2016年8月31日水曜日

リフレ派が書いた学説史「不平等との闘い」

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明治学院大学の稲葉振一郎氏の『不平等との闘い』をざっと読んだので、紹介と言うか難癖つけて行きたい。

本書は、どちらかと言うとマルクスなど思想史の方に親しんでいてマクロ経済学を専門としていない著者が、資本所有における不平等の解消の必要性と方法を考えた意欲作。どちらかと言うと実証的な議論が多く紹介されていて、規範的な議論は薄い。経済学史なので、統計的な話もほぼ無い。資本の初期分布がマクロの生産に影響すると言うアイディアが、(1)古典派経済学、(2)マルクス経済学、(3)新古典派経済学、(4)不平等ルネサンス(1990年代ぐらいからの新古典派経済学)、(5)最近のピケティでどのように扱われてきたかを、資本市場の有無と技術進歩を鍵として見ていく部分が主だと思う。そして、どさくさに紛れてインフレーションによる物的資本の格差の解消を主張している。

1. パレート効率はどこへ行った?

ところどころで「不平等それ自体は悪ではないのか?」と言うルソーの問いかけが出てくるので混乱してくるが、基本的には、全体の生産がどうなるか、経済成長がどうなるのかに著者は関心があるようだ。逆に、厚生基準には著しく関心が低いので、そこから違和感が出てくるところがある。例えばパレート効率性と言う概念は提示されない。第10章で多少は触れられているのだが、不平等それ自体を厚生基準に取り込もうとする、最近までの厚生経済学者の仕事もほとんど紹介されない。これは本筋の議論にも、多少は影響している。

第8章までで、確定的なモデルではないとしつつ「ベンチマーク」として、資本に関して収穫一定の生産関数を仮定した、無限に経済成長をしていく内生的経済成長モデルで、資本市場が無い状態であれば、資本の初期配分が生産に永久に影響する事を議論する。それまでの章で、資本に関して収穫逓減する一次同次の生産関数ではなく、資本蓄積で無限に経済成長することの正当化にかなりの議論が割かれているので、ここは議論の核の一つであろう。資本の初期配分を変えるか、資本市場を設置するかの政策選択で、著者は前者を実現する方策である所得移転や無償サービス給付は、コストとディスインセンティブ効果があると否定する(P.185)。何かが変だ。

経済学徒であれば、資本の初期配分を変えるとパレート改善にならない可能性があるのに気づくであろう。何世代も後であれば全ての家計の状態が改善するにしろ、それまでは富裕層は損をする。つまり、資本の初期配分を変えるにはパレート改善以外の規範的理由が必要になるので、「社会学者や政治学者、あるいはソーシャルワーカーのテーマ」(P.146)になるのだ。そしてパレート効率性と任意の分配が両立できる事を厚生経済学の第二基本定理が主張しているので、ある意味、凡庸な議論でもある。そもそも「ベンチマーク」になるモデルにコストとディスインセンティブ効果を議論するための仕掛けは無いし、それらの効果を主張する実証研究が参照されていないので、唐突感があるわけだが。

2.「分配」が意味するものに混乱が

独特の概念があるので、読みづらいところがある。「分配と生産の分離」は、資本市場によって資本の所有と資本の利用を分離する事を意味しているので、「所有と生産の分離」と書いて欲しかった。この点については著者も混乱がありそうで、第5章における「分配」は報酬の分配を意味しているようだ(PP.135--139)。不平等も資本所有のそれが問題にされており、所得や消費でも無いのには注意する必要がある。定常状態で資本所有が平等になるとしても、そこに至るまでは資本から得られる所得格差はあるわけで、実は初期時点にある不平等は解消されないが、上述の「ベンチマーク」モデルの議論でも、定常状態で不平等が解消されていたら無問題と考えている。

3. 経済モデルの理解に関して

経済モデルに関する基本的理解がおかしくなっている所もある。「彼ら(=新古典派)の描く世界においては、労働供給の主体は労働者個人ではなく、家族」(P.57)は、家計の効用最大化問題の解として労働供給が決定されるモデルが多いことを指摘しているのだと思うが、モデルの隠れた前提として家計とそのメンバーの利害が合致している事を見落としている。需要サイドからの分析=貨幣分析になっており、DSGEに貨幣を組み込む事が難しいと指摘している(P.223)のだが、本当であればこれまでのマクロ金融モデルとは何であったのかが問題になる。また理論的整合性と同時に実証的な要請が問題になることも見落としていて、合理的期待形成が出てきた理由として、高インフレで低雇用と言うスタグフレーションと言う現象が生じていたことを忘れている(P.223--224)。この辺のところは、マクロ金融のテキストには書いてあるのだが。

4. インフレの効果の説明が乱暴

インフレーションによる物的資本の格差の解消を主張するところは、それまでの議論からの乖離が大きい、唐突感のある事実認識に基づいている。「拡張的金融政策は激しいインフレーションを伴い(反面、大不況はデフレーションでした)、現金、土地や国債など従来は安定資産であったものの価値を一気に減価させてしまいます」(P.216)とあるのだが、インフレで土地が減価することになっている。資産価格も上昇するのでは無いであろうか。インフレで地主が損をすると書いてある(P.215)のだが、こちらは賃貸料が一方的に上げられないことを暗に前提にしている。インフレと格差是正の経験的根拠も挙げて欲しい。「インフレが起きると、資産を多く保有する高齢者世帯から、住宅ローンを抱える中流の若年世帯に所得が移転する」と言う米国の研究もあるのだが、南米の場合は『インフレの高進により、不動産や金融資産などのインフレ・ヘッジの手段を持つ層と持たない層の格差がさらに広がった』事が知られている。経済全体の格差にインフレーションがどう機能するかは定かではない。この辺があるから、ピケティも課税と給付による格差是正を訴えているのだと思うが。

5. ポイントを絞った独自性の強い本

不平等に関する最近までのマクロ経済学の潮流を紹介した本でもなく、例えば富の偏在はなぜ生じるのかについては、ほとんど議論が紹介されていない(関連記事:富の偏在はなぜ生じるのか?)。既に指摘したが、規範的な議論がほぼ欠如していることもあり、不平等に関する入門書や教科書では無い。遅れてきたピケティ本としても、その分析の妥当性に関する非難が紹介されていないので物足りない(関連記事:「21世紀の資本」は住宅だった)。ピケティ便乗本と言いつつ、ポイントを絞った独自性の強い本となっている。誰にお勧めしたらよいのか良く分からない本ではあるのだが、資本の初期分布がマクロの生産に影響すると言うアイディアが、大昔からの一つの不平等へのアプローチであるの事は理解できると思う。

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