSGEを使って通常期におけるごくごく普通の金融政策の効果やら、技術革新が経済成長に与える影響やら、色々なものをモデル化することが出来ますが、それら全部を「DSGEが怪しいからその効果や影響の妥当性も怪しい」と言っているのと同じです。

yasudayasu さんのコメント...

あと、個人的に付き合いのある日銀の方からの話なので詳しくは言えませんが、「日銀は研究所での研究例はあるが、政策決定に採用していないとされる。」というのは誤りです。金融研究所ではなく、実務部隊の方にも、DSGE(だけではないですが)の構築を仕事としている部署があります。

uncorrelated さんのコメント...

>> yasudayasu さん

コメントありがとうございます。

> 別にDSGEがあってこそのリフレというわけではない

正確にはリフレ政策の一つの根拠に疑問を呈したと言うことになるでしょうね。
なお金融政策の裏側にDSGEを使ったモデル群があるが、それらの信頼性に疑問符があると言うのがこのエントリーの趣旨です。

> それら全部を「DSGEが怪しいからその効果や影響の妥当性も怪しい」と言っている

DSGE以外の根拠が無ければ、DSGEが怪しければそれらは怪しいと言う事になりますね。

> 金融研究所ではなく、実務部隊の方にも、DSGE(だけではないですが)の構築を仕事としている部署があります。

情報ありがとうございます。政策決定で利用していると言う文献が見つけられず、DSGEを採用しろと言う主張を見かけたので、「~とされる。」と書いておきました。
モデルが構築されていても不思議はないですが、他の中央銀行もそうですが、意思決定にどの程度反映されているのかは気になりますね。

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