2016年8月19日金曜日

分配側GDPの試算を非難する前に

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GDPはプラス成長だった?日銀・内閣府が論争」で日経が取り上げた事もあり、日銀の金融研究所が出しているワーキングペーパー、藤原・小川(2016)『税務データを用いた分配側GDPの試算』がネット界隈で人気だ。なぜか論文自体をほとんど読まずに悪く言って回っている人がそこそこいるようなのだが、だいたいポイントを外した批判になっているので指摘しておきたい。皆様が思うほど恣意性があるわけでも、政治的な意味があるわけでもない。

1. 政府GDPは生産側統計に依存

日本では内閣府が国民経済計算(GDP統計)をせっせと作り続けている。ただし、実質的に生産側の統計をもとに推計している。支出側GDPには生産側GDPと整合性を持つような仕組みがあり、分配側GDPは生産側GDPと一致すると仮定されている。三面等価の原則といって、理屈の上では生産・分配・支出のどの統計を見てもGDP推計値は一致するはずだが、統計の誤差やバイアスを考えると、一種類の推計に依存するのは望ましい事ではない。

2. 分配側統計を使ったら政府統計と合わない

藤原・小川(2016)では分配側の統計を基にGDP推計を行い、それを政府統計の生産側GDPと付きあわせてみたところ、消費増税のあった2014年度に両者の乖離が大きくなることを発見した。実質でマイナス成長がプラス成長になるぐらいで、少なくない。生産側GDPは本当に信頼の置ける統計なのであろうかと言うのが、著者らの基本的な問題提起である。著者は可能性のある問題点として、『相応数の「消費税抜き」データが混入している可能性』と『基礎資料として用いる統計調査が十分なカバレッジを持っていない』事を、具体的に挙げている。

3. すぐに思いつく分配側GDPの問題は対応されている

内閣府でSNA統計に関わる人々は、当然のことながら藤原・小川(2016)を批判的に見ている。指摘された二つの憶測が万が一正しい場合、どう訂正すればいいのか想像もつかない大惨事である。特に消費税の問題が本当ならば、1989年からずっとGDP統計は間違っている事になる。GDP成長率は増税直後以外はそう大きな問題を抱えないであろうが、困った事になる。SNAも定期的に統計方法が更新されていくので、必ずしもGDP統計も継続性があるわけではないが、「マジで~?」と言いたくなるであろう。そして、実際に藤原・小川(2016)の手法が正しいとは言い切れないわけで、批判を加えるのは当然である。しかし、批判を加えれば何でも良いと言うわけではない。

さて、リフレ派の皆様を中心にしたネット界隈の批判で的を外していると思われるものと、その理由を挙げておこう。論文中にはっきり回答が挙げられている。

1. 税務データは信頼性が低く、分配側GDPの推計に役立たない
P.36 補論1に米国では歳入庁の税務データから分配側GDPを作成していることが指摘されているので、これが大嘘でない限りは、藤原・小川(2016)のアプローチに無理があるとは言えない。もちろん同じ税務データでも、質や項目が違う事はあり得るが、税務データだからといって退けるのは問題であろう。
2. 法人税収は資産価格や繰延税金資産などでGDPに関係なく変化する
藤原・小川(2016)では、営業余剰の推計に「法人企業統計」を用いており、法人税収は補正にしか使っていない。P.19に『税務データではなく、GDP統計の概念に近い「法人企業統計」の営業利益を用いて』と書いてあって、さらに脚注18に詳しい補足説明があるのに、『何故か営業余剰は「法人企業統計」を使用』って言っているのは見落としのせいか。なお、営業利益を使っているとあるので、経常利益に入ってくる国外子会社からの利子収入などは除外されると思われる*1
3. 「国税庁統計年報」を採用しなかった事から、データソースに恣意性が残る
藤原・小川(2016)のP.11の脚注10を見ると、「市町村税課税状況等の調」と「民間給与実態統計」などと複数の他の統計と水準や動きが大きく異なっているので、「国税庁統計年報」を採用しなかったとある。理由としては挙げられていなかったが、報告ベースで集計していることも言及されていた。
4. 日銀の調査統計局長がコメントしているので、個人ではなく日銀の研究
新聞記者に聞かれたからコメントしただけにしか思えない。閣僚が人気アイドルグループの解散にコメントしたからと言って、それが日本政府の差し金だと推測するのは何かの病気だと思う。

何はともあれ、批判をするのであれば、論文をしっかり読みこむべきだ。

4. 今はじっと見守るべき

藤原・小川(2016)の主張が正しいかは分からない。その推計手法は米国でやっている分配GDPの推計方法と良く比較するべきであろうし、生産GDP推計値への批判は追加の調査などを行わないと白黒つけられないかも知れない。個人的には、雇用は良いがGDP成長率は振るわない昨今の日本経済は説明し難いところもあるので、藤原・小川(2016)のアプローチに興味がないわけではないが、長年、多くの人間が関わってきた生産GDP推計値の信頼性が低いと言うのもにわかには信じ難い。藤原・小川(2016)も刊行論文になる前にさらにアップデートされるであろうし、政府の方でもその内容は吟味するであろうし、2015年度以降の分配GDP推計値が出てくればもっと分かることもあるであろう*2。今はじっと見守るのが楽な姿勢だと思われる。

*1ある種の配当も営業利益に入る可能性があるらしく、そう大きなバイアスにはならないと思うが、完全に排除できているかは分からない。

*22015年度以降に乖離が急激に小さくなるのであれば、藤原・小川(2016)が生産GDPにあり得るとした問題は無かった事になるであろう。

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