2016年5月15日日曜日

富の偏在はなぜ生じるのか?

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明治学院大学の稲葉振一郎氏が『不平等との闘い』と言う新書の数学注を出していた。献本が来ない*1ので本当の内容は分からないが、その数学注出版社の作品紹介を見る限りは、一時期のマクロ経済学で不平等の話が低調になった理由が7章あたりで指摘されているようだ。数学注にあるような教科書的なモデルを少しいじった程度では、なかなか格差が温存される世界は説明できない。さて、教科書を超えたところで発展はないのか気になるのだが、Mariacristina De Nardiと言うマクロ経済学者*3不平等に関して簡単なサーベイ記事を書いていたので読んでみた。一時は下火になっていたようだが、能力や選好の偏在に起因するとするには大きすぎる格差を説明しようと言う取り組みは行われてきているようだ。要約と言うか、目に付いた部分を紹介したい。

この記事の著者を含めたマクロ経済学者が動的で量的なマクロ経済モデルで富の偏在を捉えようとしている理由は、政策改革の結果の評価のために、観測データされた結果の決定要因を理解し定量化する助けになるからだそうだ。賃金の鉄則のような今となっては実証的な裏づけの乏しい思いつきに満足してしまう人も少なくないので、こういう前段は大事である。

さて、どういう研究がされて、どういう結論が得られているのであろうか。現実との整合性で決定的と考えられるモデルはまだ無く、特に政策的含意の対立は大きいらしい。これは富裕層の貯蓄動機についての見解が色々とあるのが原因だそうだ。再分配政策は、人々の貯蓄動機とその強さに大きく依存する。

古典的なBewley (1977)の自己保険のために貯蓄をするモデルは、米国のデータと合致しないそうだ。Krusell and Smith (1998)は忍耐力の確率的な不均一から富の偏在の拡大を説明したが、これもHendricks (2007)が、米国の年代別不平等データを使った分析で、超富裕層の貯蓄しか説明しないと指摘しているそうだ。De Nardi (2004)は、遺産を残す事から効用を得る個人による世代重複モデルで、遺産が高級財で富裕者ほど多く残したがり、さらに生産性が部分的に子供に受け継がれると言う想定を置くことにより、超富裕層以外の貯蓄を説明する事が出来ているそうだ。Cagetti and De Nardi (2006)は、借り入れ制約のある企業家を考え、富の集中に規模経済性が出てくることから説明している。Benhabib et al. (2011)は投資収益のリスクから説明しているが、これは選好不均一によるものと似たような事になるらしい。Castaneda et al. (2003)は高収入の人はリスクも大きいと言う賃金収入のリスクから説明。なお、投資収益のリスクの話と異なり、賃金収入のリスクは個人資産や企業資本と独立になる。

再分配政策の強化は、企業家精神を強調したモデル(Kitao 2008, Cagetti and De Nardi 2009, and Lee 2015)では逆効果になるが、賃金収入リスクから説明しているモデル(Kindermann and Krueger (2015))では、効果的に機能するらしい。また遺産相続を考えたモデルでも、例えば純粋に利他的なものか恩着せがましいもの(warm-glow)かによってなどの動機によって、効果が変わってくるそうだ。ただし、複数種類の動機に対して同様の効果を持つ政策が無いとも言えないらしい。さもありならんと言った感じだが、いつもの通りのtwo-handed economicsになっている。何はともあれ計量分析と複合的なモデルによって、さらに分析を行っていくしか無いようだ。

*1もちろん匿名アカウントに献本は無理である。匿名でなくても「オマエにはやらねーよ」って言われそうだが。どうも献本は著者にコストがかかるものらしい。

*2追記(2016/05/23 14:00): 稲葉氏は、資本市場があるラムゼー・モデルで各家計の貯蓄率が利子率によって決定されるので、金持ちと貧乏人が同じ利子率に直面すると貯蓄率が同じになるので格差が固定されると言う議論を参照しているが、これは各家計の労働供給が外生である事が効いている。つまり、利子率が共通になると同時に賃金率も同じになるので、余暇と労働の代替を認めると、貧乏人は良く働き、金持ちは怠けるようになり、獲得賃金の差によって格差が埋まっていく事になる。他にも僅かでも貧乏人が不平等で効用を下げるような仮定をおくと、格差は自然と是正される。ただし、格差が自発的に解消されても、家計間の全期間の効用ではかった不平等はやはりあるので、是正すべき不平等が無いとも言えない。

*3ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン教授、シカゴ連銀シニア・エコノミスト

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