2013年11月19日火曜日

かけ算の順序にこだわる教師と出版社の皆様へ

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東北大学の黒木玄氏が“掛算の順序にこだわる教え方”に関して意見表明をしろとツイッターで呼びかけていた*1ので、微力ながら“掛算の順序にこだわる教え方”への反対意見を表明をしてみたい。

“掛算の順序にこだわる教え方”と言われても理解できない人が多いと思うが、小学校の算数で問題文と数式の構造を強く結びつける教え方だ。例えば1個100円のリンゴが5個ありその総計金額を求める場合、100×5=500と立式するのが正解になり、5×100=500が不正解になる。わけが分からない? ─ 私も良く分からない。

驚くべきことに、最近の小学校では交換法則(可換則)を教えた上で“掛算の順序にこだわる教え方”を続けているそうだ。毎年、秋口になると意味不明なバツを子供がもらっていると話題になる*2。ここ数日は、以下のような怪しい授業ガイドが出回っていた。

xとyと言う変数を使っているので小学6年生に教える内容のようだ。「常に式の意味をしっかりと意識させることが大事である」と書いてあるのだが、わけがわからない。冗談抜きで理解不能なルールが出来上がっているようだ。

彼らはx円のノート8冊の代金はx+x+x+x+x+x+x+x円と考えるらしい。加法から乗法を教えるのは分かる。しかし、x+x+x+x+x+x+x+xをx×8と表記するのはありで、8×xと表記するのは無しと言うのは理解できない。「8円のノートx冊」の意味にならないから。日本語でも「x円のノート8冊の代金」は「8冊のx円のノートの代金」と書き換えることもできる。また、交換法則を教えてある以上、x×8と8×xを同値と見なさないのは教育内容と合致しない。x×8=yが自然でy=x×8が不自然と言うのも、等式の意味から理解し難い主張だ。

学習指導要領では推奨されていないのだが、教科書の出版社と小学校教師に支持されている。内輪で指導方法を模索しているうちに奇妙な流儀が定着したのだと思うが、教育効果が高い根拠も無さそうだし、世間で通用する知識でもないし、中学校以降の教育にもつながらない。自浄作用が働かない以上は、文部科学省が介入すべき状態であるように思える。思想の自由などにも関係ないし。

オカルト教育ですよ、これ。

*1呼びかけはこのツイート。なお、黒木氏はこの問題に疑問を呈し続けている(かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきである)。

*2朝日新聞でも『(ニュースQ3)小学校のかけ算 えっ?順序が違うと「バツ」』と紹介されていたし、「かけ算の順序問題」としてwikipediaにまとめられている。

36 コメント:

さんのコメント...

「数学道」とでも、思っているのでしょうね。道具なのに。本質的な数学的思考ではなく。もしくは、文学的趣味 (^_^)
逆を教えればいいのでは?つまり、6x5という式を見て、「この式を導き出す問題を考えよ」と。

さんのコメント...

これに限っては極めて合理的な教育です。
かえって投稿者に質問をしたいのですが,三角形と三角形が合同にあることを示すとき,どのように表現しますか?それは無論,頂点と頂点を合わせる形で,「△ABC≡△DEF」と表現しますよね。しかし,三角形の合同でつまづく子どもは,一致しない頂点と頂点を合わせて,「△ABC≡△EFD」などと表現してしまうのです。
それはなぜいけないのか。ここに表れている問題意識どこにあるのか。それは,要するに,「一定の形式化された思考パターンに乗っかって問題を解くことができないこと」にあります。私たちは一定の形式化された思考パターンをもっています。上記の合同の問題でいえば,まず始めに合同と思しき三角形のどことどこの頂点が一致するのかを確定しますよね。これが形式化された最初の合理的な思考です。しかし,合同でつまづくこどもは,「あ,なんとなくこれ合同っぽいや」と考えて,二つの三角形が合同であると判断してしまうのです。
確かに,初めの方は感覚にしたがって勉強をしてもできるのです。しかし,形式化された思考パターンが身についていない子どもは応用がきかないためにミスを連発します。ミスが頻発すると,テストの点は取れませんし,やる気は低下します。
以上のように,感覚で問題を解くことを防止し,一定のパターンで問題を解くように指導するこの教育は,合理的かつ論理的な思考をする上で極めて有用な方法だと思います。

uncorrelated さんのコメント...

>> 朗 さん
a×bとあって、aとbに価格、個数、皿の枚数などを割り当てる一般的なルールはないので、問題ですね。

> 三角形の合同でつまづく子どもは,一致しない頂点と頂点を合わせて,「△ABC≡△EFD」などと表現してしまうのです。

△ABC≡△DEF≡△EFDだから何の問題もないかと。

> 合同でつまづくこどもは,「あ,なんとなくこれ合同っぽいや」と考えて,二つの三角形が合同であると判断してしまうのです。

数学的におかしい正誤を押し付けるのではなく、問題文などを工夫すべきでしょう。
△ABCと△DEFの対応する角を、別に聞いてもいいわけですから。

> ミスが頻発すると,テストの点は取れませんし,やる気は低下します。

正しい解答にバツを付けられたら、やる気がなくなるとは思いませんか?

さんのコメント...

uncorrelatedさん

△ABC≡△DEF≡△EFDはその通りです。しかしここではAとDが同じ頂点,BとEが同じ頂点,CとFが同じ頂点であることを意識し,そのことを意識していますという意味で表現をしてほしいという説明をしたのです。そういう形式化した思考が難しい問題に対応するときに応用が利くのです。
合同はわかりにくい例でした。因数分解だとよりわかりやすく考えられます。(a+b)(c+d)=bc+ad+ac+bdと解答しても決して間違いではありません。正解なのです。しかし,採点者としては解答した子どもの一定のパターンに従った思考過程が見えません。(a+b)(c+d)=a(c+d)+b(c+d)=ac+ad+bc+cd。このように考える癖をつけていないと,採点者は子どもの思考が見えません。また,子ども自身も,上の例のような自由演技ではミスが増え,将来にわたってかえって伸び悩んでいくのです。


いきなり熱くなってしまって失礼いたしました。
ブログにアップされた問題文にしっかりを目を通して自論を展開したわけではありませんでしたので,本問の問題文に工夫を設けるべきだという意見には賛成です。あれでは言葉足らずで,いずれの解答も正解とすべきだと思います。これにバツを付けられたら,やる気がなくなるというのもその通りです。


ただ,感覚に頼って算数の問題を解く方法を禁ずる,文科省の教育方針は間違っていないということを力説したかっただけなのです。
確かに,これに限れば問題が悪い。でも,その問題の粗雑さにとらわれて,本質的なこと(子どもに一定の思考パターンを身に着けさせること)を忘れてしまわないように,注意を促したかっただけなのです。

bushimichi さんのコメント...

>正しい解答にバツを付けられたら、やる気がなくなるとは思いませんか?

これ以上の正論はないwww

uncorrelated さんのコメント...

>> 朗 さん
> しかし,採点者としては解答した子どもの一定のパターンに従った思考過程が見えません。

思考過程が見える問題を出すべきで、勝手に回答の範囲を狭くするのは、出題者がおかしいと思いますよ。

> 子ども自身も,上の例のような自由演技ではミスが増え,将来にわたってかえって伸び悩んでいくのです。

そんな調査研究があるのですか?

> 文科省の教育方針は間違っていないということを力説したかっただけなのです。

朝日新聞の記事では『文科省に問い合わせると、「国として、『正しい順序』を決めてはいない」と意外な回答』とありますが、何か色々と思いこんでいませんか?

さんのコメント...

uncorrelated様

私も投稿者様の議論が噛み合っていないようなので,少し議論を整理します。

議論されるべき問題点は3つあります。
1 かけ算を順序立てて計算させることの是非
2 今回の問題において順序立てて計算させることの是非
3 かけ算を順序立てて計算しなかった場合に不正解とすることの是非

1 かけ算を順序立てて計算させることの是非
 ① (a+b)(c+d)=bc+ad+ac+bd
 ② (a+b)(c+d)=a(c+d)+b(c+d)=ac+ad+bc+cd
②の方が合理的な思考方法であることは火を見るより明らかであり,この意味で,かけ算を順序立てて計算させることに異論はないと思います。おそらく投稿者様も②の方法により計算されることと思いますが,ここに批判を加えるのであれば,①の方法により計算することの方が合理的である(=子どもにとって教育的である)との説明を加えて下さい。

2 この問題において順序立てて計算させることの是非
 この問題は出題者が悪いため,順序立てた計算を求めることは妥当ではないと思います。これには私も同意しています。

3 この問題において順序立てて計算しなかった場合に不正解とすることの是非
 これも先に投稿しましたが,不正解として扱うのは子どものやる気を阻害する原因になると,私もそう思いますので,不正解として扱うべきではないと思います。


以上のとおりに整理しますと,おそらく私と投稿者様との議論が一致していないのは1の議論だと思います。

そこで,
1 投稿者様は本記事で「かけ算の順序にこだわる」ことを一般的に批判していますが,かけ算の順序にこだわることが教育的にどのように悪いのか,具体的に説明を加えていただけないでしょうか。
2 また,「かけ算の順序にはこだわらなくてもよい」との考え方に立った場合には,先述の因数分解の計算において,① (a+b)(c+d)=bc+ad+ac+bd と解答することに一定の教育的効果があることを説明していただけないでしょうか。なお,そのような解答が可能であること自体が教育的効果を有するという説明は説明としての体をなしていないのでなしとします。

長文になってしまって申し訳ありませんが,是非とも気になる問題であるため,ご回答をお願い致します。

uncorrelated さんのコメント...

>>朗 さん
> ②の方が合理的な思考方法であることは火を見るより明らかであり

数学的にはどっちも同じです。なので片方を合理的と断定する事が、不合理です。
2と3は論点ではないので飛ばしますね。

> かけ算の順序にこだわることが教育的にどのように悪いのか

順序が数字の意味を保証しないので、子供に嘘を教えることになります。
また可換なのに順番を指定したら混乱することになりますね。

> 先述の因数分解の計算において,

マイナーなところですが、多項式展開ですよ。

> そのような解答が可能であること自体が教育的効果を有するという説明は説明としての体をなしていない

正しい答えがあるのに教育効果が無いとすると、3+4や1+9のような単純な演算にも教育効果がなくなりますよ。

土屋正人 さんのコメント...

実用的な理由があるのですよ。
左に書くのは扱いとして変化しない数(定数)、右に書くのは変化する数を書くものです。
比例の式であっても y=Ax と書きますが(Aが比例定数) y=xAとは計算の都合上など何かの目的がない限り書きません。

りんごの場合はリンゴの値段はほぼ変わりません。
スーパーではリンゴの値段は毎日変わるようなものではありませんが、リンゴが買われる数は客が来るたび変わります。
表で書くときも、変化しないほうが左、変化する方を右にとって操作する方が見やすく計算もしやすいのです。

Shimpei Higashi さんのコメント...

「式の意味をしっかり意識させることが大切」と書かれてますけど、「xとyの関係を式に表しましょう」という問題文から、(正答)x×8=y、(誤答)8×x=y となるような意図を読み取れというのは論理的でしょうか。
y=x×8 と書いていたら一体どんな評価がもらえるのか気になるところです。
「xとyの関係を」と示してある以上これも間違いなのでしょうか。

整理して考察するよう促すという方針は有用に思いますが、「こういった風に整理して書くようにしてください」と指示をするならまだしも、「数式」は正しくも「表現」が異なったから誤答という扱いに関しては、数学(算数)と合理しないように感じます。

論理に合致しない解答方法が求められ、また、学問としての合理に沿わない理由で誤答とさせられるとき、彼らはそこに論理性や合理性を見いだせるのでしょうか。

数学ではなく、別の学問で扱われるようなテーマであるように思います。

uncorrelated さんのコメント...

>>土屋正人 さん
> 左に書くのは扱いとして変化しない数(定数)、右に書くのは変化する数を書くものです。

それはローカル・ルールで、数学的なルールではありませんね。

heyhey さんのコメント...

10円のチョコが100個売れたのも、100円のチョコが10個売れたのも同じ、と考えることがないように、
小2の掛算の始めから交換法則を習う前までの期間限定で、この立式を指導する理由は理解できるのですが。

思考過程を見るのなら、式の後ろに単位を書かせれば良いだけの話で、
xy=yxが成り立つ以上、式の順番だけで理解度をはかったり、
採点を変えたりすることに論理的な説明がつけられるとは思えませんね。

uncorrelated さんのコメント...

>>heyhey さん
>10円のチョコが100個売れたのも、100円のチョコが10個売れたのも同じ、と考えることがないように、

10円/個×100個=1000円、100円/個×10個=1000円と単位をつけて書かせればいいのです。
順番を定めるということは、100個×10円/個=1000円が間違いと教えることになります。おかしいですよね?

heyhey さんのコメント...

>>uncorrelatedさん
もちろんおっしゃるとおりで、この順番が正しいとか、間違っていると教えることは誤りです。

掛算の導入時に交換法則は習わないので、小学校2年生にわかりやすいように便宜上単位をつけ、
10円×100個=100個×10円である事を教えるための前段階としての指導なら理解できる、
と言う意味で、交換法則を教えたあとに順番をどうこう言うのは私もおかしいと考えています。

G3uKc.lBNPVI3RYeflkm0f4rAu4HvC0u さんのコメント...

掛け算の問題に関しては、順序を設けるのはおかしいと思います。
しかしコメント欄を見ていて気になったことがありました。

>△ABC≡△DEF≡△EFDだから何の問題もないかと。

合同記号(あるいは相似記号)というのは、対応する頂点の一致まで含めて、「等しい」となるルールなのではないでしょうか。そう習った記憶があります。
すなわち、△DEF≡△EFDは間違いなのではないでしょうか。
試験で、△ABC≡△DEFと書くべきところを、△ABC≡△EFDと書いても本当に正解になるのでしょうか?私の記憶では、この場合バツになった気がします。

uncorrelated さんのコメント...

>>G3uKc.lBNPVI3RYeflkm0f4rAu4HvC0u さん
二つの図形があって、片方に平行移動、回転移動、対称移動を行い、もう片方に重ねて一致させる事ができるときに、二つの図形は合同であると定義されているはずなので、問題ないと思います。

レーズンチョコ さんのコメント...

「合同」の定義はそうですが、「合同記号」はまた違うのでは?
つまり、「合同記号」は「2つの三角形が合同である」のみならず、「対応する頂点を合わせた時に重なる」ことも含んでいるのではないでしょうか。
指導要領や教科書でそう明記されているかどうかは分かりませんが、暗にそう指導されているのではないでしょうか。試験における採点基準も分かればよいのですが。また、「相似記号」についても同様に思います。
教科書は確認してませんが、中学2年の参考書では「記号を使って合同を表すときは,対応する頂点が同じ順に並ぶように書く」「合同を表す記号≡では、対応する頂点の順を同じ順序で並べる」といった記述が見られます。

uncorrelated さんのコメント...

>>レーズンチョコ さん
> 「合同記号」は「2つの三角形が合同である」のみならず、「対応する頂点を合わせた時に重なる」ことも含んでいるのではないでしょうか。

合同記号は合同を表すために使われているはずなので、そういう意味があれば、もはや合同記号ではありませんね。

レーズンチョコ さんのコメント...

その通りだと思います。つまり、"≡"の記号は、名称は「合同記号」ですが、単なる合同を表す記号ではなく、配置(頂点順序)も含めて等しいことを示す記号なのではないでしょうか。

土屋正人 さんのコメント...

>uncorrelated さん
仰るとおり厳密なルールではありませんね。
F=-kxも、E=RIも、A=πr^2も、こういう順序で書きますし、公式の順番でもローカルルールですよね。
y=AxのAを比例定数というのがルールですが、xを比例定数と扱って比例のはずが反比例になってもしょうがないですものね

あと、合同の三角形とはいえ頂点を対応させないと、例えば直角三角形だったらsin、cos、tanが変わってしまいますよ

uncorrelated さんのコメント...

>>土屋正人 さん
> 合同の三角形とはいえ頂点を対応させないと、例えば直角三角形だったらsin、cos、tanが変わってしまいますよ

合同の定義からすると、別に問題ないように思えます。

Shinji Yamaguchi さんのコメント...

なんでもいいけどさ、先の理論を理解している人が、先の理論を理解していない立場で考えてないからごちゃごちゃしてるんでしょ。
正直こんなネタでいつまでも盛り上がってるのがバカみたい。
結果があってればいい、なんていう風潮だから頭でっかちの応用力のない子供が増えたんでしょ。

uncorrelated さんのコメント...

>>Shinji Yamaguchi さん
> 結果があってればいい、なんていう風潮だから頭でっかちの応用力のない子供が増えたんでしょ。

順番を指定しても結果的に答えは同じなのですが、順番を指定する根拠が全く無いと言う過程軽視だから困るのです。
勝手に単価と個数の位置を指定しているだけで、単価×個数でも個数×単価でも同じですからね。

レーズンチョコ さんのコメント...

uncorrelatedさん
積の定義から考えれば、順番を指定した指導にも意味があるかもしれません。

>順番を指定しても結果的に答えは同じなのですが、順番を指定する根拠が全く無いと言う過程軽視だから困るのです。
勝手に単価と個数の位置を指定しているだけで、単価×個数でも個数×単価でも同じですからね。

「結果的に答えは同じ」なのは文字通り結果論なのであって、「単価a円のものをb個買ったという事象をa×bと表す」と定義した場合、b×aと書くと、「単価b円のものをa個買った」という意味になり、別の事象になります。ですからそこに順番を指定する根拠があります。
次に、「交換法則(可換則)を教えた上で“掛算の順序にこだわる教え方"」が正当かどうかですが、交換法則が成立したことが分かったからといって、定義が変わるわけではないでしょう。交換法則と定義は別です。なので、交換法則によりa×bとb×aの「値」はたまたま同じになりますが、積の定義上、「単価a円のものをb個買ったという事象」を表示しているのはやはりa×bの方が正しい、ということになります。

もちろん、最初の定義は「単価×個数」でも「個数×単価」でもどちらでもいいのですが、いずれか一方を定義に選ばなければいけませんし、一旦定義したら、それ以降はその定義に従わなければなりません。そして一般に日本の教育では、「単価×個数」の定義で統一されている、ということだと思います。

そう考えると、a×bを正解としてb×aを不正解にする理由は、「単価×個数」を「個数×単価」と書いたからではなく、「a円×b個」という問に対し「b円×a個」という、全く意味の違う立式をしてしまっていることになるからです。上記の「怪しい授業ガイド」が言っているのもそういうことでしょう。

「定義に従った立式ができているか」というのは重要な観点であり、それをチェックする教育方針が取られているのでしょう。だから「オカルト教育」と批難するようなことではなく、ちゃんと根拠と理のある教育と言えるでしょう。授業でそういう定義をきちんと教えているのであれば、学校の定期考査くらいなら採点基準も教師の裁量に任せればいいのではないかと思います。
(入試レベルになると、本当に「全国で定義が統一されているか」とか帰国子女の問題もありますから、逆の順序の立式をしていても大目に見て正解にすべきだと思いますし、おそらくそういう場面では正解としているでしょう)

uncorrelated さんのコメント...

>>レーズンチョコ さん
定義を言い出すと、例えばx円のノート8冊の代金はx+x+x+x+x+x+x+x円だから、そもそも最初の式に×が含まれていると間違いになりそうですね。8×xかx×8と書いた段階で、既に過程が省略されている面もあります。

かけ算記号の前後において単価と数量を記す順番はルールとしてはありません。単価×数量でも、数量×単価でも良いわけです。ですから数字の順番で理解を見るのは、愚かしいことになります。

レーズンチョコ さんのコメント...

uncorrelatedさん

>定義を言い出すと、例えばx円のノート8冊の代金はx+x+x+x+x+x+x+x円だから、そもそも最初の式に×が含まれていると間違いになりそうですね。8×xかx×8と書いた段階で、既に過程が省略されている面もあります。

つまり、x×8 という表式の定義は、あくまで、x+x+x+x+x+x+x+xの「略式」であるという記法です。乗算は和の拡張といいますか、あくまで定義は、冗長な和の演算の省略表記です。そうすると、8×xは8+8+8+8+・・・(x個)という意味であり、x×8とは違います。我々は日常の経験からこれらが同じ値になることを既に知っているわけですが、これは果たして自明なことでしょうか?xが途方もなく大きな数であっても、あるいは一般にどんなa×bでも成立することを、みなさん簡単に証明できるでしょうか?要するに可換性の証明に他なりませんが、整数論的に証明するのは予備知識がなければ結構骨が折れますよ。
結果的には交換法則が成り立つとは言っても、(小中学校における)積の定義はあくまで上記の通りでしょう。

>かけ算記号の前後において単価と数量を記す順番はルールとしてはありません。単価×数量でも、数量×単価でも良いわけです。

「単価と数量を記す順番」というより、起源は、a+a+a+a+・・・=a×bという記法です。「単価a円のものがb個ある」という場合、
その合計はa+a+a+・・・=a×bと書くのが当然であって、b+b+b+・・・・=b×aではおかしいでしょう。無理やり解釈すれば「単位円当たりの個数」を「価格倍」しているという計算をしていることになりますが、本問題設定では極めて不自然です。

また、b×aの言い訳として、
a+a+a+・・・
=a×b
=b×a
=ab
という計算(3行目は交換法則による)をして、2行目を省略したのだという強弁も可能でしょうが、わざわざ順序を入れ替える意味もありませんし、教師が日頃から「定義に沿った立式ができているか確かめるために、順序に注意しなさい」と指導しているのであれば、それに従うべきであり、勝手に省略したり順序を入れ替えたりしたら不正解とされても仕方ないのではないでしょうか。
(そういう説明や指導を何もせず、交換法則だけ当たり前のように教えた上で不正解とするなら、学生は混乱するでしょうからそれはよくないと思います)

>ですから数字の順番で理解を見るのは、愚かしいことになります。

ベクトル外積のA×Bや、行列同士の積のように、一般に積には順番があります。(自然数の)四則演算における積も、a×b≡a+a+a・・・(b個)が積の定義であり、b+b+b+・・・(a個)ではない(たまたま計算結果は同じになるが)と理解すれば、この指導法の意味や目的が明白だと思います。

uncorrelated さんのコメント...

>> レーズンチョコ さん
> そうすると、8×xは8+8+8+8+・・・(x個)という意味であり、x×8とは違います。

そんなことはありません。8+8+・・・+8が8×xと書けるのは数学的に同値だからで、x×8も同値なのだから同じ扱いにしないといけません。

> その合計はa+a+a+・・・=a×bと書くのが当然であって、b+b+b+・・・・=b×aではおかしいでしょう。

その考えがおかしいですよ。a+a+a+・・・=b×aと書ける訳ですから

> という計算(3行目は交換法則による)をして、2行目を省略したのだという強弁も可能でしょう

8+8+・・・+8=x×8は、一度8×xとしなくても書けます。ローカル・ルールを適用しない限り、どちらが最初に出てくる式と言うわけでもないのです。

> ベクトル外積のA×Bや、行列同士の積のように、一般に積には順番があります。

実数空間上のスカラー積の話をしているはずですから、他の非可換な積は関係の無い議論です。

レーズンチョコ さんのコメント...

uncorrelated さん

>そんなことはありません。8+8+・・・+8が8×xと書けるのは数学的に同値だからで、x×8も同値なのだから同じ扱いにしないといけません。

8+8+・・・+8が8×xと書けるのは、それが定義そのものだからです。その値がx×8と等しくなるのは、交換法則が成り立つ場合ですが、交換法則が成り立つかどうかは自明ではありません。

>その考えがおかしいですよ。a+a+a+・・・=b×aと書ける訳ですから

交換法則を一度用いればそうも書けますが、定義から直接は書けません。

> 8+8+・・・+8=x×8は、一度8×xとしなくても書けます。

なぜですか? 交換法則を用いなければ、そうは書けないはずですが。

uncorrelated さんのコメント...

>>レーズンチョコ さん
> 8+8+・・・+8が8×xと書けるのは、それが定義そのものだからです。

定義は8+8+・・・+8で、それを整理したのが8×xですから、x×8と整理してもよいのです。

レーズンチョコ さんのコメント...

uncorrelatedさん

>定義は8+8+・・・+8で、それを整理したのが8×xですから、x×8と整理してもよいのです。

8+8+・・・+8を8×xと表記する、というのが積の定義でしょう。
すなわち、8×x≡8+8+・・・+8
記号は何でもよいのです。
たとえば、[8,x]≡8+8+・・・+8
という記法を発明して定義してもよい。しかしその時、
[x,8]はx+x+x+x+x+x+x+xとなるのであって、それが[8,x]と同じかどうかは交換法則を証明するまでは分かりません。

だから、「8+8+・・・+8を定義に則して表示せよ」と出題されたら、[8,x]と答えるべきであり、[x,8]と答えるのは間違いだということになります。[x,8]は、結果的に「値」としては同じであるが、「定義に則した表示」ではないということです。

uncorrelated さんのコメント...

>>レーズンチョコさん
> 8+8+・・・+8を8×xと表記する、というのが積の定義でしょう。

積の定義では、8×xとx×8のどちらがとも言えないです。例えば英語版のwikipediaを見てみると、例として3×4=3+3+3+3としているケース、3×4=4+4+4としているケースの両方が紹介されていますね。

レーズンチョコ さんのコメント...

uncorrelatedさん

>積の定義では、8×xとx×8のどちらがとも言えないです。例えば英語版のwikipediaを見てみると、例として3×4=3+3+3+3としているケース、3×4=4+4+4としているケースの両方が紹介されていますね。

もちろんどちらで定義をしてもいいのですが、両方で同時に定義するわけにいきません(だから交換法則の証明が必要になる)。どちらか一方を選んで定義とし、他方は定理として証明対象になります。 そして日本の小中学教育では、3×4=4+4+4ではなく3×4=3+3+3+3の方を定義としている、ということだと思います。

>英語版のwikipedia

uncorrelatedさんがしきりに「ローカル・ルール」と仰っている意味がよく分からなかったのですが、「国際的ルールではなく日本のルール」という意味なら、そんなものはたくさんあります。 たとえば、合同記号"≡"も、英語版Wikipediaを見ると、三角形の合同を表すのには使っていないようです。 三角形の合同は「=の上に~を書いた記号」で表しています。"≡"を使う例は見当たりません。このような違いは他にもたくさんありますが(割り算記号も小数表記も国によって違う)、国によって違うのが当たり前です。文化も慣習も違いますから。記号だけでなく、論理構成においても、何を定義、公理として出発し、何を導かれるべき定理やその系とするかも、色々な流儀が存在し、国によって違います。

ところで、日本版Wikipediaの「乗算」では、 「定義」の項で、「(いずれも 0 でない)自然数 m と n に対して、m を n 個分加えた数 m+m+・・・+m を m × n, m · n, mn などのように書いて m に n を掛けた数とか m と n の積、m 掛ける n などという。」と定義しています。 また、「言語によってはその自然な語順から、同じく m を n 個分加えた数を n × m, n · m, nm などのように上と逆順に記す場合もある(たとえば英語では n × m を n times m すなわち n 回の m と読む)。」 と説明しています。 つまり、「言語によって」はn×mと定義することもあるが、日本ではm×nと定義するのが普通だということだと思います。

uncorrelated さんのコメント...

>>レーズンチョコ さん
> もちろんどちらで定義をしてもいいのですが

任意に定義を採用できるのであれば、順番などないも同じですよね。論が破綻していますよ。

レーズンチョコ さんのコメント...

uncorrelated さん

>任意に定義を採用できるのであれば、順番などないも同じですよね。論が破綻していますよ。

任意に定義は採用できますが(極論すれば定義する側の勝手であり、何だって定義できる。8♡xと定義したっていい)、一度決めた定義(教科書に書かれている定義や、授業で教えられた定義)には従わないといけないということです。いつ何時でも任意に変えていいってことではありません。

学者が論文を執筆する際なら、論文の最初で独自の定義を明示し、それ以降それを使うということも許されるでしょう。しかし小中学生がテストの中で勝手に定義を変えてしまうことは許されません。
もっとも、「『私は3+3+3+3を4×3と表記すると定義する』とことわった上で、(3+3+3+3=)4×3=12」と解答するなら、私なら正解にします。しかし一般には「勝手に定義するな、定義を変えるな」と怒られるでしょう。
大学入試ではもう少し緩いかもしれません。ベクトルの内積も、a・bという表記を学校では習いますが、を使いたければ、解答用紙に「ベクトルaとbの内積をと表す」と一言ことわってから使えば問題ないでしょう(確証はありません。私が採点者なら正解にしますが、高校の教科書の範囲ではないということで不正解にする人もいるかも)。しかし黙って使ったら、不正解となるリスクは格段に増えます。
一般的でない(その人の置かれた環境で)独自の定義を採用する場合は、少なくとも最初にその定義を明示しないといけません。そしてそういう独自の定義をする権限も、小中学生には与えられないことが多いでしょう。

uncorrelated さんのコメント...

>>レーズンチョコさん
> 一度決めた定義(教科書に書かれている定義や、授業で教えられた定義)には従わないといけないということです。

一般に数学では、どちらで定義してもいい事になっていますね。
小学校の学習指導要領でも、どちらで定義すべきとも書いていないわけですし、順番を決めると教員や教科書のローカルルールになります。

レーズンチョコさんが指摘する「一度決めた定義(教科書に書かれている定義や、授業で教えられた定義)」が非一般的な独りよがりだから問題だと数学者が指摘しているわけで、教科書や教員が言うから正しいは最初から論点がおかしくなっています。

nekoneko catcat さんのコメント...

去年の話題なのですが、読んでいて気になったのでコメントを書かせてもらいます。
先ずガイドの「『式の意味を意識させる』ために文章どおりの順序で書くことを推奨する。」という内容ですが、現場の先生たちは本当にこのガイドの通りに指導・採点を行っているのでしょうか?というのも、掛け算・割り算の指導を線分図やアレー図などを用いて指導しているはずですが、その指導方法によれば、文章→図的イメージ→立式という流れが理想であり、図化された後の掛け算の順序はあまり意味の内容に思えます。
初任者などがこのガイドをもとに自身を持って授業が行われていないか心配になります。
中学生の過不足算においても「不足する→マイナス」・「余る→王ラス」などと安直に考えてしまう生徒が多いのはこのような、「文章から直接立式する」指導がなされているのも原因のひとつなのかもしれないと考えると、このガイドの罪は軽くないと思います。
 また、「順序の必要性」についてたくさんの方が論じられていますが、「学位論文」とか「合同証明」とか仰られていますが、小学生が「なるほど!そういう意味があるんだ!」と思える説明ができなければどれも現場としてはNGだと思うのですが…。

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