2019年1月12日土曜日

日米金利差をつかった推定によるアベノミクスの円安効果の効果量

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ネット界隈ではアベノミクスによって円安になり輸出企業や観光産業に利益があったとするリフレ派と、輸入物価があがって庶民の生活に不利益であったという左派が言い争っているのだが、そもそもアベノミクスが円安を引き起こしたのか、どの程度の効果量があったのか自明ではない。

2013年初頭の急激な円安が印象に残っている人々が多いと思うが、2013年4月4日の黒田バズーカ以後、しばらく為替レートは安定している。リフレ派は、政権交代によって金融政策が変化することを期待して、大規模金融緩和の前に為替レートが動いたと説明するが、マネタリーベース2年3倍は驚きの規模であったわけで、予想以上としてさらに円安に動いてもよかったはずだ。また、為替レートを左右する要因は他にもあるので、それらの影響を除外して評価すべきであろう。

本稿では為替レートを説明する代表的な要因、日米金利差でドル円相場を推定し、その残差項からアベノミクスの円安効果の効果量を評価してみたい。

1. 推定モデル

前回、粗雑に推定していたら、実質金利を用いる理論的な背景がわかんねーよと怒られたので、カバー付き金利平価から推定式の導出を行う。

毎期、新たに日本か米国で1年投資をして、1年後に投資先で財を買って消費する日本居住の投資家の、日米の投資のNPVが等しいとすると、以下が均衡条件になる。

(1)

iは名目金利、Eは為替レート、添字のtは時点、jは日本、uは米国である。要するに、ドル 金利に為替差益をかけたものが、円金利になる。

先行研究ではこの式を推定してEt+1/Etを推定しているのだが、それでは為替レートの予測値のプロットが前期値に独立した水準で行えないので、ijとiuが所与のときに、Etを推定する形に工夫を行いたい。そのために、Et+1を以下のようにする。

PPPは購買力平価指数、πは期待インフレ率である。つまり、 t 期の購買力平価レートにインフレ予測を乗じたものを、 t+1期に投資先で財を買うことにしているこの投資家にとっての t + 1 期の為替レートと考える。

これを(1)式に代入すると、名目金利が実質金利rに置き換わる。

推定は対数をとって行う。

εは誤差項。名目為替レートと購買力平価為替レートの乖離が、日米の実質投資収益の差で説明されることになる。係数β0はカントリー・リスクなどによる定常的な乖離、β1は実質金利比と真の投資収益比の比、誤差項は金利平価で説明されない要因を表す。

参照すべき債券の期間が良くわからないので、投資家が参照する実質金利は複数の期間のウェイト付き幾何平均としておこう。

添字のsは債券の種類 Types の要素(5年物,10年物)で、wはウェイト。対数をとって代入して推定式を書き直す。

単純な線形モデルになる(・∀・)ラクチーン

2. データセット

分析期間は2008年2月から2018年10月までとし、月次データを用いた。日次データは平均をとって月次にしている。財務省証券5年物と10年物のインフレ連動債からドル実質金利を、財務省の新規発行債5年物と10年物の発行金利と総務省の消費者物価指数(CPI)から円実質金利を計算した。購買力平価指数(PPP)はOECD Statisticsから取得したが年次データなので、2次回帰式を用いて線形補間を行った。自由度調整済み相関係数は0.942でフィットはよい。

アベノミクスが期待インフレ率を引き上げた場合、効果があっても金利平価で説明されてしまうと思うかも知れないが、推定では日本の実質金利は消費者物価指数で代替するため、アベノミクスが期待インフレ率を引き上げた場合も残差項が大きくなる。なお、長期金利はマイナス金利導入までは概ねトレンド通りに推移しており*1、期待インフレ率とは独立を仮定して解釈する。

3. 推定結果

推定結果は以下になる。とやかく言われる有意性もある。決定係数は0.24と低めではあるが、長期金利と為替レートにある程度の関係性があることがいえる。

追記(2019/01/12 18:00):指摘してもらって気付いたのだが、説明変数の作成で分子と分母を逆にしてしまい、推定結果の符号が理屈と逆になっていたので訂正した。

ドル円の推移と金利による予測値のグラフを見てみよう。だいたいの期間で為替レートと連動しており、日米の実質金利比は遅かれ早かれ為替レートに影響を与えているとは言える。

ドル円と金利による予測値の乖離のグラフを見てみよう。民主党政権期/白川日銀時代に実質金利の差を越えた円高傾向があったことが分かるが、自民党政権に代わる前に概ね解消されている。

政権交代後しばらく円安傾向になるが、黒田バズーカ後、円安傾向はだいぶ解消される。つまり、大規模金融緩和以外の要因によって、予測値よりも円安傾向になっていたことがわかる。米金利の上昇と同時に解消されているので、リフレ派に非難されている米金利上昇折込み説の説得力は高い。

黒田バズーカの効果が観察されない一方で、追加緩和は明確に円安を引き起こしているように見える。ただし、同時期にFedのQE終了時期の決定があったし、2016年以降は円高方面に徐々に推移しており持続性は無い。もっともPPPの線形補間のあてはまりがやや悪い時期なので、予測値よりも円安になっているかは慎重に解釈する必要がある。

4. 注意事項とまとめ

今回の推定では同時性をコントロールしていない。為替が実質金利や購買力平価に与える影響もありうることには注意したい。因果推定ではなく、金利平価を前提にしてその影響を除外しただけの分析である。また、時系列データではあるが単位根などは考慮しなかった*2

さて、分析結果によると、アベノミクスが円安を引き起こした可能性は低い。円安を引き起こす効果があったとしても、量的緩和の効果の継続性は怪しいものとなっている。アベノミクスが円安を引き起こしたと言う前提で話がされることが多いのだが、その前提、実は胡散臭い。

*1リーマンショック後、だいたい一定比率で低下しており、マイナス金利導入後は、マイナスで概ね横ばいである。

*21期ラグで単位根は消え、かつARIMA(1, 1, 0)でOLSと同様の推定結果が得られるので、単位根自体はやろうと思えばコントロールできる。

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