2019年4月6日土曜日

『社会にとって趣味とは何か』の北田暁大氏の計量分析の問題点(第8章)

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社会にとって趣味とは何か』の第8章「動物たちの楽園と妄想の共同体」を巡って、著者の北田暁大氏が社会心理学者の山岡重行氏の批判に反論すると宣言していた。前のエントリーの続きで第8章も眺めてみたのだが、うん、まぁ、他人のことは言えないのだが、粗はいろいろとある。古い議論だけではなく、新しい議論を実証的に検証しようと言うのは評価したいのだが、あら捜しがミッションなので気づいたところを指摘したい。改良の余地は色々とある。

1. 計量分析まわりの問題点

マンガやアニメなどオタク趣味においては、ブルデューのディスタンクシオン説の説明力が無いことを前提に、東浩紀氏のデータベース消費説による男性オタクの行動、東園子氏の相関図消費説による女性オタクの説明力が高く、また、男性オタクと女性オタクの社会性には…と言う特徴がある云々と言うのが、北田氏が展開したい議論だったと思うのだが見通しの悪い構成になっている上に、定義もしくは命名した重要な概念の説明が無いか説明が散乱しているので読むのがつらい。また、必要なはずだが行われていない分析がある。

2. 見通しの悪い構成

見通しの悪い構成と言うのは、中心になっている因子分析の結果を活かさずに、複数の説明変数がとれないカイ二乗検定やグラフによる議論に頼っているところだ。

第8章pp.270—271でデータベース消費と相関図消費が行われていることの識別に使われているマンガ受容形態の項目は、第2章pp.110—111で行われたマンガ受容形態に関する因子分析(表2-3;p.111)の因子1もしくは因子2の因子負荷量が大きい項目となっている。データベース消費と相関図消費の存在証明は北田論文の核で、因子1~3は論文全体の鍵となる概念と言える。しかし、他の分析とのつながりは、因子ではなく因子に大きく寄与する項目を通してと間接的である。

第8章は因子1~3の因子得点を使った分析を充実させるべきであった。因子分析では個体それぞれに因子得点を作成することができ、これを使うと因子それぞれと性別や社会性と表す変数の回帰分析などを直接行える。データベース消費と相関図消費が行われているかのχ二乗検定(表8-1; p.281)は、3種類の因子得点を従属変数とし、性別とその他*2を説明変数とした回帰分析をSURで行えばよい*3

βは推定する係数、iは因子をあらわす添字、εは誤差項である。

これで、従属変数とデータベース消費と相関図消費の関係が明確になり、山岡氏から批判を受けているオタク尺度と言う変数が不要になる。二次創作に興味関心があるディープなオタク*1と言う変数も不要になる。2つの変数間の関係しか見られないχ二乗検定を行うから、雑多な回答項目をひとつの尺度にまとめないといけないわけだが、重回帰分析をしてしまえば要らなくなる。

図8-1「マンガの登場人物に恋をしたような気持ちになったことがある」と図8-2「マンガみたいな恋をしたい」も、性別とその他を説明変数とするロジスティック回帰に変更することになるが、学歴と暮らし向きの他、雑多な回答項目それぞれの統計的有意性と限界効果を同時に確認できる。p.280表8-2・表8-3・表8-4の「同じ趣味の友人が大切」に対する推定も、「マンガの二次創作に興味がある」ではなく因子得点を入れるほうが、相関図消費の「女性どうしの解釈共同体、ホモソーシャルな女性の共同体(の構築)」(p.278)と言う効果をよく見られるはずだ。

3. 定義もしくは命名した重要な概念の説明が無い

定義もしくは命名した重要な概念の説明が無いと言うのも、主に因子分析に関することだ。因子1は感情移入因子、因子2は表層受容因子、因子3は自己陶冶因子とp.110で宣言されているのだが、その正当化の説明は行われていない。表2-3のマンガ受容形態の項目ごとの因子負荷量を参照すると因子1と因子2の命名に一定の妥当性は認められるが、なんら本文で説明が無いのはどういうことか。日本語でつらつらと説明して欲しい。また、表層受容因子の影響が大きいとデータベース消費、感情移入因子と自己陶冶因子の影響が大きいと相関図消費としているように思えるが、統計解析結果を参照する前にこれらの視座が明言されておらず、結果をどう見たらよいか戸惑う。

4. 必要なはずだが行われていない分析

必要なはずだが行われていない分析は、因子得点を使えば実行さ れる。本当にマンガと言う趣味内でディスタンクシオンが成立していないのか、趣味内卓越化(ディスタンクシオン)とデータベース消費や相関図消費と排他もしくは独立した関係なのか疑問がある。感情移入因子、表層受容因子、自己陶冶因子それぞれの因子得点が、性別と学歴と暮らし向きで回帰分析してあれば、因子それぞれが趣味(taste)の代理変数と見なせるので、雑でも議論ができる。学歴と暮らし向きが3つの因子に影響するのであれば、ディスタンクシオンとデータベース消費もしくは相関図消費は無関係ではない可能性が出てくる。

5. 目に付いた他の細かい粗

あとは細かい粗を6つ指摘したい。

  1. 山岡氏の批判なのだが、オタク尺度の要素に社会性が入っているので、社会的関係を従属変数とする回帰分析に説明変数として使うと、内生性の問題が生じる可能性がある。意図したか分からないが、表8-2にオタク尺度を追加した表8-3が頑強性テストになっていて、そこでは推定結果に差異はほとんどないので、手続き的な問題であって結果は左右しないと予想されるが、批判されても仕方が無い。
  2. 同じ事を異なる表現で説明し過ぎる。理由を「理由空間」と書く必要性はあるのであろうか。おそらくTYPOの「マンガ受容形態」と「マンガ受容様式」は同じものに思えるし、「趣味としての自律性」「界としての自律性」「趣味選択の自律性」も同じものであろう。違うものであったら説明して欲しい。
  3. 図8-1と図8-2にエラーバーが無いので、有意な差があるのか判断しづらい。非オタク・中間・オタクは回答者を三等分しているのは分かるが、これと二次創作好きダミーとのクロス項をとったものの数が分からないので、サブサンプルの大きさによって分散が大きい可能性が気になる。おっとエラーバーはガブリエル比較区間でつけてください。
  4. 表題からは、表8-1の備考に分析していないはずの非二次オタクの説明がある。p.270の説明に沿っているとすると、非オタク∨中間∨非二次創作が割愛されているので追いかけづらい。アスタリスクが示す有意水準の説明が無い。
  5. 表8-1で二次創作に興味がある×男性×オタクは、p.283の(A)の腐女子説明では「「古典的」ともいえる物語受容の様式」の一つとされる、p.111の表2-3で非データベース消費的な受容態度である感情移入因子で大きい因子負荷量「マンガの登場人物に恋をしたような気持ちになったことがある」「マンガみたいな恋をしたいと思うことがある」が有意になっているが、解釈が行われていない。
  6. 前エントリーでも指摘しているが、アニメが「趣味選択の自律性が高い」(p.264)と言う議論が煩雑なので、趣味ダミー間の相関係数の行列を使ってクラスター分析をかけた方が、マンガとアニメの特異性が分かりやすいかも知れない。

他にもアニメやマンガに費やしている時間や金額、コミケに参加したことがある、同人本を持っていると言うような具体的な指標が無いと、ディープなオタクか否かは判別できな…無いものねだりは良くないですね。

6. まとめ

以上がだいたいの印象だ。まとめると、全体を因子分析を中心にした構成にすれば見通しがよくなるし、統計的有意性が出るとして、論を補強する追加の計量分析もかけやすくなる。なお、色々と批判はしているものの、ブルデューのディスタンクシオン説の限界を主張し、新たな説明を採用できるか模索しようとする研究の方向は(分野外で頓珍漢かも知れないが)面白い気はする。

*1社会学的にオタクというグループが見逃せないという話であれば別だが、北田氏らの調査でもマンガやアニメは広く享受されており、趣味(hobby)という文脈から言えば熱心なファンだけ分析するのはミスリーディングであろう。アンケートの調査報告書には、「趣味の選択者率」は、マンガが53.6%、アニメが34.0%とあった。

*2説明変数に「マンガの二次創作に興味がある」を加える場合は、因子分析からそれを排除しておく必要がある。

*3それぞれの式にOLSをかけても分析結果は出るのだが、説明変数が多くは無く潜在変数の影響が大きいかも知れないので、念のためにそれぞれの式の誤差項間の相関を仮定したい(行列を使った計算で、SURの感じを掴んでみよう - 餡子付゛録゛)。

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