2024年2月22日木曜日

生物学的性はバイナリー? — 同型配偶子の生物も?

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従来、生物学では、有性生殖を行う生物において、大きい配偶子をつくる個体がメス、小さい配偶子をつくる個体がオスと定義されている。個体の染色体や生殖器の違いは、個体がつくりだす配偶子の種類を予測する情報に過ぎず、雌雄を決めるのは個体がつくりだす配偶子の種類。これを生物学的性の基礎的定義と看做している進化生物学者もいる*1

さて、ある種の政治的動機で、この生物学的性の定義は誤りで、多種多様な性別をもつ生物がいると主張する人々がいる。同型配偶子の生物で、多くの交配型(もしくは接合型)をもつ生物がいるからだ。同じ交配型の個体と個体は交配できない。交配型を性と看做せば、生物一般において性は雌雄2種類バイナリーとはいえなくなる。生物学者の文でも、交配型を「性」と表記していることはよくある*2

自然の多様性は認めざるを得ないが、生物学的性を交配型に再定義すべきかは自明ではない。同型配偶子で、3以上の交配型を持つ生物の具体例として、繊毛虫のテトラヒメナと、変形菌(真正粘菌)のモジホコリ(Physarum polycephalum)があげられる*3。しかし、テトラヒメナは細胞内の小核を配偶子と看做すわけだが、単細胞生物だけに細胞融合するので、細胞外に小核は放出されない。モジホコリは、倍数体で多細胞生物の個体が胞子を放出し、その胞子から半数体の個体が生まれ、その半数体の個体が他の半数体の個体と融合して、倍数体の個体になり多細胞生物として大きくなる生活環を持ち、半数体の個体を配偶子と看做すこともできるが、この半数体の個体は捕食もするし分裂で増殖もするので、独立した生物でもある。なによりも、同型交配型の生物は、交配型が異なっても生殖活動においての振る舞いは変わらない。

生物学的性の定義を拡張し、同型配偶子に雌雄を考えることもできる。受精など配偶子の融合時に、細胞内小器官オルガネラが残る配偶子と、残らない配偶子がある。これに着目すれば、雌雄の定義を変形菌にも拡張することはできる。しかし、現在の時点でこれを新たな一般的な定義として採用すべきかはよくわからない。ヒトなどの異型配偶子の生物の雌雄の定義が維持される自然な定義拡張であるのは利点だが、非直感的な面がある。モジホコリは融合する二つの配偶子の遺伝子のヒエラルキーによって、どちらの配偶子のオルガネラが残るか決まるので、配偶子をつくった段階で性別が定まらない。

こういうわけで、生物学的性は異型配偶子について定義されるもので、同型配偶子については定義されないと考えた方がよさそうだ。なお、交配型を性と看做す立場にたって、スエヒロタケ*4に何万という「性」があると主張したところで、ヒトの交配型はバイナリーである。ヒトの発達の多様性をあらわす性分化疾患と同様に、人間の性の多様性の傍証にはならないことには注意しよう。

*1Goymann et al. (2022) "Biological sex is binary, even though there is a rainbow of sex roles, " BioEssays, Vol.45(2)[邦訳]

*2交配型を「性」と呼ぶ派と、呼ばない派の生物学者がいる(Whitfield (2002))。

Some biologists call these mating types sexes; others think that, in the absence of traits other than sexual compatibility or the lack thereof, it makes more sense to view species with many mating types as having no sexes, rather than lots.(拙訳:一部の生物学者は交配型を性と呼ぶ一方,他は,交配型には交配の可否以外の特性が無い場合、多くの交配型を持つ生物は,多くの性があるというよりは、無性であると看做す方が理にかなっていると考えている.)

*3モジホコリに関しては、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 植物生存システム分野の研究紹介「2. 母性遺伝:性の起源とオルガネラの遺伝様式」を参照した。

*4なお、スエヒロタケはキノコだけに核交換で交配し、配偶子をつくらない。

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