2014年10月30日木曜日

今のアフリカはこんなもんだと分かる「経済大陸アフリカ」

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身近にアフリカ出身者はそうはいないであろうから、日本人から見て心理的に遠い地域と言えばサブサハラ・アフリカだと思う。今度のエボラ出血熱の広がりで、リベリア、ギニア、シエラレオネの位置を地図で確認した人は多いはずだ。また、「ホテル・ルワンダ」と言う映画があったが、政治的に不安定な危険地域で経済的に停滞しているイメージがあると思う。しかし、近年の資源高でサブサハラ・アフリカの経済状況は変わりつつあるらしい。この変化を包括的に論じたのが、「経済大陸アフリカ」だ。広大なアフリカ大陸の現代事情を叩き切るという無理がある内容で、中国のアフリカ関与を最初の章に持って来るなどキャッチーな面もあるが、一般書としてはバランスが取れた本になっていると思う。

1. 資源高、投資流入、消費爆発、しかし低生産性

著者は国際開発の歴史を踏まえて、データからアフリカの現状を見ていっている。1950年ぐらいから2000年ぐらいまでの50年間、アフリカが成長しない地域であったのは確かで、サブサハラ・アフリカでは一人あたりGDPが後退している。政府開発援助(ODA)を多く受けても一向に成長せず、アジアとは対照的な状況になっていた。しかし、21世紀に入ってからの資源価格の高騰によって投資が流入し、消費が高まって急激に成長するに至り、グローバル企業も生まれている。これはアフリカ諸国の国内政治に干渉しない中国資本の役割が大きい。しかし、農業や工業などは相変わらず停滞している。要約するとこんな感じであろうか。

2. 試行錯誤をくりかえしてきた国際開発

アフリカに興味が無くても、開発途上国に興味がある人には、第4章「試行錯誤をくりかえしてきた国際開発」の所は面白いと思う。開発経済学のテキストなどでも詳しく書かれないときがある国際開発史の手短な説明になっている。英仏米が国際援助を始めた経緯や変遷、日本や中国のODAの特殊性、国際援助の理念などを把握していない人は少なく無いと思う。日本の周辺国は紆余曲折があっても成長してきているので、南北問題なども含めて忘れてしまっている人も多いと思うから、そういう人は復習的に読むのも良いと思う。

3. 一人当たり資本と言う概念が欠落

難点もあって、一人当たり資本と言う概念が欠落気味なので、説明がしっくり来ない所もある。例えば農業生産性が向上しない理由を、政策的に技術導入に熱心で無かったためとしている(P.123--127)が、人口増加が急激で資本装備率が低下したとも言えなくもない。肥料の普及だけではなく、灌漑設備や農業教育の影響もあるからだ。農民がリスク回避度を考慮した上でも利潤極大化するところまで肥料を使わないなどと言う行動経済学的な議論もある*1ので、資本装備率で説明するのにためらいがあったのかも知れないが。

東・東南アジア諸国が輸出指向型工業化モデルで労働人口に依存して経済成長をしたという議論も間違いではないのだが、ずっと労働投入で経済成長をしているかのように記述されており、問題に感じる(P.265--268)。資本投入で成長している分があるからこそ、一人あたりの生産や賃金も上昇して来たわけだし、1994年のノーベル賞経済学者クルーグマンの議論も労働・資本投入で説明できない成長が無いと言っているわけで、本書の記述は正確ではない。

4. まだまだ開発援助の視点が必要な大陸

本書の宣伝文句に『アフリカを「援助」する時代は終わった』とあるのだが、中を読むとマクロ/ミクロ経済学からではなく、やはり開発援助と言う視点から見ていて、まだまだアフリカはそういう国なのだなと再認識した。資源高で好景気に沸くわけだが、貧困問題を自発的に解決できるような社会にはなっていないようだし、中国の農業部門への技術協力などにも触れられている。まだ資源高は十年やそこらの傾向でしかないが、鉱物資源の輸出でお金が入ってきても、社会はなかなか変わらない。むしろ国内産業が衰退する一方で、格差が広がる傾向がある。そういう資源の呪いの新たな事例が大量に発生しつつあるのではないかと、ネガティブな印象を持ってしまった。著者はポジティブにアフリカの現状を見ていると思うのだが。

*1善意で貧困はなくせるのか?』の第8章に紹介があるので参照されたい。

*2Krugman, Paul (1994) "The Myth of Asia's Miracle," Foreign Affair

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