2013年11月1日金曜日

人生にある罠としての「線形代数と群の表現Ⅰ」

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文系から見て謎な理系単語は幾つもあるが、その一つに「群」があると思う。歴史はガロアにまで遡るので浅くは無いが、社会科学分野では広く利用されているとは言えないので、大半の文系には縁が薄い。しかしSNSで定期的に目にする単語でもある。NHKの「オックスフォード白熱教室 第2回 シンメトリーのモンスターを追え」も群論の話だった。概要ぐらい知りたいところだ。

そういう動機でまず、図解・わかる○○○的な志賀浩二(1989)『群論への30講』を手にとってみた。しかし志賀(1989)は群論の基本的な概念や幾つかの具体的な群を丁寧に説明しているものの、応用につながる議論は薄い。群環と表現の部分も線形代数っぽい話に展開していくような雰囲気を出しつつ、少年ジャンプの連載打ち切り的な展開で終了してしまった。

本格的に群論を学ぶ気は無かったので志賀(1989)に特に不満は無かったが、SNSとは怖いところで『次に読む本としては、平井武(2001)「線形代数と群の表現Ⅰ・Ⅱ」がお勧めです』とささやく声がする。二冊で9030円か~とケチ臭い私は思ったのだが、とりあえずⅠを図書館から借りてきて読み進めることにした。値段を確認する必要は無かった。

さて、「線形代数と群の表現Ⅰ」は高等学校高学年程度の数学の素養の人間に表現論を叩き込むと言う野心的なテキストになっている。つまり群を線形写像の行列として表現する事を説明するために、群論と線形代数の説明を行った上に表現論が説明される。第Ⅰ部で群論の説明に使った二面体群と多面体群を使って第Ⅲ部で表現の具体例を説明するので、似たような概念を何度か復習することになり記憶の定着には良さそうだ。

もっとも高校生で読めると言うことになっているが、大学数学レベルの予備知識はあったほうが良さそうだ。固有値、ヒルベルト空間と言った単語が出てくるので、明らかに22ページ弱の線形代数の説明は十分であるとは言い難い。余因子展開やヒルベルト-シュミットの直交法などを知ってい無いと、詰まりそうな部分があった。位相などもちょっと出てくるが、少なくとも詳しい説明は与えられていない。

また、御愛嬌と言うことろであろうが、日本語の意味を取りづらい所がある。「部分空間を張る」と言うような言い回しが出てくるが、行列も勉強していない高校生は説明無しでは混乱するかも知れない。さらに、説明の無い記号が幾つかあった。問題2.2は何が問題なのかが文章からは分からない。「閑話休題」は余談から本論に戻るという意味だが、余談を示す熟語として使われている。監修と編集は熱心に仕事をしなかったようだ。

志賀(1989)と比較すると、表現論につなげるために構成されているので、志賀(1989)ではそれなり説明していたSylow群は半ページで終わった。コーシーの定理も触れていないし、位相群の独立した説明はほぼ無かった。逆に多面体群の議論が詳細で、ヤング図形も出てくるし、対称群、交代群、巡回群、単純群、交換子群の関係を問題解いてしっかり覚えるという風になっていて、味付けに差を感じる。講義資料がベースらしいし、より教科書的と言うことなのであろう。また、ユークリッド空間の運動群で半直積分解が説明されている所などは、より物理への応用を意識しているように感じる。

何はともあれ定理と証明と問題を追いかけていけば、群論と表現論の基礎的な知識を身に付けることは出来ると思う。独習者のために問題の回答が用意されていればとも思うが、今の時代は検索をすればヒントぐらいは出てくる事も多いし、無くとも何とかなるであろう。ああ、でも模範解答は欲しい。声の主の御支援が無ければ、一通り目を通すことはできなかったかも知れない。

続きの「線形代数と群の表現Ⅱ」は物理モデルへの応用が説明されるようだ。現在の物理理論は群論病(gruppenpest)*1と言うぐらい群論とその表現を駆使しているので、群論と表現論を学ぶ王道コースになっているのだと思う。そういう意味では物理学を専攻している学部生が読むと良い本になっているようだ。しかし社会科学系の人々には、ちょっと冗長な知識かも知れない。Ⅱを読み進める自信がわきません(´・ω・`)ムズー

*1Gruppenpest in nLabに、以下のように解説されている:

1920年代の後半、ユージン・ウィグナーは、例えば原子スペクトルの分析など、群論と表現論が量子力学の分析で果たす役割を強調していた。多くの群とその表現の量子物理学への応用が多かれ少なかれ以前より明確に見られる一方で、ウィグナーは数学の形式主義を十分明確に確立する立場をとった。

この姿勢は数学の形式主義が物理には不要だと感じている何人かの同僚にはよく受けられなかった。特にエルヴィン・シュレーディンガーは、所謂捨て去るべき群論病(gruppenpest)にかかっていると言われた。

最終的に基礎物理理論においてこの種の抵抗は消え去り、基礎理論物理ではヘルマン・ワイルによって導入されたポアンカレ群のユニタリー表現による素粒子の分類や、ゲージ群の表現によって与えられた同伴束(associated bundle)に関するゲージ理論の説明において、その反対の変化が起きた。今日では物理理論を知ろうとする人がほとんど最初に学ぶことは、ゲージ群とその表現が果たす役割である。

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