何かが健康に良い悪いと言う研究は、日々、報告されている。統計的因果推論による疫学的知見のみならず、病理学的な作用機構も解明してこそ強いエヴィデンスと言えるのだが、そこまで到達するのは中々難しい。実際問題、様々な意味で不完全な計量分析によって弱い傾向が観察されるぐらいの事が多く、複数の研究をメタアナリシスでつないで有意性を叩き出しているだけ*1の事が多い。先日、話題になっていた白米を食べると糖尿病になりやすい*2もそういう類の研究で、エヴィデンスは薄弱だ。
Nanri et al. (2010)とHu et al. (2012)が根拠になっているが、後者はメタアナリシスで前者も含まれるので、前者、南里論文から言えることを考えてみたのだが、「白米を食べると糖尿病になりやすい」まで言うのは勇み足である。
論文の核になる推定結果はTable 2になり、米、パン、麺それぞれの摂取量の影響を見ている。その中でもMultivariate adjusted4が年齢、地域、運動量、BMIなどを含めた他の変数の影響を統制したもので、核となる分析結果になる。そこでは男性に関しては白米の摂取による有意な糖尿病罹患率の上昇は見られない一方で、女性の白米摂取は有意に罹患率を上昇させる。なお、420g/日ぐらい食べないと相対リスクは有意に1を超えない。
これだけ見ると「白米を食べると糖尿病になりやすい」と言いたくなるが、ランダム化比較実験(RCT)をしているわけではないので、内生性や潜在変数の影響については考えなければならない。
- 他の食物の摂取量は完全には制御されていないので、白米と一緒に食べるほかの食品の影響が潜在変数としてあり、それが有害な可能性は僅かでも排除できない。例えば、カロリーの割りには炭水化物が少なく繊維質が多い根菜類は白米とトレードオフになる。ただし、総エネルギー摂取量、カルシウム、マグネシウム、繊維、果物、野菜、魚、コーヒーはコントロールされており、白米、パン、麺類も相互調整されているとある。
- 女性だけに効果が観測されるので、内生性の問題がある可能性は高い。健康で外で働いていて外食が多い女性はパンや麺類を食べる傾向が高く、白米を食べないのかも知れない*3。就業率が女性よりもずっと高い男性は、実際、不健康だから専業主夫ともいかないので、この内生問題は出ずらい。Table 3の運動量が少ない女性や肥満気味の女性も、白米の摂取が糖尿病罹患率を有意に引き上げていない*4事も、内生性の傍証になる。
Nanri et al. (2010)が示唆しているのは結局、不健康な傾向があり白米を食べている女性が糖尿病になりやすいと言うことで、不健康なのが理由なのか、白米の摂取が理由なのかは判然としない。また、病理学的な作用機構が解明されているのであれば、その結果のサポートする相関関係とは言えるが、この調査からだけでは強いエヴィデンスにならない。
もちろん白米をガツガツ食べて肥満になれば糖尿病のリスクが高くなるし、おかずを食べずないでいればビタミン欠乏症で脚気になるのは分かっている。しかし、現段階で白米の代わりにパンや蕎麦や玄米を食べた方が糖尿病を予防できると言い切るには、ちょっと知見が不足しているのでは無いであろうか*5。白米は、脳卒中や心筋梗塞などの動脈硬化についても悪影響と言われているが、こちらもどれぐらいの知見があるか疑ってかかる方が良いかも知れない。
追記(2018/04/17 11:05):話題のエントリーを書いた津川友介氏にメタアナリシス論文Hu et al. (2012)はどうなのか検討してみるように言われたのだが、こちらはNanri et al. (2010)の他、Villegas, Liu and Gao et al. (2007)とSun, Spiegelman and Dam et al. (2010)とHodge, English, O'dea and Giles (2007)の結果をつないだもので、これら4本の論文の抱える問題はそのまま抱える事になる。
Nanri et al. (2010)は上で検討したので、省略する。
Villegas, Liu and Gao et al. (2007)は、中国人女性における白米と糖尿病罹患率の関係をみた分析であるが、白米の摂取量が糖尿病罹患率に有意に影響とある一方、白米と他の食品の影響の識別はできていない。これは、Hu et al. (2012)のResults in relation to other studiesにもちょっと触れられている。中国人女性のグリセミック負荷の73.9%は白米である(日本人女性は58.5%)一方、炭水化物摂取量、グリセミック指数、グリセミック負荷、白米の4指標が糖尿病罹患率に影響がある。白米を食べれば他の指標も上昇するので、識別できない。白米の効果量が一番大きく推定されている気もするのだが、比較検討されていないのが惜しい感じである。健康マニアは排除できないが、虚弱体質は制御できる所得や就業形態のコントロールもされているので、余計、惜しい。ともあれ、白米をやめてパンを食べろとは言えない。
この論文、変数調整がどうなっているのか、疑問に思うところがある。説明変数の炭水化物や白米摂取量などを、一日の消費カロリー量(kilocalories per day consumed)と摂取カロリー量(Energy adjusted)の両方で調整している。炭水化物摂取量/消費カロリー量/摂取カロリー量≒炭水化物摂取量になって、調整していないことにならないであろうか。なお、表にある注釈の位置がずれているのか何なのか、表によって炭水化物と白米の調整方法の説明が異なる。
Sun, Spiegelman and Dam et al. (2010)は、米国人(NHS IとNHS II)の白米と糖尿病罹患率の関係をみた分析であり、こちらは総カロリー、赤肉、フルーツの摂取量が制御されている。しかし炭水化物摂取量はコントロールされていないので、白米摂取量の増減が、鶏肉や魚やナッツなど炭水化物が少ない食品の摂取量とつながっている可能性を排除できない。白米ではなく、炭水化物摂取量が寄与している可能性がある。なお、この論文は玄米の有用性も示唆しているのだが、米国で玄米を食べる人はかなりの健康マニアだと思うのだが、健康志向度は制御されていない。2型糖尿病の場合、糖尿病予備群になる段階があり、健康志向が強い人はそこで生活習慣を修正して難を逃れるかも知れない。玄米食はそういう気質を拾っている可能性があるわけだ。白米摂取量は逆に、健康志向度の低さを示しているかも知れない。
Hodge, English, O'dea and Giles (2007)だが、白米が糖尿病罹患率を引き上げる効果を否定しているので、省略する。
メタアナリシスは観測数を増やして標準誤差を小さくする効果しかないので、その威力が発揮されるのはネズミを使ったランダム化比較実験のように同じような環境でデータが正しく取られている場合であってある。まちまちな環境で怪しく統計解析がされているときは、参照している論文のバイアスもそのまま取り込むことになる。
Hu et al. (2012)の結論も、参照している4本に依存することになるわけで、白米とパンや麺などの他の炭水化物の効果を識別できていない、社会的要因による影響を排除しきれていないことは批判として挙げられる。こういう分けでエヴィデンスに全くならないとは思わないが、そんなに強いエヴィデンスとは言えない。
*1複数の計量分析をつなぐメタアナリシスは標本サイズを大きくし、標準誤差を小さくする効果がある(メタ・アナリシスの入門)のだが、バイアスの入った研究を集めてきたらバイアスも強調される事になる。ある程度の基準に合致する研究を集めてはいるのだが、選別にかなったはずの研究でも内生性バイアスなどが残る。操作変数などを使った研究を選んできたら、操作変数も同じものを選択しないと合算できないであろうが。
*2最先端の医学では「白米は体に悪い」が常識だ | 健康 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
白米は健康に悪いって本当ですか? ? 医療政策学×医療経済学
*3就業状態はコントロールされている(occupation)が、これだけでは内生性の問題は解決できない。
*4"rice or a rice-based diet, probably because of its low fat content, may aid in obesity prevention better than a diet with low rice consumption"と白米に肥満防止効果があるためと説明があるのだが、白米による減量法など聞いた事が無い。いつの間にか常識?
*5南里論文ではパンや蕎麦の摂取量を増やしても、糖尿病のリスクは減らない。つまり、なぜかパンや蕎麦が白米の代替になっていない。
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