話題の非主流派経済学MMTの信者たちは、彼らの言う主流派マクロ経済学が権威を笠に着てモデルを振り回すだけで、現実経済を説明していないと主張しているのだが、藁人形論法が過ぎて呆れてくる。実証研究は山のようにあるからだ。
素朴なものから難解なものまで、誘導形でも構造形でも計量的な検証は山のように行われている。論文を読まずとも、教科書でモデルの説明の後には実例を紹介していることも多い。そもそも経験則を説明するためにモデルがあるわけで、既存の研究でも大雑把な経験則ぐらいは言える。もちろん上手く説明できない状況もあり、説明力がイマイチのモデルも多くある*1が、こういうのも実証研究をしているから分かってくることだ。
1. MMTが経験的に当てはまるか検証しないといけない
そもそも主流派マクロ経済学で説明できない現象があるからといって、非主流派が正しいということにはならない。MMTの教祖や信奉者は主流派マクロ経済学が間違っていると宣言することで、MMTが正しいと立証した気になっているようなのだが、誤った二分法と言う詭弁。MMTの前提と結論を整理して、計量分析が望ましいが記述的なものでも、それが経験的に従来見解よりも説明力を持つことを示していかないといけない。実際にやってみようと思ったことが無いのだと思うが、簡単に当てはまらない事例が出てくる。
2. 2012年から2018年のトルコ経済はMMTを棄却する
2012年から2018年のトルコ経済を見てみよう。新興工業国だが自国通貨を持つし、その期間では通貨危機は起こしていないので、MMTの議論に当てはまるはずだ。しかし、財政赤字とインフレ率と失業率が同時に悪化するスタグフレーションの典型例になっている。実質成長率は横ばいだ。
MMTはラーナーの機能的財政の考え方を踏襲しており、財政赤字がインフレをもたらすと言っているが、財政赤字が失業率を引き上げる理由は説明できない。教祖Wrayは、摩擦的失業が多ければ財政が緊縮的過ぎると言っている。完全雇用といえる水準に達していればMMTでもインフレ率だけが上がるが、トルコのこの期間の失業率は8%から13%と低くはなく、下がる余地はあったはずだ。また、雇用が改善して賃金率が上がれば物価が上がると議論しているわけで、失業率の上昇はインフレ抑制に働くと考えているはずだ。MMT教祖Mitchellは政府歳出の拡大は完全雇用に達する前にインフレを招くような説明もしているが、トルコは歳出のGDP比は横ばいで、歳入のGDP比の低下による財政赤字の悪化で当てはまらない。
3. MMT信奉者が嫌いな経済モデルの説明力は高い
主流派経済学の議論を借りてくれば、ややad-hocではあるが説明は容易だ。FTPLを使えば(AD-ASモデルとは異なり)財政赤字が生産や雇用とは独立してインフレをもたらす事が説明できるし、Lucas Islands Modelはインフレが常態化すると物価上昇が起きても景気が良くなったと思って生産拡大しなくなることを説明してくれるし、McKinnon=Shawの議論を借りれば資本蓄積が難しくなることからも投資が減って経済成長を阻害することも説明できる。インフレが雇用を悪化させることは十分ありえる。トルコにおいては、MMT信奉者が特に敵意を向ける研究群の説明力が高い。
4. MMTが説明力を持つ状況は整理されているのか?
MMTはすべての経済現象を説明するわけではない? — それはそれで構わない。しかし、MMTの信奉者は往々にしてインフレーションの発生メカニズムが、MMTで説明するものしか無いように吹聴している。累積債務は何の問題も生じさせないと断言しているわけで、累積債務が影響するFTPLなどが説明する現象は起きないと言っているのも同じだ。MMTがトルコ経済を説明しないとすると、これまでのMMT信奉者の言説は根拠を欠くことになる。状況によっては主流派よりも説明力が劣ることを認めるのであれば、主流派モデルの帰結を頭から否定はできなくなるからだ。まずはMMTを適用して分析している経済が、MMTの方が主流派よりもよく説明することを論証しないといけない。
日本ならば上手く説明できる? — 消費税率の引き上げによって財政赤字が大きく減ったのに雇用が大きく改善した日本経済を、MMTは上手く説明しているのであろうか。雇用対策で総需要管理政策はしない*2とは言っても、財政赤字が雇用と物価に影響をもたらす事は主張していたはずだ。
*1例えば選挙対策で景気循環が生じるというPolitical Business Cyclesは、米国や開発途上国では選挙前の景気改善が現職議員の再選に大きく影響する一方で、他の先進国ではそのような効果は確認できない(関連記事:ノーベル賞受賞経済学者曰く、政治は景気循環をもたらす)。
*2MMT支持者のケルトン氏はインフレを恐れず歳出を拡大しろと主張しているが、教祖のWrayとMitchellはインフレ率を見つつ財政赤字を調整すべきとする一方で、雇用対策はJGPによって行うことを主張している(関連記事:AD-ASモデルで見たMMTの不況対策)。
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