GREEN APPLE『コロンブス』のミュージックビデオが炎上した理由

コカ・コーラの広告に採用されたMrs. GREEN APPLE『コロンブス』のミュージックビデオが炎上したのだが、何が悪いのかと疑念を呈している人々が、アンチリベラル、アンチフェミニストの中にいる。

このビデオで傷ついた人はいないと言っているのだが、非難している人々の主張を汲む努力ができていない。誰かの心が傷つくと言う話ではなく、歴史観、道徳観、尊厳が問題とされている。

1. 政治性を持つ素材

問題の動画は、コロンブスとベートーベンとナポレオンの三名が孤島のやたら現代的な類人猿の家を訪れてパーティーをする話で、ベートーベンが類人猿が引く人力車に乗る、類人猿にピアノを教えると言うようなシーンが挟まれている。正直、メッセージはさっぱり分からない。しかし、コロンブスと言うキャラクターを用いたこと、コロンブスが訪れた先にいたのが類人猿と言うのは、政治性を持つ。

2. 西洋中心主義

コロンブスは通説ではイタリアはジェノバ出身で、スペイン王室をスポンサーに大西洋を超えて、カリブ諸島やアメリカ大陸（は今のベネズエラ）に到達した人物だ。しかし、アメリカ大陸には2万年以上前に人類は到達しており、コロンブスがアメリカ大陸を発見したと言うのは西洋中心主義過ぎる。近年ではコロンブスよりも何百年も前にヴァイキングが到達していたと言われ、西洋人としても初到達では無い。

3. コンキスタドールの悪行

しかもコロンブスは悪人だ。アメリカ先住民から金銀財宝を奪い、さらに奴隷狩りを行って一儲けしようとたくらんでいて、実際に略奪や虐殺、腕の切断などの暴行などを行っている。コロンブスと彼に続くスペイン人らは彼らが持ち込んだ感染症の蔓延により原住民の社会が破壊されたこともあり、アメリカ大陸に広大な植民地化をつくることに成功し、コンキスタドールと呼ばれる英雄となったが、最近は銅像が引き倒されたり^*1、カナダのブリティッシュ・コロンビア州をソウル・トウモック州に改名しようとする議論が出ていたりする^*2。

当時の行為を現代の倫理で裁くのは云々と言う話もあるが^*3、コロンブスたちコンキスタドールを裁くと言うよりは、コンキスタドールを偉人として扱うことで、その蛮行を悪行として認識できない人が出るのではないかと心配されている。なお、モンテシーノスがコンキスタドールの先住民への横暴をスペイン王に訴えて規制を制定してもらったり、ラス・カサスらがカトリック上層部に訴えて奴隷化禁止の勅令を引き出した話があるので、当時から良識的な人々の目に余る行為であった。

4. コロンブスが出会ったのはカリブ諸島の先住民

歴史においてコロンブスが未知の孤島で発見したのは先住民であったので、ミュージックビデオでコロンブスが発見した類人猿は、先住民と紐付けて解釈されるのは不可避だ。そして、異人種や異民族を猿のように描くのは、典型的な人種や民族の蔑視表現となる。昔のドイツの日本人の絵では燕尾服を着た猿のように描かれていたりするが、日本人は蛮族だと言う主張だ。人間の集団を蔑視する行為は、ちょっとしたものでも炎上しがちである。

5. 扱うのに覚悟がいる素材

コロンブスと言うキャラクターを用いることが、コロンブスが行った悪行を美化するかと言うと、悪行は偉業に隠れているからそういう事は無いと思うし、コロンブスについて学べば人種差別のひどい悪人だと分からない人はいないだろうし、ベートーベンやナポレオンというキャラクターもいるから類人猿はカリブ諸島の先住民を意味しないと言う解釈もできると思うし^*4、そもそも人々から非難を受けるような主張を絶対に行ってはいけないというわけでもないが、クリエイターに非難を受けて立つ覚悟が必要であった。批判者に、オマエらの考え方がおかしいと言い放つ根性がいった。

6. 当事者が白旗あげているけど擁護する？

今回、ユニバーサル・ミュージック「歴史や文化的な背景への理解に欠ける表現が含まれていたため、公開を停止することといたしました。」とビデオを撤回し、タイアップしているコカ・コーラは「いかなる差別も容認しておりません。今回の事態を遺憾に受け止めております。これは、我々が大切にしている価値とは異なるものです。」と非難する側に周り、アーティストは「何を連想させるのか、あらゆる可能性を指摘して別軸の案まで至らなかった我々の配慮不足が何よりの原因」と釈明した。

関係者の皆さんは、西洋中心主義の是認、コンキスタドールの悪行の美化、カリブ諸島先住民への侮蔑と捉えられてでも、これでいこうとは考えていなかった。批判を受けたらとっとと撤回する表現物を擁護するのは難しい。表現の自由の観点から、刑罰を加えようとする動きや、アーティストの活動の場を奪う社会的制裁を加えようとするキャンセルカルチャーと言うわけでもない。

*1米ミネソタ州、抗議活動家らがコロンブス像引き倒す | ロイター

*2ブリティッシュ・コロンビアの州名改称? | 日加トゥデイ/JC Today

*3中世から近世は、奴隷貿易や奴隷狩りは一般的であった。ジェノバなどのイタリアの都市国家が黒海沿岸から正教系キリスト教徒のスラブ人奴隷を扱い、ポルトガルがアフリカから奴隷を仕入れる奴隷貿易をはじめていた。もちろん、現代の倫理からは全員悪人だ。なお、コロンブスは当時、逮捕され任を解かれているが、入植者の反乱の責任を問われたもので、先住民への行為が理由ではなかった。

*4ただしナポレオンは近年、フランス革命で廃止された奴隷制を復活させたと非難されている。