2011年8月24日水曜日

解雇規制緩和論の曖昧なところ

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若年者失業率が高いのが昨今の先進国での共通した問題だ。これに対して解雇規制の緩和が雇用流動化を高め、モラルハザードを防止し、労働生産性を向上させ、最終的には雇用水準を向上させると言う主張がある(雇用問題についてのまとめ給料泥棒と解雇規制ならびに日本的雇用慣行について)。もっともらしいが曖昧だ。どのあたりが曖昧かをまとめてみた。

1. 解雇と雇用流動性

解雇規制を緩和すると、雇用主は業務に合わない従業員を解雇する事が容易になり、雇用主は他の従業員を雇い、解雇された従業員は他の職場に転職しやすくなるそうだ。つまり、解雇規制緩和で雇用マッチングが円滑になって労働生産性があがると考えられている。しかし、良く考えると奇妙だ。向いていない職場では有形・無形の待遇が悪くなるものだ。実際にはどの職場でも辞めていく人は多数いるわけで、それ以上に雇用が流動化するのかは疑わしい。

2. 解雇とモラルハザード

解雇規制を緩和すると、雇用主は給料泥棒な従業員を解雇する事が容易になり、労働生産性が高くなる。これはもっともらしいが、日本には普通解雇という制度があって、給料泥棒な従業員は既に解雇できる。つまり給料泥棒を解雇手続きしない総務や人事部が悪いのだが、給料泥棒と他の社員に大差が無いので解雇できないのであろう。何はともあれ既に解雇できるので、解雇規制の緩和の余地が無い。

3. 解雇と労働生産性

労働生産性は、付加価値/労働時間で定義される。解雇規制が緩和されると労働生産性があがるか否かがポイントになるのだが、雇用マッチングの円滑化やモラルハザード防止効果が無いとすると、労働生産性は逆に下がる可能性がある。

解雇規制が緩和されると解雇リスクが高まる。実質賃金が下がり、労働供給量が低下する。解雇が困る人は自ら辞職はしないだろうが、残業や休日出勤の拒否は発生しうるであろう。ある程度は会社経営と従業員利益は連結しているわけだが、解雇規制緩和で両者が切り離されるため、忠誠心が低下すると言ってもいいかも知れない。解雇されないように、社内政治に遣う時間が多くなる可能性もある。

なお労働者の効用関数における余暇と労働の代替効果と所得効果次第になるので、待遇が悪くなると余計働く人もいる。この場合は首にならないように必死に働くと解釈できるが、大抵の労働者は疲れきっているので、そんな余裕は無いはずだ。

4. 解雇と失業率

解雇規制を緩和すると失業率が下がると言われるが、雇用マッチングの円滑化やモラルハザード防止効果で雇用量一定時の労働生産性が向上しないときは、労働市場の需給不一致が失業率低下の前提となる。

雇用情勢が悪く非自発的失業者が街に溢れていれば、解雇が自由にできるようになった雇用主は、従業員をクビにすると脅しつつ賃下げを実現する。賃下げ拒否をしてもストライキをしても解雇されないので従業員は賃下げに応じなかったのだが、クビがかかれば応じざるを得ない。賃金の下方硬直性が解消されるわけだ。名目賃金が自由に収縮するようになれば労働市場の需給は一致するようになるので、失業率は低下する。

労働市場の需給が均衡していれば、雇用主が従業員をクビにすると脅すと、従業員は給料を下げると転職すると言い返す。賃金は低下しないし、失業率も変わらない。

5. 解雇規制緩和以外の選択肢が望ましい

解雇と雇用流動性やモラルハザードの関係に疑問符が付く以上、失業率が低下するのを期待できるのは賃金の下方硬直性の解消のみとなる。

団体交渉権を上回る解雇権限を雇用主に与えるかが問題になるわけだが、従業員の権利が著しく侵害されるケースもありうるため、反対が多くなるであろう。「現実の解雇紛争が使用者の権威(Authority)に背いたか否かという問題でよく起きている」(山垣真浩「解雇規制の必要性」、hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)から二次引用)そうだ。ゆえに労働条件の変更が柔軟にできるようにした方が望ましい。極端な例だが、連続赤字の場合は労働者の同意無く基本給削減を可能にするなどが考えられる。

論理的にはリフレ政策も有効で、インフレになれば実質賃金は低下するため、労働市場の需給不一致を解消する効果がある。何も解雇規制の緩和にこだわる必要は無いわけだ。

6. 解雇規制緩和論の曖昧なところ

解雇規制緩和論の曖昧なところは、解雇規制緩和の内容と、解雇規制緩和が賃金の下方硬直性をどう解消するかについて明確に議論していない事だ。これらが曖昧にされているので、中途半端に雇用流動化やモラルハザード防止を理由にする経済評論家が出て来ているように思える。

大竹文雄阪大教授はインタビューで「90年代以降は物価がほとんど上がらない時代になったので、賃金カットが非常に難しくなりました。」と述べており賃金の下方硬直性の解消のために解雇規制緩和が必要な事を明示しているが、雇用流動化と言う単語が先歩きしている為か中年と若手の入れ替えのような議論になっているケースも多いようだ。

論の焦点を賃金の下方硬直性においても、解雇規制は歴史的な経緯があって存在するはずで、緩和を主張する前にその意義を確認してみる必要はあると思う。失業者対策として必要なのは迅速な実質賃金の調整メカニズムだ。解雇規制緩和でそれを実現すべきかは、もう少し大きな議論があっても良いように感じる。

1 コメント:

item782 さんのコメント...

会社の新陳代謝を活性化させることも必要だと思う。
解雇されても、「優良」企業は人を大切にしない会社、ばかりでは困る。
人を大切にする新興企業が伸びる仕組みが必要だ。
土地の含み資産を背景にした資金力で、下請けをいじめれば、
安定した利益の出せる社会構造を改めるべきだ。
今の土地ばかりが担保になる土地本位社会を改めて、
人が主役になれる知的財産本位社会にするべきだ。
だから、土地に対する課税を大幅に増やして、
土地がほとんど担保とならないようにするべきだ。
大きくなった土地の税収が政府を肥大させて、
特定の少数の人々に権限が集中してしまわないように、
土地の税収の使い道は政府に裁量を与えず、
全国民に一律に分配するべきだ。

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