2019年3月9日土曜日

円キャリー取引もしくは強制ロスカットによる為替レート決定理論

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
Pocket

日本には外国為替証拠金取引を嗜む人々が多いせいか、為替レートが大きく円高に動くと翌朝の通勤列車の運行状況が心配されたりする。一方、円安に動いたときは、そうでもない。このネットに響き渡る現代のマンドレイク、相場の養分の悲鳴なのだが、相場自体にも大きな影響を与えているかも知れない。

経験的に、ドル円相場は階段を登るように円安になり、エレベーターで降りるように円高になると言われているそうだ。先日、日米金利差と購買力平価指数をつかった推定の予測値と為替レートの乖離をみたときも、予測値を大きくオーバーシュートするように為替レートは推移していた。教科書的には謎な挙動なのだが、Plantin and Shin (2008)*1で上手く説明できるのではないかと言うアドバイスがあった。

Plantin and Shin (2008)は、円キャリー取引と言う日米金利差に反応する信用取引が、為替レートのファンダメンタルからの乖離と、急激な円高を引き起こすことを理論的に示す論文だ。円キャリー取引によってドルのバブルが形成されていき、日米金利差の変化によってバブルが崩壊する事を—論文のトリックの大半はBurdzy, Frankel and Pauzner (2001)と同じではあるが—示した。

取り引き機会が確率的に与えられており、金利差の変化に為替レートが瞬間的に追随できない世界でも、トレーダーの資金調達に制限がなければ金利差に応じた為替レートに収束することになる。しかし、レバレッジをかけて円キャリー取引を行う人々がいる。円安になればなるほど必要な証拠金の負担が少なくなり*2トレーダーの収益性が増すとき、金利差やそれまでの値動きによってファンダメンタルから円安方向に乖離した為替レートで均衡することも起きるようになる。

円キャリー取引を行うトレーダーの数に応じて、為替レートが決定されるとしよう。このために、ドルを売る側は資金力のある金融機関などで、ドル高になるほどドル供給を増やすと仮定しておく。ドル需要者は、円キャリー取引を行うトレーダーに限られる。上述の証拠金の負担の仮定から、円キャリー取引を行うトレーダーが多ければ多いほどトレーダーの利得が大きくなるのだが、不特定多数の為替トレーダーが好き勝手に取引する為替市場において協調行動は難しい。

金利差が十分にあれば、他のトレーダーの行動如何に関わらず、円キャリー取引を行うのが支配戦略になる。このとき、全てのトレーダーが円キャリー取引を行う。次に、金利差がそこまでなくても、それに近い隣接領域を考えよう。他のトレーダー全員が参加しなければ円キャリー取引を行うと損になるが、他の誰かが参加するのであれば、参加するのが得になる。日米の金利差は連続的に変化するので、将来的に全員が円キャリー取引に参加したがる金利差になる確率は高いので、誰かは参加すると言う信念を持つことができる。すると、やはり全てのトレーダーが円キャリー取引を行うようになる。次に、この領域の隣の領域で…という風に条件付き被支配戦略の逐次消去を行っていくと、そこそこの金利差で全員が円キャリー取引を行おうとする領域を広く取ることができる。逆に、全員が円キャリー取引を行わない領域も同様に計算される。中間領域は一点になるため、ほとんどの場合、円高か円安かどちらかで突き進むことになる。

取り引き機会が確率的に与えられているので、為替レートの動きは連続的な変化にとどまり、また、各時点でトレーダーの大部分の行動はしばらく変更できないと期待されるので経路依存性もあるのだが、日米金利差に応じて全員でバブルを形成していくか、全員でバブル崩壊を演じていくかになるのは変わらない。ここで、ドル円が高ければ高いほど為替レートの変化率は大きくなるので、円安が続いたあとに日米金利差が縮まると、一気に円高が進むことになる。階段を登るように円安になり、エレベーターで降りるように円高になるわけだ。

含み益が増えると必要な証拠金が減るのかは謎なのだが、含み損が出ると証拠金不足で強制ロスカットになるのは、ついったーらんどでよく観察される悲鳴だ。部分均衡モデルなので、一般均衡でないと…と言われると困るし、かれこれ10年間ぐらい「もうすっからかんなので、これが最後の勝負です…嗚呼、今度こそ全財産失いました」と言い続けているおっさんや、為替レートが大きく動くと通勤電車が止まる理由までは説明していないが、購買力平価や金利差では説明しきれないと言うか、オーバーシュート気味に為替レートが動くメカニズムを上手く説明できている。

なお、まだディスカッション・ペーパーで出版されていないので本当に辻褄があっているのか不安があるのだが、確認した限りは問題は無さそうであった。モデルの構造自体は、査読を経たBurdzy, Frankel and Pauzner (2001)とほとんど同じ*3なので。

何はともあれこういうわけで、円キャリー取引は最初は儲かっているが突然、大損をこくように出来ている。

*1名前を変えつつアップデートを繰り返しているが、基本的な議論の流れは同様である。

*2必要証拠金(=為替レート×数量/レバレッジ率)になるので、さらに含み益を引いた有効証拠金もしくは、証拠金維持率(=有効証拠金/必要証拠金)を問題にしていると考えられる。

*3円キャリー取引の参加者数がドル円レートに反映されるようにしたのと、一対一にマッチングしてサブゲームをするのが無くなったのが異なる。

0 コメント:

コメントを投稿