2011年11月9日水曜日

比較優位で考える、ソフトウェア開発現場でダメ人間がプロデューサをする理由

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ソフトウェア開発現場で往々にして、恐らく貴方の職場でも、ダメ人間がプロジェクト・マネージャやプロデューサ、もしくはコンサルタントをしている光景を見かける事だと思う。何故、ダメ人間が指示命令する立場にあるのであろうか? ─ リカードの比較優位がその理由を教えてくれる。

1. 普通の人間Aさんと、妄想癖のある人間Bさんのチーム

普通の人間Aさんと、妄想癖のある人間Bさんが現場にいるとする。プログラム作成と企画業務が、タスクとして存在する。Aさんは論理的にモノを考えられるので、プログラムも企画業務もできる。Bさんは妄想癖があるので、プログラムを組むと生産性が極端に低く、企画業務も普通にダメだ。

このとき、AさんとBさんが同じようにプログラム作成と企画業務を行うと、Bさんが行ったプログラム作成がプロジェクトに致命的な結果をもたらし、破綻する。そこでAさんがプログラムを担当し、Bさんが企画業務を担当すると、プロジェクトが混乱するものの、かろうじて破綻は免れる。Aさんがプログラマ、Bさんがプロデューサであるのが、最も成果物が大きくなる。

2. AさんBさんチームを経済学用語で説明する

経済学用語で説明すれば、AさんはBさんに対して、プログラム作成でも企画業務でも絶対優位を持つと言う。Bさんはどちらも絶対劣位ではあるが、どちらかと言うと企画業務の方がマシだ。これを比較優位と言う。不幸な事にプロジェクトでは人手が足りないので、Aさんだけが仕事をしていても間に合わないから、Bさんにも仕事を割り振る必要がある。そう、Bさんがプロデューサなのは、Bさんにも仕事を割り振る必要があって、プログラムを組ませるより企画業務をさせる方がマシだからだ。

3. AさんとBさんの妥当な給与と、妥当でない給与の場合の行く末

給与について考えよう。このケースでは絶対優位があるAさんの方が、労働の限界生産物が多くなるので給与が高くなる。驚く事なかれ、確かに米国ではプロデューサより、プログラマの方が給与が高いケースが多々ある(日経)。

日本ではプロデューサの方が給与が高い。これは多重下請け構造の中の、ある種の価格操作の結果ではあるが、問題を引き起こす。プログラマよりもプロデューサの給与が高くなると、優秀な人々がプログラマでは無くプロデューサになりたがる。この場合はプログラマに人材が薄くなって、プロジェクトが火を噴くことになる。プロジェクト・マネージャだらけの大手システム会社で火を噴くのは、この現象だと考えて良い。

まとめると、比較優位は次の事を教えてくれる。妄想癖のある人物はプロデューサに留めておくべきだと言う事と、プロデューサよりもプログラマの方に高い給料を与えるべきだと言う事だ。さらに給料の設定が不適切であれば、プロジェクトが崩壊して、全員が不幸になる。

4. 貿易もAさんとBさんの役割分担と同じ

貿易だって同じだ。全体として生産性の低い国も、どちらかと言えば得意な財を生産することで、国と世界を豊かにすることができる。さらに苦手な財を生産すれば経済が破綻しかかるのは、途上国の重工業化の失敗事例などで観察できる。戦後すぐの日本は農業も工業もダメだったが、工業がマシだったので工業生産に特化した。

WTOやTPPで関税や輸出補助金を抑えたり廃止しようとしているのは、価格(プログラマとプロデューサの例で言えば給料)を変に操作しないようにするためだ。貿易が利益をもたらすためには、貿易財の価格が自然に決まるものでないといけない。自国や貿易相手国の政府が小細工をすると貿易の利益が減ってしまう。

職場の役割分担と、国際貿易の利益が同じリカード・モデルで説明できる事が分かったと思う。もちろん、貿易では貯蓄や投資の影響もあるので、もっと現象は複雑になる。しかし、比較優位の意味することは変わらない。それをやっているほうがマシだと言う事だ。つまり、妄想プロデューサや妄想プロジェクト・マネージャにプログラムを書かせてはいけない。どんなにその言葉に苛立っても、プログラマの貴方がコードを書く方がマシな結果が得られるはずだ。

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