社会学者の卵の古谷有希子氏が「日韓関係:互いを敵視してしまうのはなぜなのか」と言うエッセイを書いているのだが、現時点でそこにある事実誤認もしくは表現上の問題を誰も指摘していないようなので記しておきたい。他人を歴史修正主義と罵る前に、しっかりとした文献で事実関係を確認する癖をつけるべきではないであろうか。
民主化以前と以降の韓国社会が全くの別物であり、独裁政権下で国民に内容を秘匿した状態で結ばれた日韓基本条約をそのまま受け入れることは、現在の韓国の民衆にとって心情的に納得できない部分があること、さらに近年の経済発展が韓国に自信を与え、日本と対等な交渉をしようとしていること、などを論じた。
日韓請求権協定の内容に関しては、締結時点で韓国国民は(主に補償金額について)強い反発を示しており*1、「現在の」と言う限定条件は韓国の政治史から考えておかしい。
歴史を忘れていく日本人は、日本は国家としての対韓賠償は済ませたという事実だけを今のニュースで知り、「解決済みの問題で韓国に理不尽に責められている」自国に自分たちを重ねる。
日韓請求権協定の巧妙なところなのだが、補償であって賠償ではないから。合法で有効な日韓併合に対して、日本政府が賠償するわけが無く。
それが2018年の大法院判決では、日韓併合は「もはや無効である」というのではなく、「そもそも無効だった」という、韓国内では広く受け止められている主張を採用して、元徴用工への慰謝料請求を認めた。
これを読んでも、韓国司法の法理は理解できない。(1)韓国司法は日韓請求権協定自体は有効だと考えていること、(2)日韓併合は違法で無効であるから「強制動員慰謝料請求権」が生じ、(3)日韓請求権協定を締結するまでの協議で「強制動員慰謝料請求権」について議論されていないので、(未払賃金や補償金への請求権は消滅しているとする一方)「強制動員慰謝料請求権」は請求権協定の適用外であると、2018年10月に韓国大法院は判決した*2事をしっかり説明すべき。そうでないと韓国司法が感情に任せて理屈を考えていないことになってしまう。
世代を超えて歴史を記憶し続ける韓国人と、歴史を忘れていく日本人では理解しあえないのも当然だ。
従軍慰安婦問題が1970年代後半から、旭日旗の問題が2012年頃から問題になっている*3事から分かるように、韓国人が世代を超えて歴史を記憶し続けているわけではない。この二つ、1965年頃は韓国では誰も問題に思っていなかった。
そうした国民感情を受けて、韓国政府は地位協定改定のために尽力し続け、今では日米地位協定の日本よりも韓米地位協定の韓国の方が米国に対して優位にある。
2001年の米韓地位協定の二次改定の内容*4を確認していないのだと思うが、二次改正によってはじめて日米地位協定と同等の内容になっている。
一方、日本の場合、在日米軍が問題を起こしても対米感情は悪化しないし、日米地位協定は成立以来、一度も見直しが行われていない。
見直しというか、改正が行われていないのは事実であるが、日米合同委員会で運用の見直しは行われてきている。例えば1995年10月に、殺人・強姦の場合は、米軍が拘留している被疑者を起訴前に(米軍の判断が入るが)日本司法に引き渡せるようになった*5。
日本には民主化運動の成功経験が無いが、そもそも日本で重視されるのは、民衆の力で問題を解決することよりも、適正な法手続きによって改善を図ることである。
大正デモクラシー、学校で習ったよね? — 第二次護憲運動によって、普通選挙法が制定された。古谷有希子さんが日本人であれば、歴史を忘れていく日本人を体現しているとも言えるが、高度なオチである。
*1『韓国現代史 ― 大統領たちの栄光と蹉跌』にこの辺についての記述がある。
*2『外国の立法』No.278-1 【韓国】元徴用工への損害賠償を確定させる大法院判決
*3木村幹 (2019)「旭日旗問題に見る韓国ナショナリズムの新側面」によると、2012年頃まで韓国人は、旭日旗ではなく日章旗を植民地支配、日本軍の象徴としてみていたそうだ。
*4清水 (2004)「在韓米軍地位協定等について」外国の立法 : 立法情報・翻訳・解説,220号
0 コメント:
コメントを投稿