2012年8月2日木曜日

企業部門の貯蓄増加についての簡単な考察

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「企業には貯蓄など無い」と書いてから、@himaginary_氏から色々とコメントを頂いているのだが誤解されていそうな面もあるので、発言の意図を明確にしてみたい。

つまり、(1)企業の現金資産と内部留保が増加する事は、投資家から見ると再投資の側面があるので、企業の「貯蓄」と言うより預かり金に近い。(2)企業の設備投資意欲の減退は、企業の貯蓄増加と投資家の過剰投資のどちらで表現しても同じ現象である。(1)と(2)の意味で、ここ数日の少子高齢化の議論とは強い関連が無い。

ただし、現金資産と内部留保の増加を投資家の過剰投資と表現すれば、なぜ投資しないかと言うより、なぜ配当を行わないかと言う観点を持ちやすくはなると思う。Diamond(1965)*1の議論に従えば、少子高齢化は投資量の減少をもたらすはずで、むしろ配当と消費の拡大が行われない方が疑問だからだ。

1.「企業には貯蓄など無い」と書いた理由

himaginary氏に国民経済計算の可処分所得の使用勘定に、非金融法人企業の貯蓄(純)があると指摘されている。この指摘は的確だと思うが、しかし、それは直観的な意味で「貯蓄」になるのであろうか?

大雑把に貯蓄(純)は、利子、税金、配当、社会保険料などが引いてある純可処分所得と言う事になる。だから貯蓄(純)は、現金に近い資産を増やし、内部留保という資本を増やすと考えて良いはずだ。つまり企業から見ると現金資産の増加で、投資家から見ると「投資」に過ぎない。

投資家から見ると企業の純貯蓄は配当の再投資と同じ事になる。しかも、現金保有のままでは配当圧力がかかる事になるので、預かり金に近い性質を持つ。この意味において、企業の内部留保と家計貯蓄は大差なく、「企業には貯蓄など無い」事になる。

2. 企業部門の過少投資は、家計部門の過剰投資

ここで少し論を発展させて、日本の企業部門の過少投資に関して考えよう。投資家は企業に再投資を行っている一方で、企業が設備投資を行わない状況が続いている。

『失われた20年』と日本経済」では、TFP上昇率の低迷が企業が設備投資を低下させていると主張している。技術革新が足りないので、設備投資ができず、需要低迷しているわけだ。

この見解には説得力があるのだが違う見方も出来る。つまり、配当を要求していないと言う意味で、家計部門が投資収益率の低い企業に過剰投資を行っている。

3. 生産年齢人口の減少は、資本収益率を低下させるが・・・

Diamond(1965)によると、人口増加率の減少は、資本収益率を低下させ、金利を低迷させる*2。技術革新無しでは過剰資本が削減されて行くわけだ。1995年頃から生産年齢人口は減少を開始しており、不動産などは将来価値の下落を見越してか、既に大幅に価格が下落している。現在の企業投資の減退に、意外性はない。

ただし、発生している状況は、理論的に恐らく自明でもない。Diamond(1965)では人々はライフサイクル仮説に従って消費を行う為、過剰資本の削減は消費の増加を意味する。しかし、実際には高所得者は人生でお金を遣いきろうと言う意欲に欠ける面もある*3。配当性向を見ても、2007年で3割と、欧米の4割と比較しても低い。

4. ここ数日間の議論には大きな関連は無い

「企業には貯蓄など無い」で言いたかったのは、国民経済計算における用語定義からは逸脱しているが、企業の現金資産と内部留保の増加は、企業の貯蓄と言うより出資者からの預かり金に性質が近いと言う事だ。

表現上の問題に過ぎないので、ここ数日間の議論には大きな関連は無い。稲作経済の剰余米の話は、家計部門の貯蓄と解釈しても、企業部門の余剰資本と解釈しても同じ事になる。高齢者の投資先の企業が内部留保を溜め込んでいるのと、高齢者がゆうちょ銀行に貯金を持っているのも、究極の貯蓄主体が高齢者と言う意味では大差ないとは書いたが*4

ただし表現を変えることで、企業部門が問題を抱えていると言うよりも、家計部門が問題を抱えているように思えてくるはずだ。企業が過少投資である事よりも、家計が過少消費である事の方が奇妙に思えてくる。これはもちろん、技術革新の重要性を否定するものではなく、また企業がキャッシュ・リッチである合理性を否定するものでもない。

*1Diamond, P.A. (1965) "National Debt in a Neoclassical Growth Model," American Economic Review, Vol.55, pp.1126-50.

*2世代重複モデルで見る少子高齢化と利子率」を参照

*3相続財産は毎年50兆円を超えていると思われ(宮本(2010) 図表1)、平成22年度年次経済財政報告の記述では「70歳以上では・・・消費性向は100%前後であり、貯蓄は取り崩していない」とある。

*4消したツイートはこのエントリーの(1)~(3)の趣旨に近い内容だった。なお、@himaginary_氏が指摘したツイートは一連のツイートの中の一部で、ツイート自体の表現に誤解されそうな部分がある一方で、なぜかこのブログのエントリーのソーシャル・ブックマークであわせて論評されて誤解を招きそうだったので削除した。別にブロックしているわけでもないし、違う話のエントリーで混ぜて議論しなくてもと思うのだが、氏はTwitterでやり取りする事は好まないようだ。

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