2019年4月4日木曜日

『社会にとって趣味とは何か』の北田暁大氏の計量分析の問題点(第2章)

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社会心理学者の山岡重行氏が既に批判していて*1付け加えることはないかなとスルーしていたのだが、社会学者・北田暁大氏らの『社会にとって趣味とは何か — 文化社会学の方法規準』の計量分析についてコメントしろと京都女子大学の江口某氏に振られたで、ちょっと眺めてみた。第2章「社会にとって「テイスト」とは何か」しかチェックできていないが、どうも北田氏が検証したい仮説をサポートする計量分析ができていない。内生性や不均一性など重箱の隅的な部分をつつけと言う御題だったと思うが、それをする段階に至っていない。

1. 分析を行う目的だったはずのもの

フランスの社会学者/哲学者のブルデューは、趣味(taste)はディスタンクシオン(卓越化,象徴闘争)の対象であり、階級などの集団が自分たちと他者を区別するのに使う道具にされ、さらに階級固定化の役割があると主張した*2。しかしながら、ブルデューの主張は実証的に裏付けられたものではなく、階層間の文化的差異が無くなる文化的オムニボア化から考えれば、疑わしく再検証する必要がある。再検証の方法として、趣味(hobby)の社会性を分析する。趣味と言う単語は多義的で、釣りやビデオゲームと言った趣味(hobby)と、モード系や成金趣味と言った趣味(taste)の二つの意味があり、ブルデューの議論は趣味(taste)に関するものだが、趣味(hobby)は趣味(taste)を反映しているものと見なすことができるからだ。さて、実際に計量分析をかけえみると…と言うのが、本書で北田氏が展開したい議論だ。社会階層と趣味(hobby)の相互の因果関係を分析できているかがポイントになる。しかし、本書の北田暁大氏の分析は、この北田暁大氏の問題意識をしっかり踏まえた分析と議論になっていない。

2. 目的を踏まえていない分析

まず、社会階層が趣味(hobby)に与える影響の分析が、ほぼ行われていない。アニメが趣味か否かを従属変数とするロジスティック回帰分析(表2-4; p.112)では、説明変数に性別・学歴・暮らし向きを示す変数が入っていることは入っているのだが、アニメ以外の趣味には同様の分析は加えられていない。なお、この表2-4の議論自体も混乱しており、「暮らし向き」は5%有意で負の効果を持っているのだが、「とくに暮らし向きが悪いとか、学歴が低いということはない」(p.114)と空目をしている上に、「社会的属性については十分な検討を行えない」(p.114)と長々と議論した問題意識に適った分析になっていないと自分で駄目を宣言してしまっている。

次に、趣味(hobby)が社会階層に与える影響なのだが、趣味が友人関係の維持形成に役立つかを検証している(表2-1; p.99)のはよいとして、ブルデューのディスタンクシオン仮説では、その友人が自分と同じような階層であるか否かが重要になり、それの検証が必要になるが、北田氏はその作業を行っていない。実際にアンケートで取れるデータは限られているので、往々にして検証したいモノと検証できるモノに乖離があるのが研究だが、突然、ブルデューの議論を離れて、新たな概念を持ち出して議論しはじめるのは錯乱しているとしか言えない。唐突に東浩紀氏のデータベース消費について言及されるのだが、アニメやゲームの愛好者がストーリーではなくてキャラクターに着目するようになったと言うような議論であって*3、ブルデューのディスタンクシオン仮説との関連がよくわからないので困惑した。

「趣味内卓越化…に焦点を当て」(pp.90—91)る理由がよくわからない。趣味間卓越化の方が、ブルデューのディスタンクシオン仮説の影響を受けやすいように思える。趣味(hobby)が少ない人が嗜む音楽鑑賞、マンガ、アニメだけに分析を加える理由が十分に示されていない。音楽鑑賞の参入障壁が低く、マンガ、アニメの参入障壁が高い(p.91)とあるのだが、広く嗜められている行為でないと「趣味内卓越化…に焦点を当てる」(pp.90—91)ために「参入障壁が低いために参加者が広がりを持」(p.91)つことが条件であれば、マンガとアニメの参入障壁が高いとする限りにおいて、マンガとアニメに焦点をあててはいけない*4。また、どのように参入障壁の高低を判断したのかが明示されていない…と思ったのだが、第8章pp.264—265の議論から、その趣味を持つ人が、他の趣味も幅広く嗜めば参入障壁が高い、他の趣味が限定される場合は参入障壁が高いとしているようだ。参入障壁と言う表現、誤りではないであろうか。趣味(hobby)にかける必要のある時間や金銭、そして趣味(hobby)を覚えるきっかけなどの情報でないと、参入障壁の代理変数とはならない。時間や金銭、きっかけを考えるとマンガやアニメの参入障壁が高いと言うのは無理があるように思える。フットサルをはじめるのと、テレビでアニメを観るののどちらがはじめやすい行為か、考えてみて欲しい。

必要な分析が行われていないだけではなく、不要もしくは必要性が示されない分析も行われている。それなりのページ数を使って、趣味(hobby)が多い人が持つ趣味(hobby)と、趣味(hobby)が少ない人が持つ趣味(hobby)に、趣味(hobby)を分類して説明しているのだが、ブルデューのディスタンクシオン仮説に関連して、どのような意味があるのであろうか。実施したアンケートでブルデューのディスタンクシオン仮説を検証するための情報をとることができず、とにかく手持ちのデータを何か分析を行おうとしただけに思える。調査報告書*5をざっと見た限り、趣味(hobby)を覚えた経緯や、友人の暮らし向きなど社会階層に関する情報、健康状態などコントロールに使える変数など、ブルデューのディスタンクシオン仮説を検証するための情報が見当たらなかった。

3. 細かい計量分析の問題

ざっと見て目に付いた範囲だが、もともとの御題はこっちのはずなので、一応、指摘しておきたい。

  1. よくある謎グラフだが、棒グラフにすべきところが、なぜか折れ線グラフになっている(図2-2; p.94)。
  2. これも学術論文ですらよくある不適切な分析だが、行の比較に信頼区間を使っている(図2-4; p.96)。信頼区間のエラーバーが重なっていても有意な差があったり、幾つもの比較を繰り返すと偶発的に有意に見える差ができるので、ガブリエル比較区間を使おう。
  3. 図2-3と図2-4を使って、ある趣味を持つ人が、他の趣味をどれぐらい持つかを分析しているわけだが、議論がやや煩雑に感じる。趣味ダミー間の相関係数の行列を使ってクラスター分析をかけた方が、マンガとアニメの特異性が分かりやすいかも知れない*6
  4. 表2-3に、各項目の因子で説明できる大きさを表す共通性が無い*7。また得られた因子に、感情移入因子、表層受容因子、自己陶冶因子とそれらしく命名されているが、その命名理由が説明されていない。
  5. マンガが趣味であることを表す説明変数で、アニメが趣味か否かの従属変数を回帰する(表2-4)と、強い内生性が出ると予想される(e.g. アニメの視聴にキャラグッズの販促効果がある)。因子得点を計算して、性別、学歴、暮らし向き以外の説明変数の代わりに加えるなどした方が安全であるし、その後の本文での議論により整合的な結果になる。
  6. 音楽性スコアと言う、音楽性と言うかマニアック度を測る尺度をつくり、音楽性の高さと言う趣味(taste)の代理変数にしている。この音楽性スコアの作り方が妥当に思えない。因子分析で第一因子の因子負荷量が大きかった項目の反転得点を単純加算しているのだが、第一因子が何か解釈されていないので変数選択の妥当性が分からないし、取り出した潜在変数の方がブルデューのディスタンクシオン仮説に沿った解釈ができるものであったりしないであろうか。

4. まとめと改良のための一案

話が長い上にそちら方面の知識が無いのでスルー気味に見ていたが、議論はブルデューのディスタンクシオン仮説を中心においているのは間違い無い。計量分析もそれに沿ったものにするか、それに関連している事を示す議論を付け加えるかしないといけない。北田暁大氏の分析はそれが出来ていない。ブルデューのディスタンクシオン仮説を棄却して、新たな趣味(hobby)の社会性の関係を示すと言う野心は分かるのだが、上手く出来ていない。

分析としては、まだまだいろいろできると思う。アンケートの趣味(hobby)ダミーに対して主成分分析をかければ、学歴ダミーと暮らし向きに相関を持つ、社会階層を示すような主成分が取れるかも知れない。因子分析をかけて、社会階層を示すような潜在変数が無いか探してもよいであろう。その主成分/潜在変数があるか無いか、他の主成分/潜在変数よりも分散を説明する程度が大きいか小さいかで、ブルデューのディスタンクシオン仮説の妥当性を議論することができる。これで、社会階層と趣味(hobby)の相関は(無いと言うパターンも含めて)説明はできるので、趣味が友人関係の維持形成に役立つことを加味すれば、ブルデューのディスタンクシオン仮説の傍証になるはずだ。なお、何かの統計を参照するなどして、趣味(hobby)ごとの特性を示すデータセット(e.g. 所要時間,必要費用,平均開始年齢)を整備し、趣味(hobby)をもう少しきちっと分類して置くほうがよいと思う。何が参入障壁が高い趣味(hobby)か分かるし、ブルデューのディスタンクシオン仮説に整合的な趣味(hobby)を特定できるかも知れない。

学内や学会で報告して、討論者やフロアにコメントをもらうなりしたら、もう少し整理された分析が可能だったと思う。ネット界隈の社会学者の皆さん、見ず知らずの人に論を悪く言われると気分が悪いようなので、自説を世間に問う前にもっと自説を磨き上げるべく努力すべきだ。

*1山岡重行先生の北田暁大(2017)「動物たちの楽園と妄想の共同体」批判 - Togetter

*2実際にこんなことがあるのかは知らないが、上流階級の親にゴルフをさせられていた子供は、権力者のゴルフ仲間としての地位を得ることで優遇してもらえる一方、ゴルフを嗜まない実力者は権力から冷遇されるような話だと思われる。

*3東浩紀『動物化するポストモダン』はどこがまちがっているか――データベース消費編|しんかい37(山川賢一)|note

*4追記(2019/04/05 06:00):p.91の最後の記述を見落としていて逆のことを書いていたのだが、訂正した。

*5結果報告 - 「若者文化とコミュニケーションについてのアンケート」調査報告ページ」で確認できた。なお、最初はdead linkと書いたのだが、URLの一部を間違えていただけであった。

*6以下のような図を出して「マンガとアニメはひとつのグループで、他と距離があります」と言える。

*7統計メモ:因子分析で斜交回転を行っても、共通性の値は変わらない - StatsBeginner: 初学者の統計学習ノート

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