2018年11月10日土曜日

あるジェンダー論研究者の英語読解能力が示唆するもの

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江口某氏が小松原織香氏の『性暴力と修復的司法』の第4章の引用元文献の原文と小松原氏の邦訳を比較して誤訳だらけだと批判している*1。簡単なものから訳せと言われたらちょっと悩みそうなものまであるので、英語のトレーニングとして何ページか目を通してみよう。私も語学力が無いので、こういうの反射的には理解できないんだよな…と小松原に同情せざるを得ないが、まぁ、よろしいとは言えない。

古今東西誤訳の類はあるものだが、指摘されている量は確かに多い。そして誤読の仕方が、丁寧に固有名詞を調べるなり*2、原文の議論の流れをしっかり追いかけておけば*3防げたはずのものも多く、また、不定詞を不定詞として解釈しない義務教育英語的にも駄目なものもあり、日本語として意味が通らないものもある。著者が参考文献に対してふわふわとした理解をして満足してしまっているように見える。

さて、江口某氏は本人の責任以上に、指導教官を含む周囲の研究者やこの本に西尾学術賞を贈ったジェンダー法学会の偉い人々がもっとしっかり読み込んで批判すべきだったと主張しているのだが、可能ならば既にやっているであろうし、無理なことをすべきと言うのは酷な気がする。

ジェンダー論界隈の雑な意見をSNSで見かけた事のある人は分かると思うが、英語だろうが日本語だろうがしっかりと文献を読み込む事ができない人々で構成されている業界になっている可能性が低くない*4。ここまでひどいのは珍しいかも知れないが、話にふわふわ感があるのはよくないと思われていない気がかなりする。

*1『性暴力と修復的司法』第4章の一部チェック(1)(2)(3)(4)(5)(おわります) — 江口某の不如意研究室

*2例えばDaly (2005)にあるオーストラリアの司法が行なう裁判によって執行猶予を含む拘置などより重い法的責任をちらつかせる試みのscaring youthと、米国のScared Straight Programを混同している箇所なのだが、Scared Straight Programを検索して調べて勘違いすることは無かった。解説ページに、非行少年やその予備群向けの刑務所ツアーだと説明がある。

*3小松原氏はDaly (2005)から「少年が裁判を受けたり、厳しく罪を問われたりすることは、再犯防止にならない」と結論を出しているようだが、"The court's emphasis on 'scaring youth' seems to be less effective for reducing re-offending than rehabilitation through a tailored counselling programme"とあるだけで、論文ではscaring youthの再犯防止効果はtailored counselling programme(Mary Street Programme; 青少年性的暴行カウンセリング)よりも低いと指摘しているだけだ。また、統計的因果推論の知識があれば、Daly (2005)にある情報からは小松原氏の結論は出て来ない。

原文も論理的に苦しい所で、裁判(court)によるscaring youthだけの再犯率、scaring youthとMary Street Programmeの併用の再犯率は測定されているが、Mary Street Programmeだけの再犯率は示されていない。修復的司法(conference)が裁判よりも再犯率が低いことから筆が滑ったのだと思うが、初犯で微罪の少年ほど修復的司法が適応されることが示されているので、統計からは非行少年がそんなに悪人ではなかったのか、修復的司法が機能したのか因果推論が不可能になっている。

エヴィデンスに基づいた議論をしていると自負する前に、『「原因と結果」の経済学』あたりを読んでこの辺を学んでおいて欲しい。英語読解能力の低さの補完にもなる。

*4関連記事:ジェンダー論をやっている社会学者は“被害者”

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