2013年6月10日月曜日

慰安婦問題で歴史家が政治を実行する

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慰安婦問題に関して橋下大阪市長に、中央大教授の吉見義明氏が公開質問状を出した(アジア女性資料センター)。

既に慰安所は許されない、不明点は歴史家に任せたいと言った橋下氏は、吉見発言への誤解だけ謝罪・訂正して後は言及しないと思われるが、この公開質問状は論点整理として興味深いので一読の価値はあると思う。しかし、最初の質問が政治的過ぎる。

1. 元慰安婦の謝罪等請求控訴事件が冒頭に上げられる

最初の質問では、元慰安婦の宋神道氏が起こした裁判で、裁判所が強制的に従軍慰安婦にされた事を認定しているとし、それを知っているか橋下氏に問いかけている。宋神道氏は家出少女だったのだが、他の朝鮮人に騙されて慰安所に連れて行かれ、売春行為を強制されたと主張している。

2. 重大な人権侵害行為の推認根拠は弱い

この裁判で裁判所が重大な人権侵害行為を認めたことは確かだが、クマラスワミ報告書、マクドゥーガル報告書を理由に、推認しているに過ぎない。この二つの報告書は物証に事欠くようで、裁判所の推認も同様という事になる。また、この推認は判決をサポートしているわけではなく、余談に近い。

3. 判決文の全体は、橋下大阪市長の主張をサポートする

さらに判決文*1を良く読んでいくと、日本政府の直接の人身売買関与に疑問があり、日韓共同の歴史研究が必要と言う橋下主張を支持する部分も少なく無い。

旧日本軍が直接運営していた事は否定されている。

旧日本軍と民間業者の関係は、軍の管理する土地における民間の慰安所経営者に対する営業許可という行政処分があったと認められるが、現実の慰安所における慰安行為ないし売春行為に旧日本軍の公権的監督が日常的に及んでいたとまでは認められず、旧日本軍と慰安所経営者との間には、慰安所の設備と営業を軍が専属的かつ継続的に利用するといういわば専属的営業利用契約に相当するいわゆる下請的継続的契約関係があったものと推認するのが相当である。

旧日本軍が原告の慰安婦を徴用したり、慰安婦に売春を強要した事も否定されている。

控訴人の所属していた慰安所の場合においては、従軍慰安婦との関係では、従軍慰安婦を直接徴用したとか、これに強制売春を強いるような直接の公権力関係又は契約関係があったと認めることはできず、また、控訴人自身が旧日本軍ないし日本国の機関によって慰安所に強制連行されたり、徴用されたと認めることもできない。

国際法、つまり、奴隷条約とその国際慣習法に照らし合わせても、

従軍慰安婦が当時成立していたと認められる奴隷条約に関する国際慣習法上の奴隷に当たるとは認められず

と違法行為であったとは認めていない。

偶発的な個別事件の可能性は認めているのだが、組織的に強姦行為を行っていたことは否定されている。もちろん偶発的な個別事件の防止策をとらなかった事は、道義的に問題がある。しかし、当時の公娼制度そのものに問題があり、朝鮮人慰安婦だけにある悲劇ではなかったようだ。吉見氏も以下のように質問状で言及している。

公娼制度の実態をみると、女性は居住の自由がなく、外出の自由も1933年までは認められず、自由廃業の規定があったにもかかわらず、前借金に縛られて廃業することができませんでした

隣国では慰安所は朝鮮人への差別行為だったように思われている気もするのだが、そうとは言えないようだ。

4. 宋氏敗訴から司法は吉見主張を否定している

宋神道氏の裁判は、宋氏敗訴で確定している。吉見氏は「日本国は、現在においても、被害者の人権を回復すべき責任を負っているのではありませんか」と主張するが、吉見氏が言及した裁判で、司法はそうではないと判断している。あくまで法解釈の上での話しになるわけだが。

5. 慰安所にある人権侵害的な側面は橋下氏も認めている

吉見氏は宋神道氏が慰安婦をやめる事ができなかった事に、日本政府の責任があるとしているようだ。しかし、この点に関しては、橋下氏も先日の日本外国特派員協会での記者会見で、日本政府は慰安婦に謝罪と遺憾の意を伝えるべきとしており、争点にならない。

6. 歴史家が裁判所の権威を摘み食い

吉見氏は長い判決文の一部分を恣意的に抽出し、裁判所の権威を摘み食いしたわけだ。慰安婦制度が反人道的で人権侵害だと言う主張は分からなくも無いが、こういう情緒的な政治活動が不満や疑惑を呼んでいるように思える。そして歴史家であれば史料を前面に出すべきで、つい最近の判例を根拠にすべきでは無いように思えるのだが。

*1『謝罪等請求控訴事件 東京高裁平成一一年(ネ)第五三三三号 平成12年11月30日民一六部判決』を参照した。

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