2016年5月24日火曜日

開発途上国の直観的理解ができる「ルワンダ中央銀行総裁日誌」

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新興国の発展が目覚しいとは言え、世界にはまだまだ開発途上国(LDC)が多くあるが、意外とLDCについて具体的なイメージを描く事は難しい。社会的、技術的に遅れて経済的に立ち遅れていると言うところまでは誰しも想像できるであろうが、それを打開する施策が実行できない理由は中々説明できない。ほとんどの人はLDCの政策担当者では無いから当然なのだが、なぜかLDCの中央銀行総裁になった日本人がいて、そのときの話を書き残しており、名著として知られている。それが「ルワンダ中央銀行総裁日誌」なのだが、実務者側から見た開発金融の話として貴重な文献だ。

1965年から1971年まで技術援助として国際通貨基金(IMF)からルワンダ中央銀行に総裁として派遣された日本銀行職員の服部正也氏の自伝的話で、増補版ではルワンダ紛争に関する服部氏の見解と、服部氏の日本銀行の後輩に当たる大西義久氏の解説がついている。生活環境の悪い開発途上国に派遣された国外駐在者の苦労などを含めて、学ぶべき事は多い。

実体験に基づいており、抽象的な空論では無い。例えばIMFのぞんざいな仕事ぶりを批判する人々は現在でもそれなりいる。服部氏も指摘しているが、被援助国の実情にあったプログラムを考えずに、型どおりの緊縮政策を要請する癖があることは良く指摘されている*1。しかし、事前に日程を約束していたはずの合意された内容の通貨改革の実施承認が、会議が混んでいると言う理由で一方的に延期されるような、具体的な話を書いている人は少ないと思う。服部氏は米国大使を通じてIMFに速やかな承認を促すわけだが、国際政治における米国の具体的な影響力が、どのようなものかを書いている文献も多くはない。

カイバンダ大統領が経常収支の帳尻合わせではなく、経済厚生で為替政策を評価しようとしていたのには感銘を受けた。新自由主義者は理屈のつけ方を見習った方が良い。外国人優遇措置から暴利を貪る欧州人や、商売敵をはめるために細工をするインド商人などが出てきて、産業組織論から考察すると楽しい逸話も多い。エスニシティによって金融アクセス能力を含めた資本力が異なり競争的にならないのを、流通網の整備などで改善しようと言う話などは、あるべき公共投資の例の一つであろう。良く考えると中央銀行の仕事でもないような話も多いが、商業銀行が一つしかないような経済なので、形式にこだわっても要られないのであろう。なお、服部氏は大統領の政策アドバイザー的な立場になっていたようだ。

開発援助でも興味深い話は多い。二回に分けてくるはずだった米国余剰農産物援助が一回で来て倉庫の手配が大変だった上に、そもそも統計情報が信頼が間違っていて食糧不足でもなかったなど、ありそうではあるが本当にあるんだと言うような話が書いてある。ベルギーからの援助スタッフの質が悪く役に立たないような話は、技能の無いボランティアが被災地で役立たないと言う話を思い出すし、ベルギーの贈与付の輸出貸出枠が使い勝手が良いような話は、被災地には食料ではなくて現金を送る方が適切と言う話を思い出した。40年以上経っているので、ここに書かれているような話は今は過去の話だと思うが。

服部氏がルワンダを離れた後の事だが、安全保障に失敗して社会が崩壊するところも、LDCらしい。カイバンダ大統領がクーデターで失脚し、ハビャリマナ独裁政権になった後、ウガンダからのルワンダ愛国戦線の進攻による内戦で荒廃した。二重におかしい事になっているのだが、結局は政治体制の安定が至上命題なのであろう。なお、ツチ族の中で大統領制に移行する前の旧体制派がウガンダで難民化しており、これをウガンダ政府が組織して進攻させたのだが、服部氏が在職中にも紛争は発生している。特段、ツチ族を弾圧していたわけでは無いようだが、旧体制派も含めた融和政策を取るなどの措置は必要だったのかも知れない。

開発経済学に興味がある人は、一度は読むべき。ルワンダと言うある一国であるし、公衆衛生や資源管理や宗教迷信などの話などなど書かれていないことも多いので、ある側面からと言う限定はつくものの、LDCがどういう世界なのかを大雑把に掴める要素が詰っている。

*1経済政策で人は死ぬか?」を想像する人が多そうだが、元IMF職員・元日銀審議委員の白井氏の「検証IMF経済政策」では、短期間で機械的にプログラムを作成していると批判している。

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