2012年2月25日土曜日

モラルハザードが防止できない日本

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『ブラック企業と旧日本軍』(ワタミ化と東南アジア化)」と言うブログのエントリーで、日本の飲食産業で従業員のモラルハザードが発生していない事を、村社会構造の組織であるゆえだと「村社会構造の組織」と批評している。興味深いが、問題の側面を良く表していない。過去の労働運動などが考察されていないと言う指摘があったが、労働組合が雇用主の“モラルハザード”を防止してきたと言う観点が無いからだ。

1. 雇用主のモラルハザードもある

モラルハザードは、狭義には事前に結ばれた契約が、契約通りに進められていない現象を指す。広義には倫理的・道徳的に許されない行為を行う事も入るであろう。

就職後の従業員の行動で見れば、上述のエントリーで指摘している通り、就業中の怠慢などを指すことになる。採用後の会社の行動で見れば、従業員に与える業務の量が労働基準法で許される範囲であるかが問題になる。

三六協定に従った労働条件だからモラルハザードではないと思うかも知れないが、三六協定は一方的に会社有利に設定されている事があり、判例でも重視されない(弁護士松丸正の過労死・過労自殺事件ノート))。過労死が存在するのは、雇用主が従業員に過剰な労働を押し付けるモラルハザードが発生している何よりの証拠だ。

2. 従業員のモラルハザードは防ぎやすい

外食産業において会社から従業員を見ると、近年は完備契約に近い状態のようだ。オペレーションはマニュアル化されており、従業員の裁量余地は低い。また、お客様アンケート、匿名のエージェント、監視カメラなどの技術革新もされている。くら寿司では全店舗に監視カメラがあり、本部から全店舗を監視しているそうだ。しかし、従業員から会社を見ると、完備契約とは言えない面が多い。

3. 雇用主のモラルハザードは防ぎづらい

入社してみて労働量が著しく多い場合、従業員は離職をする事ができる。しかし、転職は時間的、金銭的なコストがかかる上に、転職先の待遇が良いとは限らないリスクもある。労働契約の内容が実は一方的に雇用主有利になっていても、従業員が気付いていないケースも多い。さらに労働時間が長すぎると正常な判断ができなくなるケースもあり、自殺者が出るケースもある。入社後に会社側のモラルハザードが発覚しても、従業員は我慢する事が多いのだ。

追記(2012/02/25 17:00):労働量の他、雇用主の安全配慮義務などの方がモラルハザードが起きやすいかも知れない。実際に事故が発生するまで、危険性が明確に認識できないためだ。

4. 雇用主のモラルハザードは市場競争が厳しいせいか?

市場競争が厳しく、従業員に長時間労働を強いる必要があると主張する人もいる。なるほど、企業が傾いてしまえば労働者は職を失う。経営に協力的な労働者の方が、最終的には得をするケースも多いのであろう。しかし、シフト制で時間外労働時間が月100時間もあれば、何かおかしい事になっている。

そもそも残業時間が100時間を越えるようであれば、勤務外手当を考えるとアルバイト等の人員を補充するべき状況になっている。しかし経営体力がある会社でも、人員補充に消極的などころか、作業量の削減などの措置を取らないケースもある。ワタミの件でも残業に加えて休日の研修が負担になっていたと報道されている。研修内容は人生訓やバングラディッシュ援助の話が多いとされているが、それは過労死寸前の従業員に必要な“研修”なのであろうか。

過労で睡眠不足にさせて判断能力を奪い教義(経営者の人生訓)を吹き込むのはカルト教団の方法で、摩擦の無い競争的な労働市場の企業行動とは言えない。

5. 機能しない労働基準法

このように雇用主と従業員の間には各種の非対称性がある。日本特有の問題では無いので、資本主義社会の構造的な特色だ。過労による自殺も、英国や米国でも報告されている(過労死・過労自殺をめぐる日米比較(森岡孝二))。

労働基準法は、この非対称性から来る悪劣な労働環境を是正するためにある。しかし、全ての業種で機能しているとは言い難い。日本の労働法は企業別労働組合を前提としているためだ。雇用主は残業をさせるのに、労働組合もしくは“労働者の代表”と三六協定を結ぶ必要がある。問題になっているワタミ(株)には労働組合が存在しない。月120時間の残業を認めた“労働者の代表”は誰なのであろうか。休日研修を勤務時間に含めている気配も無い。

制度的には、労働組合と雇用主の拮抗を促すものになっている。ゆえに労働組合が存在しないと雇用主が一方的に振舞うので、従業員の権利が維持できない。労働基準監督署に訴え出れば状況は改善すると思うが、退職に追い込まれるケースもあるようだ。ワタミでも残業時間の切捨て措置の問題を告発したアルバイト社員が報復解雇されたとの報道もある。

追記(2012/02/25 15:00):労働組合が存在しても、それに非加入の臨時雇用者を保護するモチベーションを持たないため、経営者と労働組合が結託して臨時雇用者の労働環境を悪化させる可能性もある。派遣社員などを含む臨時雇用者の権利保護も、課題としてあげられる。

6. 労働組合が組織されない理由

工場であれば労働者は一箇所に集中しており、その組織化は容易だ。しかし、サービス業では営業地点が拡散するために組織化が難しくなっている。ワタミフードサービス(飲食店部門)には2011年度で常時雇用1701名・臨時雇用8745名(8時間1名換算)の従業員がいるが、646店舗もあるため、1店舗あたりだと16名しかいない。特に正社員は2~4名しかいないわけだ。サービス業とパートタイマーの増加は、現状の労働基準法の前提条件を覆してしまった。そして会社規模が小さいスタートアップ企業は、雇用主も従業員も労働法に疎いのが現状だ。

7. 三六協定無しの残業ルールを

産業構造の変化による労働組合の衰退が、雇用主のモラルハザードを防止する事を難しくしている。雇用情勢が良くなくなれば転職のコストが低下するために状況は改善すると言う指摘もあるが、雇用情勢が悪いと会社側のモラルハザードを防止できない社会も問題であろう。

どうすれば良いか? ─ 労働組合が存在しない企業のために、“標準の残業ルール”を設ければよい。つまり、労働組合が存在しない場合は雇用主と従業員が適切な三六協定を結ぶことができないのだから、政府が一律のルールを設定する。上述の雇用主と従業員の非対称性は、従業員が自らの権利を理解していない事が大きな問題になる。標準ルールがあれば、従業員の権利主張も容易になる。また、業界全体で甘めの(労働組合無しの)三六協定を作っている場合は、個別の企業が自発的に労働環境の改善を行う事が難しいが、“標準の残業ルール”の一律適用であれば大きな問題が発生しない。

労働争議の歴史を見ると、三六協定の締結が困難であるようには思えないかも知れないが、実際には年々機能しなくなって来ている。経済構造が大きく変化して行く中では、労働法も現実にあわせて変化していく必要がある。

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