2019年2月22日金曜日

AD-ASモデルで見たMMTの不況対策

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にわかに非主流派経済学の中の地位を高めつつあるMMTだが、MMT信者がMMTの主張をよく理解していないのではないかと思うときがある。私がMMTを理解しているとは言い難いが、MMT教祖の政策的インプリケーションと思われる言葉を投げてみると、MMT信者が分かっていない、誤読していると言い出すからだ。

単なる信者の無理解と言うわけでもない。教祖の話も要領を得ない。ネットで公開されているMMT教祖の言説を見ると、資金循環統計のバランス制約、信用創造や貸付資金説の否定に力点が置かれているのだが、彼らの政策的インプリケーションにはほとんど関与しない。いわゆる主流派やケインジアンを批判することでMMTの正当性を訴えたいのかも知れないが、批判対象はこれらの仮定にほとんど依存していない*1し、主流派が間違っていても、論理的にMMTが正しくはならない。根拠と主張の乖離(Non sequitur)と言う誤謬推理になっている。

こういう詭弁を見ると最初から最後までデタラメな気がしてくるのだが、人気も出てきたし頭から否定するのも非建設的であろう。少なくともこちら側からあちら側がどのように見えるか、整理しておきたい。教祖たちの言うMMTの世界を、AD-ASモデルで描いてみた。

1. 教祖たちの言うMMTが描く世界

外国部門の無い自国通貨を持つ閉鎖経済を前提にした、MMT教祖のMitchell氏とWray氏が明言しているMMTが描く世界の特徴*2を拾い出してみよう。

  1. 政府と中央銀行は統合して、もしくは協調して動くと考える
  2. 財政赤字は(国債の特性、もしくは中央銀行が名目金利を定められるので)高金利をもたらさない
  3. 累積債務の長期収束は考えない(横断性条件の否定)
  4. フィリップス曲線(インフレと雇用のトレードオフ)を否定
  5. 完全雇用の達成のために総需要管理政策は行わない
  6. 失業対策として雇用保証プログラム(JGP)を実施する
  7. JGPはインフレ抑制になる
  8. 需要インフレのときは財政赤字が大きいと判断
  9. 非摩擦的失業があれば財政赤字が小さいと判断
  10. 純金融貯蓄のための貨幣需要がある*3
  11. 民間部門の純貯蓄が減って金融脆弱性が増しているときは財政赤字が小さいと判断*4

注意深い人は気付いたと思うが、ぱっと見、一貫性がない。完全雇用の達成のために総需要管理政策は行わないと言いつつ、非摩擦的失業があれば財政赤字を拡大するようだし、インフレーションと雇用のトレードオフは認めていない一方で、需要インフレのときは財政赤字が大きいと判断するわけだ。

一方で、話はすごくシンプルに思える。インフレーションの発生メカニズムは幾つもの議論があるが、MMT教祖は総需要と総供給でしか説明していない。AD-ASモデルに準じた何かでMMTの議論を整理してやることは可能であろう。

2. AD-ASモデルで見たMMTの不況対策

実際、不況で完全雇用が達成されていない場合は、以下のような世界を考えれば議論に整合性が出てくる。

教科書にあるAD-ASモデルと異なり、AS曲線は滑らかではなくL字型をしている*5。インフレと産出量(∝雇用)のトレードオフが無い一方で、過度の財政赤字がインフレをもたらすわけだ*6。また、完全雇用産出量(YF)とインフレ加速産出量(YA)は同じとは限らない*7。同じだとすると、財政赤字の水準を上下するだけで問題解決になるが、それは否定されている。

不況対策は、二つのことを同時に行う。

希望する失業者を最低賃金で雇いつつ(労働の限界生産物>最低賃金の)生産活動に従事させるJGPにより総供給を増加しつつ、財政赤字を拡大して総需要の拡大を行う。これにより、完全雇用産出量(YF)とインフレ加速産出量(YA)を一致させる事ができるので、スタグフレーションのようなことは起こらない。

L字型のAS曲線については実証的な議論が要るが、主流派もインフレ加速失業率を考えたりするわけで、そうトンデモと言うわけではないであろう。(明言されてはいない)YF>YAについては、主流派の言うインフレ非加速失業率は十分な雇用水準ではないと罵りつつ*8、スタグフレーションの説明もできる利点とも言えそうだ。

ただし、上手く行くかはさっぱりわからない。特にJGPが機能するのかは未知数だ。経済危機によって短期間で生じた大量の失業者に用意できる職はあるのか、それまでより遥かに悪い待遇で、それまでの就業経験を活かせない職場で働いてもらえるのか。生産した財に対して需要はあるのであろうか。

3. 大きな声では言わない暗黙の前提

JGPがAS曲線を右側に移動させることの他にも前提がある。AD-ASモデルでは目立たない話について、言及しておきたい。

まず、MMTの世界では人々に時間選好が無いことになっている*9。高らかに宣言されているわけでは無いのだが、こう考えないとおかしい部分が幾つかある。教祖たちは、利上げでインフレを抑制することや、累積債務の長期的収束を考えていないのだが、それを正当化するためには、この前提がいる。

閉鎖経済では財政黒字にしない方がよいそうなので、累積債務は増えていくことになる*10が、累積債務の蓄積が金利負担を増加させないか疑問が出てくる*11。インフレ抑制のために財政赤字を一定以下にするには*12、金利負担に応じて基礎的財政収支の赤字を小さくしていく必要があり、最終的には黒字をどんどん増やす必要がある。この可能性を打ち消すための方法は、国債の実質金利をゼロにすることだ*13。しかし、定常状態を考えて、時間選好率(主観的割引率)と実質金利が一致しないと動学的効率性は満たせない。

MMT信者が横断性条件を嫌うのも、時間選好が無いと考えれば正当化される。時間選好があり主観的割引率が1未満である(収穫逓減する生産関数の)経済であれば、インフレ率ゼロを目指して財政赤字を調整するMMTの政策は、結果的に横断性条件を満たすことになる。そうでないと物価水準が上昇し、高インフレになるからだ。正の金利で財政赤字を一定にし続けるとすると、横断性条件を満たす*14とも言いなおせる。

累積債務の債務負担が問題にならず、それがインフレをもたらさず、さらに動学的効率性を損なわないためには、人々に時間選好があってはならない。

次に、インフレになったら増税によって財政赤字を削減することが各所で言及されているのだが、増減税が自在にできる政治でなければならない。非裁量的に税収が増えたり減ったりするような仕組みにして政治的問題を回避したいようだが、適切な税制や税率は言及されていないし、実際問題、総需要曲線や総供給曲線は不明だし刻々と変化していくものであろうから、税制や税率も手探りになる。すると、政治的摩擦を無視しているのは、現実の経済政策としてはちょっと問題だ。税目も累進課税を考えているようだが、現役世代だけに負担を求めるような税制は公正性に劣るかも知れない。

4. まとめ

MMT信者はこの議論はおかしいと言うと思うが、外から見るとこういう風に見える。インフレではない間は財政赤字をなるべく拡大する、加えて摩擦的失業対策としてJGPを行うというのが具体的な方針になるはずだ。かなり強い実証的な裏づけの無い前提が入っているわけだが、インフレ率ゼロを目指して財政赤字の水準を決定することを前面に出していたら、大事にはならないであろう。JGPが機能するのかは未知数だが、機能しなくても財政規律は守られる。この世の真実がMMTではなくFTPLで、何かの拍子にリカード家計が非リカード家計的に振る舞いだすようなことがあっても、増税を繰り返し続けることがインフレ加速することは抑制できるであろう。

ところで、時間選好を考えてくれれば、効用関数に貨幣が入った動学的マクロ経済学と政策的に大きく食い違うことは無くなる。教科書的な動学マクロ経済学の財政問題の分析と、政策的インプリケーションが大きく衝突はしない。靴底コストを考えて、実質金利とデフレーションが等しくなるようなニューマネタリスト的な政策も肯定できるはずだ。逆に言うとMMTの政策の正当化に必要な議論は、資金循環統計のバランス制約、信用創造や貸付資金説の否定ではなくて、時間選好の否定である。MMT教祖やMMT信者が時間選好や主観的割引率を論じているのを見た記憶がないのだが、何か見落としているのであろうか?

*1例えば財政赤字に関わらず中央銀行が国債の金利を決定できることを強調するが、IS-LMモデルでは完全雇用まではポリシー・ミックスで低金利を維持できるし、彼らが批判するNK-DSGEモデルでも政策金利の決定ルールはインフレーションなどを気にしなければ任意である。

*2Modern Monetary Theory – what is new about it? | Bill Mitchell – Modern Monetary TheoryModern Money Theory 101: A Reply to Criticsを参照。

*3MIUだと思うが、所得一定で貨幣の限界効用が逓減していくかは定かではない。所得一定でも毎期、同額の貨幣保有量の増加を試みるような雰囲気がある。ただし、そう明言されているわけではない。

*4ミンスキーの議論に従って財政赤字不足がバブルを引き起こすような話(関連記事:MMT教祖はバブル回避のために財政赤字を出せと言っている)。

*5曲線じゃないじゃんと思うかも知れないが、scheduleの定訳が曲線なのだ。

*6YAより右側の領域は斜め線と考えている節もあるが、そうだとすると議論全体がやや複雑になる。

追記(2019/02/27 06:00):MMT信者からフィリップス曲線は否定していないが、JGPを使うとそのトレードオフを回避できると言う意味でフィリップス曲線を否定しているという指摘があったのだが、そのように読める文が幾つもある一方で、教祖Mitchellも教祖Wrayも古いケインジアンのフィリップス曲線は否定している。

Mitchell (1997) を参照すると、古いケインジアンのフィリップス曲線は否定しつつ、自然失業率はともかくNAIRUを否定する言及は無い。一定以下の失業率まではインフレ率の上昇はしないと考えていると思われる。念頭においているインフレ加速のモデルは、JGPが例外になるように理屈はつけているが、以下のようなものとなっている(Mitchell (1987), Unemployment and Inflation – Part 10 | Bill Mitchell – Modern Monetary Theory)。

wが名目賃金で、ドットがつくと上昇率.インフレ率と解釈される。uが失業率でu*が(MRU)と言う動的に失業率に接近してくる自然失業率.dotted peが期待インフレ率.aとλは正の係数.λが0であれば伝統的なNAIRUが成立するが、推定によると0<λ<1.添字tは期。

理論モデルではなく、推定モデルなのでどこまで厳密な話なのかは謎だが、0<λ<1, a3≠1であれば、いかなる失業率をとっても長期均衡状態()のインフレ率は一意にa4/(1-a3)になる。長期にはフィリップス曲線は成立しない。なお、0<λ<1, a3=1, a4>0だと、定常状態は存在せず、青天井で失業率が上昇していく。

水平のAS曲線に対応する議論になると思うが、財政支出の拡大は賃金の労働供給弾力性が高い労働市場の需要も増やしてしまうのでインフレ誘発する云々と言う議論もある。教祖に細かい議論をして欲しいのだが、不況が深刻であれば、労働市場あまねく失業者がいるであろうから水平のAS曲線が保持される一方、インフレ加速域に入れば財政赤字はインフレ誘発すると解釈しても問題ないであろう。

しかし、フィリップス曲線と言う一つの単語で、複数の議論を同時に参照するのを止めて欲しい。

*7「完全雇用はインフレを起こすという信念は、JGPにはあてはまらない」と言うような記述があるのだが、JGPなしでは非インフレ状態で完全雇用は常には達成できないことを含意していると思われる。

*8インフレが加速しないから社会的に望ましい雇用と言うのに、論理の飛躍が無いわけではない。インフレ加速していった後にロクな事がないのは確かなのだが。

*9読みようによっては、実質金利が投資に影響を及ぼさない、低金利だから住宅ローンを組もうと思ってはいけない経済である(新貨幣国定主義をISLMの枠組みで解釈してみると - himaginary’s diary)。

*10民間部門は純金融資産により蓄財を望んでおり、増えていかないとバブルが誘発されると言う議論が展開されている。

*11関連記事:MMTの財政赤字は金利上昇をもたらさない説の変なところ

*12MMTの議論では累積債務に関係なく財政赤字のみがインフレを引き起こすことに注意されたい。

*13追記(2019/03/08 21:27):後で知ったのだが、教祖Mitchellは"The natural rate of interest is zero!"と明言していた。

*14t期の累積債務(CDt)に関わらず財政赤字(D)が一定だとすると,CDt+1 = CDt + Dとなり,ΔCDt = Dとなる.CDt = CD0 + D*tとなり,割引率を1 + 金利rの逆数としてCDtのt→∞の割引現在価値を計算すると,limt→∞(CD0 + D*t)/(1 + r)^(t-1)=0 (r>0)となる。

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